トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.45

誰もが気軽に「おでかけ」できる。パーソナルモビリティがある未来

電動キックボード、電動アシスト自転車、電動車椅子など、近年、街中で見かける機会がグンと増えた「パーソナルモビリティ」。
若者の手軽な移動手段としてはもちろん、高齢者や身体の不自由な方、子育て世代の方の移動支援、過疎地における交通手段、さらには環境負荷の低減など、さまざまな社会課題を解決するアイテムとしても注目されています。
パーソナルモビリティとはそもそもどういうものなのか、今後どんな展開が期待されるのか。インタビューを通して未来のモビリティの在り方を探ります。

Angle B

後編

パーソナルモビリティを活用した未来社会の実現に向けて

公開日:2023/8/29

茨城県つくば市

政策イノベーション部スマートシティ戦略監

中山 秀之

2022年、つくば市は内閣府が推進するスーパーシティ構想の特区として指定を受け、「つくばスーパーサイエンスシティ構想」をスタートさせました。構想の中では、つくば市の社会課題を解決する手段のひとつとしてパーソナルモビリティの活用が挙げられています。パーソナルモビリティの社会実装に本格的に取り組み始めたつくば市。社会実装のための課題をどのように解決していき、どのような未来社会を実現していくのか。前編に引き続き、つくば市政策イノベーション部スマートシティ戦略監の中山秀之さんにお話をうかがいます。

「つくばスーパーサイエンスシティ構想」ができた背景について教えてください。

 つくば市は研究学園都市なので、もともと科学技術に対する市民の受容性が高く、これまでも公道でパーソナルモビリティを走らせたり、街でドローンを飛ばしたりと、さまざまな実証実験を実施してきました。社会課題の解決につながる革新的な技術やアイデアを公募し、その実証実験を支援する事業も2017年から行っています。しかし、実証実験を行っても、そこからなかなか社会実装につながらないという課題がありました。

実証実験の成果を市民がなかなか享受できない、と。

 そうです。そこで、市として本格的に先端科学技術を実装したスマートシティ(※1)を実現させる方向へ舵を切ることになりました。
2020年の市長選では、五十嵐立青たつお市長が内閣府の掲げる「スーパーシティ構想(※2)」への取組を公約に掲げて再選されました。スーパーシティ型国家戦略特別区域の指定申請にあたって、つくばスーパーサイエンスシティ構想を策定し、その後、2022年につくば市はスーパーシティ型国家戦略特別区域として指定を受けました。
※1 都市の抱える諸課題に対して、ICTなどの新技術を活用しつつ、マネジメント(計画、整備、管理、運営など)が行われ、全体最適化が図られる持続可能な都市または地区。
※2 2030年頃に実現される未来社会を先取りした都市の構築を目的とした構想。対象地域は国家戦略特別区域として指定され、さまざまな規制を取り払った実証実験を行うことができる。

つくばスーパーサイエンスシティ構想では、つくば市の社会課題解決に取り組もうとされています。

 つくば市が抱えている課題は次の3つに集約できます。
 1つ目は「都市と郊外の二極化」です。つくば市の道路総延長は約3700㎞で、自動車への依存度が高くなっています。つくばエクスプレス沿線であれば徒歩圏内に生活に必要なものは何でも揃っていますが、高齢者が多い郊外は店も病院も自動車が必要な距離にあり、運転ができない人には不便です。
 2つ目は「多文化共生の不備」です。つくば市の人口は約25万人。そのうち外国人が約1万2000人居住し、高齢者や新しく転入してきた子育て世代もいます。また、1万8000人を超える大学生・大学院生が在学しています。こうした多様な人たちに、行政情報や防災情報などの必要不可欠な情報をいかに適切に届けるかが課題です。
 3つ目は「都市力の低下」です。筑波研究学園都市は建設が始まってからおよそ60年が経過し、現在、インフラ施設などの老朽化が一気に進んでいます。その維持をどうするか、財政面も含めて考えていかなければなりません。
 つくばスーパーサイエンスシティ構想では、こうした課題をデジタル技術やロボットを活用して解決していこうと考えています。

そうした中で、パーソナルモビリティにはどんな役割が期待されているのでしょうか。

 3つの課題のうち、特に1番目の「都市と郊外の二極化」の解消に有効であると考えています。パーソナルモビリティを活用する目的の一つは「歩行空間の移動を支援する」ということです。パーソナルモビリティ単体で捉えるのではなく、車や電車・バスなどを含めた移動全体の中にパーソナルモビリティを組み込むことによって、「移動」という行為をシームレスにする。例えば、家からバス停までのファーストワンマイル、バス停から目的地までのラストワンマイルなど、どうしても歩かなくてはいけない部分をパーソナルモビリティでサポートするわけです。足腰の弱い高齢者や身体の不自由な方が安心・安全に移動できるようになります。

