トリ・アングル INTERVIEW
俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ
vol.50-2
「2024年問題」を契機に、より魅力ある業界へ -建設業編-
2019年4月から、会社の規模や業種により順次適用が進められてきた「働き方改革関連法」。時間外労働の上限規制に5年間の猶予期間が設けられていた業種でも2024年4月1日に適用開始となり、誰もが安心して働き続けられるワークライフバランスがとれた社会の実現に、また一歩近づいたといえます。しかし、その一方で新たな課題として浮上してきたのが、いわゆる「2024年問題」です。国民生活や経済活動を支える物流業界、建設業界が、将来にわたってその役割を果たしていけるよう、企業や私たち消費者にはどのような取組、変化が求められているのでしょうか。
後編
若い人が「格好いい」と感じる仕事へ、建設業界変革の時
公開日:2024/8/29
元K-1世界チャンピオン・タレント
魔裟斗
後編
2019年4月に施行となった「働き方改革関連法」。2024年4月から建設業界でも「時間外労働の上限規制」がスタートし、業界全体の労働環境の改善が期待されています。最近はリフォームや解体など建築・建設関連のテレビ番組への出演も多い魔裟斗さんに、番組などを通じて感じた建設業界の現状や今後の展望などについてお話をうかがいました。
住宅のリフォームや巨大建造物の解体など、建築、建設に関わるテレビ番組にもよく出演されていらっしゃいます。
住宅のリフォームの番組に出たのが最初です。その後、解体をテーマにした番組から声をかけていただくなど、建築・建設関連の番組からオファーをいただくことが増えました。日本の伝統的な技や最先端の技術に触れられる「ものづくり・匠の技の祭典」という東京都主催のイベントがあるのですが、こちらにも何度か呼んでいただき、サポーターを務めたこともあります。タレントというのは自分の特技で勝負する仕事ですから、過去に建設業で働いた経験もそのひとつとなって、今、新しい仕事につながっていると感じています。
番組で建設業の仕事に触れたことで、何か感じたことなどありましたら教えてください。
若い頃に僕が経験した解体は、小さな重機で戸建て住宅を撤去するというものでしたが、番組で解体するのは巨大建造物。現場の規模も重機の台数や大きさも異なり、まったく別の仕事という印象でした。解体工事の現場は都心から山奥までさまざまで、中には、落下の危険性がある巨岩を解体するために、山中に要塞のような足場が組まれている現場もありました。自分が知らないところでこんなにすごい工事が行われているんだと非常に驚きました。
また、都心の巨大ビルなどでは、主に「階上解体」という工法が使われることも番組を通して知りました。これは、最初に大型クレーンなどで重機をビルの屋上まで持ち上げ、その階を解体したら重機を下の階に降ろしてまた解体……と、上階から順に解体していく方法です。よくビルの解体が知らない間に終わっているのは、爆破など派手なことをせず、こうした工法を採用しているからなんです。
確かに、都内の一等地が再開発でいつのまにか更地になっていたりして、びっくりすることがあります。
古い建物が解体された後には新たな建物が建ちますから、建設業界の仕事はこれからも増えるでしょう。以前は、ちゃんと建っているビルを解体して建て直す必要があるのか、疑問を覚える部分もありました。しかし、現場で話を聞いたり、自分でも調べたりするうちに、例えば、大規模なオフィスビルを新たに建てる理由の1つは、日本が世界的なビジネス拠点として他のアジアの国々に負けない技術・競争力を持つことであり、国力のアピールのために必要だということが分かってきました。
ちなみに、昔に建てられたビルは解体することをあまり考えずに造られているそうで、少々解体が難しいのだとか。こうした建造物に創意工夫で挑む日本の技術力はやはりすごいと思います。
「技術力」といえば、解体重機のオペレーターの技術力を競う大会もあるそうですね。
福岡県建造物解体工事業協会による「解体オペレーター技能競技大会」ですね。仕事でうかがったことがありますが、重機で三角コーン(工事現場などで使用される円錐形の目印)を片付ける、倒れたペットボトルをつかんで高所に置くなど、重機を使った作業の正確さとスピードを競うものでした。参加者の皆さんのモチベーションが非常に高く、普段の仕事にもプライドを持って取り組んでいらっしゃることが伝わってきました。
重機ってちょっとロボットみたいで格好良く、大人も子どもも好きな人が多いですよね。僕の息子も、小さい頃は家の近くの工事現場で作業する重機を飽きずに眺めていました。もっとも、僕自身が子どもの頃に憧れたのは重機よりも職人さんが履いている地下足袋で、親に足先が二股の靴下を買ってもらって喜んだ記憶があります(笑)。
