トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.30

チャンス到来!?EVビジネス最前線

世界中で脱炭素に向けた取り組みが加速するなか、いよいよEVが拡大期を迎えそうだ。IT大手アップルなど異業種からの参入も相次いでいるが、日本経済の象徴ともいえる自動車産業は、100年に一度と言われるゲームチェンジに勝ち残ることができるのか。またEVの普及とともに自動化、コネクテッド、シャアリングといった分野の技術革新が進むことで、私たちの暮らしや都市の在り方はどう変容するのかを探る。

Angle B

前編

ITや電機の技術を活用する出口に

公開日:2021/6/15

ソニーグループ株式会社

執行役員

川西 泉

自動車業界の勢力図に変化が起きている。電動化や自動運転など次世代技術の進展で大手メーカーの優位性が薄れ、米テスラや中国BYDという新興勢力が台頭。巨大産業の構造転換をチャンスとして、米IT大手アップルや、台湾の電子機器製造大手、鴻海精密工業(ホンハイ)など異業種からの参入が活発になっている。ソニーグループも2020年、自動運転技術や新たなエンターテインメント空間を搭載したコンセプトEV「VISION(ビジョン)━S」を発表。12月にはオーストリアで公道の試験走行も開始し、着実に開発を進めている。日本を代表する電機メーカーが描くモビリティの未来とは。開発を率いる川西泉執行役員に聞いた。

VISION━Sの開発をスタートした理由を教えてください。

 自動車産業が大きく変化し、電動化が進むなかで、電機メーカーとして蓄積した技術を活かせるのではないか、と純粋に技術的な視点から可能性を追求したいと思ったことが発端です。
 伝統的なエンジンやトランスミッションなど機械工学が中心の時代は手を出しづらい領域でしたが、電動化や車載装置の電子化で車の“電化”が進み、ITの活用も広がっています。なかでも(自動ブレーキなど)安全技術は、車両周辺を検知するセンサーが重要な役割を果たします。ソニーは(デジタルカメラやスマートフォンなどの)イメージセンサー(画像を電気信号に変換する素子)を手掛けているので、そこに一つの可能性があると考えました。
 また、消費者の求める価値が車というハードウエアから、サービスなどを含めたモビリティ全体に移行するなかで、移動空間が新たなエンターテインメントの場になると思いました。ソニーはこれまで家庭内やパーソナルな時間を楽しんでもらう機器、コンテンツを展開し、ユーザーに新たな体験を提供してきた強みがあります。安全・安心に走りながら、乗る人が楽しむことのできる空間をモビリティで実現できるのではないか。この発想から2018年にプロジェクトをスタートしました。

【4人乗りセダンのVISION━Sには電機、ITの技術が詰め込まれている】

※ソニーグループ提供

どんなコンセプトのもとで開発を進めましたか。

 安全・安心が課題の一つだったため、公道を走行する現実的な車を目指しました。より未来的なコンセプトを掲げ、いまの車と全く異なる斬新なデザインで開発することも考えましたが、絵空事では意味がありません。公道を走る安全性や法規制を満たす車をつくることで、実現にリアリティーや説得力が出てきますし、技術を試す価値があると考えました。

ソニーのどんな技術を採用し、どんな特徴を打ち出しましたか。

 安全・安心ではセンシング技術で車両の周囲360度を見張り、車内の状況も見守る「OVAL」というコンセプトを掲げました。これを実現したのが車内外に搭載した計40個のセンサーです。イメージセンサーはこれまでも車載用に一部展開してきましたが、より高い機能と性能が求められます。
 例えば、LEDの交通標識や信号は視覚で認識できないほどの速さで点滅を繰り返しているため、一般的なセンサーは正確に検知できない恐れがあります。VSION━Sは露光時間をLEDの点滅よりも長くしてちらつきを防ぐセンサーを採用し、安全性の向上を目指しました。
 エンターテインメントは、ソニーの立体音響技術を活用した新たな車内オーディオシステム「360 Reality Audio」を搭載しました。座席ごとに全方位から音に包み込まれるような音場を体験でき、車内だからこそ楽しめるエンターテインメント空間の創造に挑戦しています。自動車の仕組みを知ることからスタートし、どんな技術が導入でき、発展させられる可能性があるかを検証している段階です。

【VISION━S車内では立体音響技術やパネルディスプレイで新たなエンターテインメント空間を体験できる】

世界的に自動車部品を製造・供給するメガサプライヤーと協業して開発を進めました。手法や役割の違いを教えてください。

 自社のみで開発するのは難しいし、時間がかかるため協業が必要だと判断しました。ソニーはIT関連の事業も多く展開しており、そこでは様々な企業や人材と協業し、製品を仕上げていくオープンな取り組みが主流です。その手法を取り入れることで、伝統的なメーカーよりも柔軟な開発を実現できるのではないかと考えました。
 例えば、自動車産業の開発は、最初に設計や仕様をしっかりと固めて最後まで作り上げます。これに対し、ITは試作や実証試験という試行錯誤を繰り返します。ウォーターフォール(滝が落下するような)型、アジャイル(俊敏な)型の開発と呼ばれていますが、両方の良い部分を取り入れ、守りと挑戦のバランスを取りながら進めてきました。安心・安全は協業でしっかりと作り込む一方、エンターテインメントやインテリアなどの車内システムではソニーの技術力を自由に発揮しました。

今後はどのように自動車の開発に取り組みますか。

 まず部品メーカーとして、センサーなどに求められる機能は引き続き追求していきます。加えて、部品をどう使えば効果的なのかを考えることが重要だと考えています。ソニーがスマホの部品と完成品のいずれも開発するのと同様に、(VISION━Sをつくることで)ユーザーの考えを知ることが大切だと思うため、メーカーとユーザーの両方の視点を持って進めたいと考えています。
 自動車はソニーの技術を活用する”出口”として大きな部分を占める可能性を秘めています。電機製品よりも構成する部品や要素が大幅に多いうえ、電子部品やソフトウエアの開発比重が上がっています。このチャンスを重視し、可能性を広げてきたいと思います。
※後編は6月18日(金)公開予定です。

かわにし・いずみ 1963年生まれ。1986年、ソニー(現ソニーグループ)入社。FeliCa事業部長、プラットフォームアーキテクチャ開発部門長、システムソリューション事業部長、2014年に業務執行役員SVP、2015年にグループ役員を経て、2018年から執行役員AIロボティクスビジネス担当。
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