トリ・アングル INTERVIEW
俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ
vol.6
激甚化する自然災害にいかに向き合うか。
2018年は7月豪雨災害や台風21号など、様々な大規模自然災害に見舞われた。気候変動の影響等により、今後も大規模な自然災害の発生が想定される。ネットメディアやSNSなどが急速に普及する現代社会においても、まだ住民一人一人に必要な災害情報が届いているとは言いがたいく、逃げ遅れが問題となった。課題解決に向け、官民一体となり、マスメディアもネットメディアも垣根を越えた取組が今、始動している。
後編
メディアのフル活用で避難促す
公開日:2019/5/31
国土交通省 水管理・国土保全局
河川情報企画室長
島本 和仁
後編
水害や土砂災害が迫った時、国は情報を流すだけでなく、住民の避難につながるような工夫が必要だと国土交通省河川情報企画室長の島本和仁氏は説く。メディアとともに、どんな工夫をしようとしているのだろうか。
“波状攻撃”的に情報を出すというのは、どんなイメージでしょう。今までとはどう違いますか。
「博報堂DYメディアパートナーズが生活者のメディア接触の現状を調査しているのですが、この最新の“メディア定点調査2018”時系列分析によれば、メディア総接触時間についてみると、2006年時点では、8割がテレビ、ラジオ、新聞が占めていました。しかし、それが2018年だと5割まで減って、残りの5割はスマホ、タブレット、パソコンなどのネットメディアに接している状況となっています。私の周りでも、若い人の中にはテレビは持ってなくて、スマートフォンだけという人がいるような状況になっています。こうした状況を冷静に受けとめると、行政もLINEやTwitterなどのSNSの公式アカウントを通じて正確な情報を伝えていくようにしなければならない状況かと思います。これまでも平時のイベント情報の拡散などはSNSメディアを積極的に使っているのですが、災害時だと手が回らない部分があった。そこをしっかりやっていかなければならないと思います」
「一方で、既存のテレビやケーブルテレビに頑張っていただくのは、放送から個人それぞれにとって必要な情報やローカルの情報への誘導です。2次元バーコードを積極的に画面に出して、『地域の情報をネットで確認して下さい』と訴える。新聞の紙面にも、ハザードマップなどへの二次元バーコードリンクを掲載してもらうようにします」
ネット重視を明確にするわけですね。他には?
「防災情報は伝統的に文字情報とか数値情報(国土交通省 川の防災情報)での表現が中心だったんですが、河川監視用カメラ映像をどんどん一般視聴者に流すことによって“見た感覚”で住民の方に危険を理解してもらうようにします。また、国土交通省としても、水害のプロとしてテレビ・ラジオ等に出演して危険性を解説するような流れを作りたいと考えています。ネット上の気象や水害、土砂災害の情報についても、これまでは気象庁や自治体などに分かれて発信されており、分かりにくいことから、統合したポータルサイトをつくって、そこを見た人が、水害に関係する全体の状況がすぐ分かるようにしていくことも計画しています」
「それでも、住民が避難を決断するには最後に何か“後押し”するものが必要だと思うんです。そこは携帯電話の緊急速報メールを活用して、メールが届いたら『やばい、もう逃げなきゃ』と感じてもらうようにしなければなりません。緊急地震速報に比べて水害の緊急速報メールはあまり知られていないので、避難を決心する最終の“プッシュ型情報”として、うまく活用していかなければならないと考えました」
盛りだくさんですね。
「実行部隊の方と議論をしましたから、いろいろ問題点も分かってきました。たとえば『ワンフレーズ・マルチキャスト』という言葉をつくったんですが、テレビ、ラジオやカーナビゲーションなど、いろいろなメディアに流す情報の表現をいちいち変えないで、ひとつのフレーズにしてどのメディアでもそのまま使えるようにしていければと思います。Twitterがここまで普及した理由の一つが、短い文章で要点が伝えられるからだと思います。テレビに、ラジオに、新聞に、ウェブに、Twitterにと、同じ言葉で状況が伝えられるようにしていくことが大事だと思います。さらに、細かなところでは、公式な発表文にしっかりとフリガナをつけるということもあります。ローカルな地名が増えると、どう読むか分からないケースが出てきてしまいます。するとテレビやラジオだと間違いを恐れて、そこを後回しにしてしまうこともあるようなんです。だから、意外とフリガナがメディアにとっては重要なんです」
【リアルタイムでローカル化情報を】
携帯の“プッシュ型情報”は、どんな仕組みですか。
「市町村単位のエリアメールです。市町村域の中にある携帯電話にいっせいに『危険が迫っています』というメールを流します。将来的にはスマホで個人の位置を特定して、より詳細なリスク情報をカスタマイズして送るようなことも可能になると思いますが、個人それぞれに応じた適切な情報を提供できるようにするには情報の取捨選択する技術が必要で、それにはまだまだ技術開発が必要です」
「同時に国としては、水害リスクの予測精度を高めようとしています。今までは『○○川が危ない』と川単位で危険性を示していたものを、河川を細かく分割して危険度を塗り分けて示すことを考えています。川には川幅が広いところも狭いところもあるので、狭い部分ではすぐに水位が上がって危険になることはよくあります。そうしたことをシミュレーション技術を使って予測し、さらに実際の計測値と照らして精度を上げます。そういう形で、リアルタイムにローカル化した情報を提供しようとしています」
画像情報をメディアに流す方法は?
「河川の監視カメラなどの映像は、これまでもメディアに提供しているんですが、もっと活用してもらいたい。災害時には地域のケーブルテレビなどコミュニティチャンネルを見る人が多いというので、地方整備局や河川事務所と地域のケーブルテレビ局を結んで、オンラインで河川の映像情報を渡すような仕組みを積極化していきます」
“プッシュ型情報”は最初は新鮮でも、いずれ慣れてしまうのではないでしょうか。
「慣れの問題は常にあると思います。行政としては、手を変え品を変えやっていくような工夫も必要でしょうね。避難の決断は、最後は個人の判断による部分が大きいですし、平素からの防災教育とか個人の意識を高めることとも関係してきます。人間は論理的に行動するだけでなく、“情”でしか動かない部分もありますから、そこは情の活用も含め更に様々な工夫が必要だと思います」(了)
後編
「危険をわがことと思ってもらうのは難しい」という入江さやか氏。「防災に正解はない」という牛山素行氏。どちらも大きな災害に向き合うには、住民にもそれなりの知識や心構えが必要だということを示している。島本和仁氏は、情報の出し手と受け手の落差を埋める知恵を重視する。住民の側としては、公的な警報に依存するだけでなく、自らを守る努力も忘れずにいたい。
(Grasp編集部)