トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.43

心の、社会の「バリア」なんてぶち壊せ!

障害のある人もない人も、互いに支え合い、地域で生き生きと明るく豊かに暮らしていける社会を目指す「ノーマライゼーション」。例えば、車いす使用者用トイレやホームドア等の設備を整えることも、そのための方法のひとつです。しかし、ハード面でのバリアフリーは進んでも、人と人、いわばソフト面でのバリアフリーはどうでしょう。海外の共生社会を経験してきたパラリンピアン、障害者の立場から社会の在り方を考える研究者、いち早く障害者雇用に取り組んできた企業の方々に、日本のノーマライゼーションの実態や課題について話をうかがいました。

Angle C

後編

障害者も参加してまちづくりを行う時代へ

公開日:2023/4/21

東京大学 先端科学技術研究センター 当事者研究分野

准教授

熊谷 晋一郎

「誰もが住みやすい」社会をつくる上で、建物や公共交通機関といったインフラのバリアフリー化は重要なポイントのひとつです。それを法律の面から支えるのが2006年に施行された「バリアフリー新法」。2020年には「心のバリアフリー」の考え方を加えた改正も行われています。こうした動きとまちづくりのバリアフリー化について、政府の検討会にも参加されている熊谷晋一郎さんにお話をうかがいました。

近年のバリアフリー化を推進してきたもののひとつが、2006年に施行された「バリアフリー新法(高齢者・障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律)」だと思います。この法律について教えてください。

 もともと日本には、1994年に施行された「ハートビル法(高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の促進に関する法律)」という、病院や商業施設など不特定多数の人が利用する公共施設のバリアフリー化を促す法律がありました。その後、2000年に公共交通機関の駅・乗り物のバリアフリー化を進める「交通バリアフリー法」ができ、この2つを統合する形で新たな「バリアフリー法」、いわゆる「バリアフリー新法」が2006年に施行されました。
 「バリアフリー新法」は、「誰にとっても利用しやすい建物や公共交通機関をつくる」というユニバーサルデザインの考え方に基づいています。ただ、本当に使いやすい建物や公共交通機関をつくるには、高齢者や障害者など当事者の目線が欠かせません。そうした当事者参加の必要性を明確化した点(※)がこの法律の特徴のひとつだと考えています。また、身体障害者のみならず、知的障害者・精神障害者・発達障害者を含むすべての障害者を法対象としている点も特徴でしょう。
 ※具体的なバリアフリー施策などの内容について、高齢者、障害者など当事者の参加の下で検証し、その結果に基づいて新たな施策や措置を講じることによって、段階的・継続的な発展を図ることを国や自治体の責務とするなど、駅や建物を作るプロセスに多様な当事者が参加する必要性を明示している。

当事者の方が参加することで、どんなメリットがあるのでしょうか。

 バリアフリーの建物を建てるにしても、設計者が頭の中で考えたバリアフリーの工夫が当事者からすると少しピントがずれている、といったことは珍しくありません。建物は一度建てた後で改修しようとすると、多くの費用と時間がかかります。最初から当事者の意見を取り入れた方が、そうしたリスクは避けやすいです。
 また、ユニバーサルデザインを考える上で重要なキーワードは「正当性」と「正統性」だと私は考えています。前者は、出来上がった建物が「結果」として良いものであることを意味し、後者はそこに至る「手続き」において多様な意見を踏まえ納得感を醸成できたかなどプロセスにも着目して評価するときに使われます。障害といっても人によって特性は違いますから、多様な障害者と健常者とが企画段階から一緒に話し合い、多くの人が納得できる落とし所を探して合意を重ねていく。ユニバーサルデザインの実現には、こうした正統なプロセスと正当な結果の両方が必要不可欠だと思います。

実際に建物や公共交通機関でバリアフリー化は進んでいると感じられますか。

 私の個人的な感想ですが、特に公共の建物のバリアフリー化はどんどん進み、右肩上がりで良くなっていますね。そのような勢いを作り出す上で、「バリアフリー新法」など法律の後押しは非常に大きいと思います。ただ、バリアフリーあるいはユニバーサルデザインに関する制度、それにもとづく建物などストラクチャー(構造)が整う一方で、カルチャーの醸成は遅れています。ここで言うカルチャーとは、人々の態度や習慣、価値観などを指します。そうしたソフトな部分を、どうやって一人ひとりに浸透させるかが今後の課題のひとつでしょう。

そうした背景を受けてか、2020年に「バリアフリー新法」が改正され、「心のバリアフリー」に関する事項が追加されました。このことに対するお考えをお聞かせください。

 「心のバリアフリー」とは「様々な心身の特性や考え方を持つすべての人々が、相互に理解を深めようとコミュニケーションをとり、支え合うこと」だと、「ユニバーサルデザイン2020行動計画」で定義されています。
 改正された「バリアフリー新法」では、公共交通機関や建物を新たにつくる際はバリアフリーの基準に適合するよう求められるほか、バリアフリーに向けた制度や設備をより生かすために、人々の理解や努力、積極的な行動、つまり「心のバリアフリー」を求めています。ただし、これらは「一人ひとりの心がけをよくしましょう」という個人の問題ではありません。本来は個人を超えたところにあるカルチャーをどう変えていくかという社会全体の問題だということを理解する必要があります。