パーソナルモビリティを含めた移動のイメージ。現状では完全無人自動走行は許可されていない。パーソナルモビリティの最高速度の上限緩和とともに規制緩和が課題のひとつ。

交通弱者の救済にパーソナルモビリティを活用するということですね。

 自動車しか交通手段がない高齢者の集落がある状況で、高齢者ドライバーによる事故は社会問題にもなっています。今後、そうした事故がさらに増える可能性を考えますと、「自分で車を運転する」以外の選択肢を今から準備しておくことが重要ではないかと考えています。

つくばスーパーサイエンスシティ構想でのパーソナルモビリティ活用への取り組みは、現在(2023年6月末)どのような段階にあるのでしょうか。

 まだ、実証実験までは至っていません。現在は、パーソナルモビリティが歩道を走る際の速度規制を時速6kmから10kmに変更できないか、安全対策として保安要員の配置が求められた場合に保安要員を「デジタル保安要員」にできないか、といったことを警察庁と調整しているところです。これまでの取組によって、パーソナルモビリティの普及にはこの2つの条件の緩和が鍵になるとわかってきましたから。

「デジタル保安要員」とは、どういうものでしょうか。

 そもそも保安要員の役割というのは、パーソナルモビリティの運転者に声がけするなどして歩行者と衝突しないための処置を行うことです。それなら、人じゃなくても良いのではないかと考えました。例えば、「モビリティに取り付けたカメラで周囲の歩行者を検知してアラートを鳴らす」というようなイメージです。
 10年前の技術では「デジタル保安要員」という発想は生まれませんでしたが、技術が進展した今ならそういう選択肢も検討できます。それを検証するための実験も検討中です。具体的には、時速10kmで走行できるエリアを決めて走らせ、そこから外れるとGNSS(※)の位置情報で検知してアラートを鳴らす、という実験を考えています。それから、車載カメラで前方の人を検知して知らせたり、接近した時には自動的に速度を落としたり。この3つの機能をもって保安要員の代替にならないか検討していきます。
 ※Global Navigation Satellite System(全地球航法衛星システム)の略。複数の人工衛星を利用して地球全体で現在位置を計測できる衛星測位システム。

混雑した場所や歩行者、乗り物などに近づいた時に「デジタル保安要員」がアラームを鳴らして注意を促し、自動的に減速する。

他にはどのような実験を行っていくのでしょうか。

 パーソナルモビリティとは直接的な関係はないのですが、スーパーサイエンスシティ構想全体の枠組みの中では荷物搬送ロボットの実験も行っています。これは人の動きに自動的に追従する小型の荷車のようなロボットです。
 例えば、スーパーに買い物に行き、荷物を抱えて帰ってくることは、高齢者にとってはけっこうな負担になるでしょう。そんなときに自動追従してくれる荷物搬送ロボットがあれば、買ったものをそこに積み、本人は手ぶらで帰ってくることができるわけです。
 パーソナルモビリティと組み合わせれば、移動困難な方たちの買い物が格段に楽になると考えています。

つくばスーパーサイエンスシティ構想では、現実の街をデジタル空間に再現したデジタルツインの活用もテーマの一つとなっています。パーソナルモビリティと街のデジタルツインを組み合わせた取組なども今後出てくるのでしょうか。

 街のデジタルツインはパーソナルモビリティの自動走行に役立つと考えています。モビリティロボットが自動走行するには、内部に空間情報が入っていなくてはいけません。ですから、通常は最初にロボットを手押ししながら周囲の点群データを取り、三次元の空間情報をロボットに覚え込ませる必要があります。それを元にGNSSやカメラの情報を組み合わせ、自動走行するわけです。
 筑波大学の先生と一緒にやろうとしているのは、点群データの代わりにデジタルツインの三次元空間情報を使って自動走行させることです。それによって一から点群データを取らなくても自動走行が可能になります。デジタルツインには国土交通省が主導する「PLATEAUプラトー」(※1)」の活用を検討しています。また、建物の外だけではなく、内側も自動走行できるようにするため、BIM(※2)の3Dモデルのデータなどを活用する構想もあります。将来的には、パーソナルモビリティに乗ったまま、建物の外も中もシームレスに自動走行できるようになればと考えています。
 ※1 国土交通省が主導する、日本全国の3D都市モデルの整備・オープンデータ化プロジェクト。各都市の3Dモデルデータをオープンデータとして公開している。
 ※2 Building Information Modelingの略。コンピュータ上に作成した主に3次元の形状情報に加え、室等の名称・面積、材料・部材の仕様・性能、仕上げ等、 建築物の属性情報を併せ持つ建物情報モデルを構築するシステム。