テレビ番組では、魔裟斗さんご自身も現場の仕事をされています。昔との違いなど感じることはありますか。
アルバイト時代はキックボクシングで強くなることが目的だったので、仕事自体を楽しいと思ったことはあまりありませんでした。しかし、リフォームの番組で「年配の方ならあまり段差がないようにしよう」「トイレに行く廊下には手すりをつけよう」など、その家の住人にとって使いやすくなるように考えながらものを造ることはとても面白いです。リフォーム完成後、依頼主の方が喜んでくださり、「使いやすい」と仰ってくださった時は本当に嬉しい。実際は、現場で働いている人間と依頼主はあまり会う機会が無いかもしれませんが、こういうところにやりがいを感じる人は多いと思います。
2024年4月から建設業界でも「時間外労働の上限規制」が始まりました。こうした労働環境の改善も、働く人の仕事のやりがいにつながっていきそうです。
それはとても重要なことだと思います。建設業の会社を経営している友人からも聞きますが、今、建設業界は仕事はたくさんあるのに、若い方が不足している状態なのだそうです。現在働いている方が長く働き続けられるように、新しい方がたくさん建設業界に入ってくれるように、労働環境を整えてほしいと思います。
「働き方改革」は労働時間の改善が中心だと思いますが、同時に収入面においても魅力的な業界にすることが必要だと思います。格闘技の世界でも、選手自身に入るお金が大幅に増えたことが人気の後押しになっています。なにしろ、昔は選手自身が試合の入場チケットを手売りし、その売上が本人の収入になる、といったことが珍しくありませんでした。それが今では、キックボクシングでも大きな興行を打つことができますし、有料動画を配信すれば世界中で視聴されて億単位の収入になるような状況になっています。建設業界も十分な収入を得られて、若い人から「格好いい」と言われるような業界になるといいですよね。
重機を使いこなす姿は十分格好いいと思います。
重機を操作できれば、仕事の幅が広がりますし、資格手当などで収入アップも見込めます。そもそも体を使った仕事では、20~30代はよくても、40代、50代になると体がついていかなくなる人も多いと思います。そのため、専門的な資格を取得し、自分の知識・技術を高めることは本当に大切だと思います。若い時からいろいろな資格を取得しておけば、建設業界でキャリアアップを図るチャンスはたくさんあると思います。
最後に、建設業界で働く方に応援のメッセージをお願いします。
建設の現場にうかがうと、皆さんが自分の仕事にプライドを持って働いていることを強く感じます。プライドを持って仕事をしている人というのは、やはり格好いいですよね。僕も格闘技の選手だった頃は、相手と戦うことにプライドを持っていましたから、根っこの部分は同じなのかもしれません。
建設業界はこれからますます社会に必要とされる仕事です。「働き方改革」をひとつのきっかけに、仕事内容や収入などよりよい条件の中で格好良く働き、その姿を見た人が建設業界を目指すという好循環が生まれることを期待しています。
後編
「2024年問題」は物流業界だけの課題ではありません。住宅やビルをはじめ、橋や道路などのインフラ整備、震災時の仮設住宅の建設など、私たちの生活をまさに土台から支える建設業界も、猶予期間を経て2024年4月から時間外労働の上限規制が始まった業界のひとつです。その結果、どんな影響が懸念されるのか、業界の課題を知るために、今回のテーマを「建設業界の2024年問題」としました。
若い頃、建設業でアルバイトをされていたという元K-1世界チャンピオンでタレントの魔裟斗さんからは、当時の思い出とともに建設業の面白さについてお話をうかがいました。どんなに巨大な建造物でも一人ひとりの仕事の積み重ねで完成するもの。自分が手掛けた仕事が形になって長く残ることはとても誇らしいことだろうと感じました。また、長年に渡り建設業界の課題解決に尽力されてきたのが、社会保険労務士法人アスミル代表の特定社会保険労務士・櫻井好美さんです。仕事や休暇に対する意識など、櫻井さんが語る「建設業界あるある」に驚かされるとともに、「働き方改革」の重要性を痛感しました。国土交通省 不動産・建設経済局 建設業課 政策係長(※取材当時)の仕切優聖さんは、「建設業界の2024年問題」の具体的な内容や今後の展望などについて教えてくれました。建設業法等の改正や各種基準の改定など、労働環境改善のために国がどのように関わっているのかも、あわせてご理解いただけると嬉しいです。
次号のテーマは「地域公共交通のリ・デザイン」。利用者の減少、運転手の人手不足など、さまざまな課題が横たわる中、地域の「足」を守るためにどのような取組が行われているのかを紹介します。(Grasp編集部)