確かに、偏見や差別を生み出すのは、社会の在り方や文化による先入観のような気がします。

 専門用語では、特定の属性を持った人々に向けるネガティブな認識や態度、行動を「スティグマ」と総称します(※)。そうしたスティグマの大きさやその影響を定量化し、戦略的に解消しようという動きも広がっています(下図参考)。日本でも「バリアフリー新法」の改正を契機に「心のバリアフリー」への正しい認識が広がり、社会全体が変わることを期待しています。
 ※権力の下で、ラベリング・ステレオタイプ・分離・社会的ステイタスの喪失・差別が共起する現象。

図は熊谷氏のインタビューを基に作成。

熊谷様は国土交通省の公共交通機関に関する検討会(※)の委員も務めていらっしゃいます。参加された感想をお聞かせください。

 参加して、改めて国土交通省の取組が日本でのユニバーサルデザインの最前線ということが分かりました。同省は交通機関や建物というインフラを担当し、最もバリアフリーが求められる省庁ですから、当事者参加も以前から意識して行われていて、私の研究や障害者問題の解決の参考になると感じています。
 「心のバリアフリー」についても、個人の問題としてではなくカルチャーの問題として扱い、スティグマへの対処に踏み込んでいることも心強かったですね。さらに、ユニバーサルデザインで見落とされがちな精神障害や発達障害の人も対象とした点は先進的な取組だと思います。
 ※「公共交通機関等における接遇ガイドライン等改訂のための検討会」および「令和3年度知的・発達障害者等に対する公共交通機関の利用支援に関する検討会」の委員を務める。

そうした委員会で決まった事項などで、多くの人に知ってほしい点などを教えてください。

 ユニバーサルデザインにおける「当事者も含む多様な意見を意志決定プロセスにも生かす」という取組の必要性が、すでに「バリアフリー新法」で明記されているという点です。成果物を利用するだけでなく、今後は誰もが駅や建物をつくるプロセスにも積極的に参加してほしいと思います。これに関連して、「バリアフリー新法」を自分事として捉えてほしいとの想いもありますね。「バリアフリー」という言葉から、高齢者や障害者のための法律と思いがちですが、基本はユニバーサルデザイン、誰にとっても快適な環境の構築が目標ですから、無関係の人はいないのです。

「ユニバーサルデザイン2020行動計画」では「心のバリアフリー」も含め、共生社会の実現を目標にしています。そのために、これからの私たち個人、企業、国はどんな取組が必要になるでしょうか。

 人については前編でお伝えした通りで、バリアフリーを自分事にして、多様な障害者と一緒に物事を進めてもらいたいと思います。
 企業に対しては、障害者が難易度の高い仕事を行う環境を整えることも必要でしょう。私は医師ですが、障害によって医療の質を落とすことはできません。だからといって、失敗を恐れて最初から仕事に参加しない、させないのでは、障害のある人とそうでない人の共生が実現できなくなります。
 こうした障害者の就労問題を解く手がかりとなったのが、原子力発電所や航空管制のような、失敗による社会的影響が非常に大きい「高信頼性組織」でいかに事故をゼロにするかという研究です。このような組織を適切に運営するためには「前向きなチャレンジを否定しない」「失敗は隠さずに報告」「悪意のない結果としての失敗を許容し、学習資源とする」といった姿勢が必要です。大切なのは、失敗を個人の責任とするのではなく、組織全体の課題として研究することです。こうしたカルチャーを、より多くの企業でも醸成することで、障害者とそうでない人と協働できる範囲が広がり、共生社会の実現にさらに近づくと考えています。

 「バリアフリー」という言葉がすっかり世の中に浸透し、駅やオフィスビル等にはスロープやエレベーター、障害者に配慮したトイレが当たり前に設置されるようになりました。しかし、意識やコミュニケーションといった面はどうでしょう。障害者も健常者も、まだ不十分だと感じることがあるのではないでしょうか。ハード・ソフトの両面からバリアフリーを実現し、誰もが快適に暮らせる社会を作るにはどうすればいいのか。そんな思いから今回のテーマを「ノーマライゼーション」としました。
 東京2020パラリンピック競技大会における活躍がまだ記憶に新しいパラ競泳選手の鈴木孝幸さんのお話からは、「障害者」に対する過度な配慮が時に彼らの可能性を潰し、チャンスを奪いかねないことに気付かされました。株式会社スワンは、障害者の経済的自立にいち早く取組み、実現してきた企業です。代表取締役社長である江浦聖治さんが話す「誰もがハッピーで、置き去りにされない仕組み」は、まさにノーマライゼーションの在り方そのものでしょう。また、ご自身も障害者である東京大学 先端科学技術研究センター 当事者研究分野 准教授の熊谷晋一朗さんからは、障害者と健常者が協働していくための具体的なポイントを教えていただきました。このポイントは、障害の有無に関係なく、人と人とが手を取り合って生きていく上での必要不可欠なものだといえそうです。
 次号のテーマは、下水道資源の農業利用。肥料や原材料が高騰する中、循環型社会を実現する下水道資源は日本の「食」の救世主となり得るのか。インタビューを通して考えます。
(Grasp編集部)

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