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トリ・アングルINTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.27復興の先へ!震災10年のまちづくり

公開日:2021/3/26

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[ 後編 ]

災害復興応援団の仲間の輪を広げたい

福島県浪江町まちづくり政策顧問清水 喜代志

原子力災害の被災地、福島県浪江町で街づくりに取り組む国土交通省OBの清水喜代志さん。故郷を思う人たちが、いつでも帰って来られるように、「賑わい」の火を灯し続ける活動を続けている。被災地の復興に取り組むライフワークの中で知り合った人たちとの交流の輪が、災害に強い街づくりの貴重な資産になるのではないかと考え始めている。

災害に強い街づくりに必要なことは何ですか

 阪神淡路大震災が発生した後、兵庫県に出向し、都市計画の仕事をしていました。私もその時、淡路島などを訪れ、説明に回ったことを覚えています。記憶をたどると、被災地の復興は、地震が発生してから始めたのではありませんでした。震災前から、神戸市が中心となって、災害に強い街づくりを住民たちに働きかけていたのです。その活動に着手した矢先に、阪神大震災が発生しました。そして、神戸市が危険性を指摘していた地域が、震災で大きな被害を受けました。このため、住民たちは「市役所が言っていた通りだった」と気づき、震災復興と災害に強い街づくりへの意識が高まったのです。復興は、災害が起こってから着手するのではなく、日頃から危機意識を持ち続けることが大切であるのだと確信しました。

浪江町の復興へ向け、最新テクノロジーを利用した活性化の取り組みも始まっています

 人口が少ない浪江町の特性を生かし、人口密集地ではできないドローンや無人運転などの最新モビリティの実証実験などが行われています。日本郵便は、郵便局間でドローンを使って荷物を輸送する実験を福島県内で行いました。補助者を配置せずにドローンを目視外飛行させる日本初の試みで、2キロ以内の荷物をドローンに積み、福島県南相馬市の小高郵便局と、双葉郡浪江町の浪江郵便局間を輸送しました。ドローンの操縦を見学するために訪れる人もいて、浪江町に賑わいをもたらすものだと期待しています。また、浪江、双葉、南相馬の3市町と日産自動車などが、浪江町で電気自動車(EV)や自動運転技術を活用した新公共交通サービスの実証実験に取り組んでいます。最新技術の活用で住民の高齢化によって移動のための足を確保しようという狙いです。道の駅を拠点とし、町役場やJR浪江駅などを結ぶ巡回シャトルを運行し、郊外の自宅などをEVのタクシーを走らせます。それ以外にも、放射線の影響を受けない農作物の育成の取り組みもあります。原子力の災害はあってはならないことですが、それを乗り越える知恵が人間にあるということも知りました。

【福島県浜通り地域では新しいモビリティを活用したまちづくりが進められている】

※浪江町公式Twitterより

21年2月13日にも福島県と宮城県で震度6強を観測するなど、東北や日本全国で震災の多発が懸念されています。震災対応では何が重要でしょうか

 東日本大震災が発生した時、静岡市副市長として静岡から被災地まで応援部隊を派遣しました。最初はどの道路が通行できて、どれが通行できないのかがわからず、気仙沼まで日本海側を迂回して3日間もかかる計画をたてていました。 その後 、被災地まで通行できる道路をホームページで公開したり、道の駅の壁一面に道路状況を一覧できる張り紙を掲示し始めていることを知り、1日で現地に到着できるようになったので、とても助かりました。当時、東北地方整備局長だった徳山日出男さんの下に、現場で必要なことを考え、判断できる「無名戦士」の部下たちが揃っていたことで知られています。津波の発生で仙台空港の航空機は水没したのですが、東北地方整備局のヘリだけが無事でした。防災課長の機転で津波が来る前に離陸させていたからです。どんなに強固なインフラをつくっても、最大限に効果を発揮させるのは「人」です。どんな災害が起こるのか、想像力を働かせ、しっかりと計画に落とし込み、災害の時にも力を発揮させるために管理することが重要で、「無名戦士」たちをいかに育てるかが大切になると思います。

震災復興・街づくりでも「人」の力は大事です

 「人」の力は大切ですが、一人でできることは限られます。「無名戦士」のネットワークを作っておくことが大事だと思います。阪神大震災の時に、予算の関係で難しい課題が浮上し、当時、兵庫県副知事だった井戸敏三さん(現・兵庫県知事)に「霞が関に行って、どうしたらいいか聞いてきてくれ」と指示されました。市町の方を数人お連れして、ある役所の担当者を訪問すると、その人がたまたま入省当時の寮の隣室の人だったのです。「困っているので、助けてくれないか」と話すと、「ちょっと待って」といって、関係各所に掛け合ってくれて、何とか方法を見つけることができました。このことがなければ、復興の街づくりはうまくいかなかったかもしれません。霞が関の法令協議や予算協議はある意味戦いですが、終われば戦友です。困ったときに助け合える仲間を作っておくことが大事です。浪江の復興でも、被災地応援のネットワークが重要な局面に入っています。防災研修や講習会などに集まった人たちは、みんな被災地を応援する仲間たちです。この応援団のネットワークをしっかりとつくっておくことは、復興や防災に役に立つはずです。会場で声を掛け合い、情報交換することを意識的にやっています。今は、コロナ禍でリアルのイベントの開催が難しいので、オンラインの飲み会なども積極的に参加しています。私は酒が飲めないのですが、「磐城壽」をウェブカメラの前に置き、多くの人に浪江の魅力を知ってもらうことを意識しています。今の浪江町に必要なことは、浪江のことを忘れないでいてもらうことと、知らない人たちにはその魅力を新たに知ってもらうことです。一人ひとりが手を携えて、仲間を増やす取り組みが、応援の輪を広げていくのだと信じています。

【請戸川リバーラインの桜並木は浪江町の観光名所】

※清水喜代志さん提供

読者にメッセージを

 原子力災害は、自然災害とは異質です。除染が進み、空間放射線量や飲み水も、普通に生活できる状態で、住居があるにもかかわらず、故郷に戻る理由がないのです。そういう意味では浪江町はまだ災害の最中にあると言えます。応援のネットワークを作っていくことが私の仕事で、そのためには、多くの人に浪江のことを知ってもらいたいです。ぜひ、浪江に足を運んで、その魅力に触れていただき、ファンになってください。浪江だけではなく、福島県のファンになってください。(了)

編集後記

 俳優の横田龍儀さんは、福島県川内村の自宅で震災に見舞われ、「死」を覚悟したといいます。そして、被災者を励ますとともに、被災地の現状を広く伝えるために、「もっと有名になりたい」と決意を語ってくれました。震災後、UR都市機構の陸前高田復興支援事務所のトップとして復興事業にあたった草場優昭さんは「ようやく(復興の)基盤ができあがったかな」と、この10年を振り返り、「被災地に関心を持っていただけることが最大の被災地支援となる」とも語った。国土交通省OBで福島県浪江町まちづくり政策顧問の清水喜代志さんは、阪神大震災など多くの災害復興に携わった経験から、原子力災害の特異性を指摘。そして「震災復興の街づくりは天命」と言い、復興に第二の人生をささげる。
 次号のテーマは「日本の自然再発見! アウトドアで暮らしを豊かに」。近年キャンプブームが再加熱。一人でキャンプを行う「ソロキャンプ」も新しいアウトドアスタイルとして注目された。アウトドアに魅了される人々への取材を通じて、コロナ禍での心境の変化や新たなライフスタイルの可能性を3人の識者にうかがいます。
(Grasp編集部)