パーソナルモビリティが社会実装された時、私たちの暮らしはどう変わるのでしょうか。

 先ほど述べたように、高齢者や身体の不自由な方が安心・安全に外出できるようになるでしょう。移動の選択肢が増えることが人々に外出を促し、賑わいが創出されると考えています。現在、つくば市で出かけるとなると「車で郊外のショッピングセンターに行く」というパターンが多いのですが、小回りがきくパーソナルモビリティに気軽に乗れるようになれば、駅の周りを回遊するような行動パターンも出てきて、人の流れが変わると思います。

つくば市には「ロボット実験区間」があり、実証実験中のパーソナルモビリティが走行することもあるそう。

パーソナルモビリティが街の中をたくさん走っている風景を早く見てみたいですね。

 ワクワクする一方、財源をどうするかというお金の問題も同時に考えないといけません。実証実験と社会実装の間には収益化の問題もある。実際のサービスを自治体が提供するにしても税金で運営するわけですから、どこまでお金をかけられるかは細かく検討する必要があります。利用者が圧倒的に多ければ採算は取れますが、そもそも住民が少ない郊外でやるとなると持続可能なかたちにするのは容易ではないでしょう。
 いずれにしても、乗り物の選択肢が増えること自体は良いことだと考えています。単に「乗るのが楽しいからパーソナルモビリティに乗る」というのでも良い。つくばスーパーサイエンスシティ構想の副題は「科学で新たな選択肢を」ですから。いろいろな手段があることで「誰一人取り残さない街」を作っていこうというコンセプトになっています。たとえ少数でも、それによって負担が減ったり、便利になったり、楽しいと思う人がいるなら、できるだけ実現させていきたいと思います。

2023年7月からパーソナルモビリティの一種である電動キックボードの一部が、免許不要で16歳以上であれば乗れるようになったこともあり、今後、パーソナルモビリティ全体の利用者も増えていくと思いますが、普及にあたって何かお考えがあれば教えてください。

 以前、国立研究開発法人産業技術総合研究所の先生にリスクの受容に関する話をうかがったのですが、リスクとベネフィットがそれぞれどう評価されるかは、タイミングによって変わるということでした。例えば、自動車事故による死者数は年間約3000人ですが、「車をなくそう」とはなりません。それは人々が車のベネフィットを十分実感しており、リスクを許容しているからです。ところが、ベネフィットがまだあまり浸透していない新しいドローンやパーソナルモビリティとなると、相対的にリスクが大きく見えて許容度が下がってしまう。新しい乗り物を社会実装するときには、その辺りも考慮しながら慎重に進めることが大切だと思います。

 クルマより気軽に街を走りたい。他人の手をわずらわせることなく、いつでも自由に「ちょっとそこまで」出かけたい。そんな願いをかなえてくれる代表的なアイテムが、今回のテーマである「パーソナルモビリティ」です。
 そもそもパーソナルモビリティとはどういうものか、どんな風に活用されているのか等、パーソナルモビリティの概要についてご教授くださったのは、一般財団法人計量計画研究所理事・モビリティデザイナー牧村和彦さんです。海外の例もふまえた今後の課題や展望は、「パーソナルモビリティがある生活」を具体的にイメージする一助になったのではないでしょうか。茨城県つくば市は、パーソナルモビリティの社会実装に向けていち早く取組んできた自治体です。同市の政策イノベーション部 スマートシティ戦略監 中山秀之さんのお話からは、実験から実用化への難しさがよく分かるとともに、そのハードルを乗り越えた先に待つ将来への期待が高まります。株式会社ストリーモ 代表取締役CEO 森庸太朗さんからは、実際にパーソナルモビリティを開発されている方ならではのお話をうかがうことができました。森さんたちが目標とする「パーソナルモビリティが標準装備されている街」は、まさに「ちょっとそこまで」の夢を実現できる未来と言えそうです。
 次号のテーマは「地震への備え」。関東大震災から100年目を迎える今年、地震大国・日本において防災、減災のために私たちができることは何かを改めて考えたいと思います。
(Grasp編集部)

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