トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.10

旅行しない若者たち

2018年、訪日外国人観光客(インバウンド)数はビザ緩和などの効果により3,000万人を突破したが、日本人の海外旅行客(アウトバウンド)数は1,895万人と過去最高を記録したものの、訪日外国人観光客数と比較すると、まだまだ少ないと言える。特に若者の出国者数は人口そのものの減少に伴って、ここ20年で33%減少している。若者たちはなぜ外国へ行かなくなったのだろうか。この問題の背景と解決に向けた方策について探る。

Angle A

前編

心に「ズキュン」ときた旅先の笑顔

公開日:2019/9/3

旅作家

とまこ

日本への外国人旅行者が急増する一方、外国への日本人旅行者数は低迷が続いている。中でも20代の若者の出国者数は、人口減も重なり20年間で33%も減少している。国際相互理解の観点から若者に海外旅行を促そうという意見も多く聞かれる。そもそも旅にはどんな効用があるのか。独自の感性で国内外の旅行情報を発信する旅作家・とまこ氏に話を聞いた。

旅に目覚めたきっかけは?

 小学5年生のときに夢をみたのです。カムチャツカ半島に、新幹線で行く夢なのですが、それ以来、旅に出たいという気持ちがずっと続きました。それが私の起点です。だから旅に出たいという気持ちは当たり前のようにありました。
 ただ「ああ、これが旅の良さだ」と感じたのは大学4年生の時です。バイトして資金をためてカンボジアに行きました。当時は今より治安が悪い状態で、ポル・ポト政権時の悪影響が残っていました。街はボロボロで、大人が少なく、子供が多い。人口のアンバランスも歴然としていました。それまでの私は、旅先で出会う物乞いが苦手でした。怖くてどう接して良いか分からず、ただ逃げるのみでした。
 でもカンボジアで出会った子供たちの笑顔の大きさにクラっときまして。そして気づいたんです。「この子たちはお金がないからほしい」だけなんだ。別に奪いたいわけでも、恨むつもりもないってことに。実際、お金をあげなくても仲良くなることができました。そして彼らの笑顔に勇気をたくさんもらったんです。だって大変な環境で、家族がいないかもしれない小さな子たちが大きな笑顔で元気に生きているんですよ。触れ合えば触れ合うほど幸せな気持ちになりました。笑顔の破壊力はすごすぎます。おかげでそれ以降、どこに行っても怖かった物乞いの人々に対応できるようになりました。そんな気づきこそ旅の醍醐味(だいごみ)です。この気づきの連続が、私をもっと旅好きに仕立てていったんです。

大学卒業後の旅への関わりは?

 秘境ツアーの案内をする会社で2年間働きました。そして結婚して、旅作家として本を書くようになりました。世の中に自分を知ってもらうために、夢中で書きました。自分の未来ばかりをみていました。ストイックな生活だったけど、自分の目指す未来を思い描き、楽しい時間でした。でも、夫に「ついていけない」と言われ、離婚することになりました。自分の歩んだ道に後悔はしていませんが、そこから私は確実に変わっていきました。
 それまで私は「楽しい」と「うれしい」というプラスの気持ちのみで生きてきた一方で、未来に向かってがむしゃらになれるよう「苦しい」「悲しい」という気持ちを意識的に捨てていました。だから離婚したときは、悲しめませんでした。離婚は「夢を達成するための未来への一歩」という受け止めでしたが、でもそれでは心の整理がつかず、心理的に混乱していたのです。
 そんな心情で東京にいることが苦しくなり、「日本とは価値観の違うところに行こう」と思い立ってインドに旅立ちました。衝撃だったのは、インドの人々のありのままの生き様。素直に笑って泣いて喜んで怒って生活していました。私の目にそう映っただけかもしれませんが、とにかくまっすぐな生き様が印象的だったんです。
 ある日、アーユルベーダの病院の薄暗い一室を訪ねた時のことでした。そこにいたのは帽子をかぶった少女でした。あんまりかわいくて写真を何枚か撮らせてもらいました。すると近くにいた看護師さんが「あの子は頭に重い病気を患っているのよ」と話してくれました。とても重病患者には見えなかったのですが、よく見ると帽子だと思っていたのは頭に巻かれた包帯だったのです。そこで私はその子に教えられました。負の出来事も、笑顔で越えることができる。人生で負の出来事が起こるのは、道を歩いていて転んだりつまずいたりするようなよくあることだ。思っていたよりずっと軽い。気にするな、普通のことだ、堂々と転んで立ち上がればいい。こうして、私は転ぶことを受け入れ、同時に負の感情を受け入れることができました。「笑って泣いて喜んで怒る」ことを取り戻したことで、未来よりも「今」がいとおしくなっていきました。だって未来は今の積み重ねですから。幸せな気持ちに満ちた未来を得たいなら、今そうするしかないなって。

【旅に欠かせないグッズ】

旅先の風景を持参のドローン(左上)で撮影することも多い。漁業サンダル(下、通称ギョサン)は丈夫で滑りにくく、おすすめだ

人々の笑顔が、心を動かしたんですね。

 やはり笑顔ですね。「最強の言語は笑顔」だと思います。私はそれまでも笑顔でいっぱい救われていましたが、インドの旅で写真を撮るようになって確信したことがあります。それは、写真を撮りたい相手に対して、自分が笑顔で話しかけると、いぶかしげな顔のおばあちゃんも、急に笑顔に変わるということです。人間関係は鏡のようです。もし嫌な顔をされたら、それはきっと自分が嫌な顔をしているのでしょう。良い旅、楽しい旅にしたければ、私が楽しくならないといけないということが、よく分かりました。私が旅する国は言葉が通じないことが多いです。でも怖くないです。笑顔があれば、通じ合えることを知っているからです。

海外で若い時の出会いは貴重ですね。

 そうです。でも私は、「さあみんな旅に出よう」とは言えません。みんな事情があるのですから。そして事情をクリアしてでも行きたい人が行けばいいと、基本的には思います。ただ確実に言えるのは、旅はいい。旅して世界を体感しないと本当には理解できないことなんて山ほどあるから。だからわたしは書いて撮って、話して伝えます。すばらしさを実感している自分には伝える役目があると思うから。
※後編は9月6日(金)に公開予定です。

とまこ 埼玉県熊谷市出身。明治大学在学中にバックパックの旅を始める。椎名誠氏の著作に感銘を受け、旅の本を書くことを志す。大学を卒業し、旅行会社に就職。秘境専門の添乗員になるが、イラストや写真の才能に目覚め、退社後に旅作家となる。最近はドローンを使って、旅先の風景を描写することにはまっているという。著書に「離婚して、インド」(幻冬社文庫)、「気がつけば南米」(アスペクト)などがある。独自の旅の世界観を豊富なイラストや写真で表現し、人気を集めている。旅先などで覚えた料理についての著作もある。
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