トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.6

激甚化する自然災害にいかに向き合うか。

2018年は7月豪雨災害や台風21号など、様々な大規模自然災害に見舞われた。気候変動の影響等により、今後も大規模な自然災害の発生が想定される。ネットメディアやSNSなどが急速に普及する現代社会においても、まだ住民一人一人に必要な災害情報が届いているとは言いがたいく、逃げ遅れが問題となった。課題解決に向け、官民一体となり、マスメディアもネットメディアも垣根を越えた取組が今、始動している。

Angle A

後編

公開日:2019/5/10

NHK放送文化研究所メディア研究部

上級研究員

入江 さやか

住民にしっかりした心構えがあれば、高齢者が多くとも自然災害の被害は軽減できる可能性があるとNHK放送文化研究所上級研究員の入江さやか氏は分析する。そのためには、メディアはどうあるべきなのか。

平成30年7月豪雨は西日本を中心に200人を超す死者・行方不明者が出てしまいました。メディアの報道は事前に被災地に的確に伝わったのでしょうか。

 「まだ住民調査をやっていないので、十分にお答えできない部分があります。ただ、この時は本格的に雨が降り出す前の7月5日の午後2時に気象庁が異例の記者会見を開きました。台風や地震に関する臨時の記者会見はありますが、前線による大雨について事前に臨時の会見をした例はありません。警戒を呼びかけた期間も3日間先までという異例の長さで、メディア関係者は大変な事態になるという危機感を持ちました」
 「NHKは午後2時の定時のニュースを拡大して気象庁の会見を詳しく伝え、民間放送各社も午後の情報番組で『災害級の大雨』『歴史的豪雨』など強い言葉で放送しました。夕方以降もNHKは『クローズアップ現代+』の放送内容を豪雨に関する内容に変更するなど、番組の予定を変更して警戒を呼びかけました」
 「しかし被災した自治体に取材に行くと、気象庁の午後の会見は執務中でテレビがついていなかった、予報文が『西日本から東日本にかけて記録的な大雨』といった表現で、範囲が広すぎてピンとこなかったという話を聞きました。気象庁もメディアとしても、危機感を伝えようと努力しましたが、結果的に十分な避難につながらず、大きな課題が残りました」

その原因と、対策についての意見を教えて下さい。

 「非常に広域にわたる災害だったことが理由の一つにあげられます。地震や津波だと広い地域でも起きる現象は共通ですが、大雨の場合は河川の氾濫や土石流など地域によって起きる災害が多様なので、メディアが一律に避難を呼びかけることは難しいと改めて感じました」
 「メディアの側としては、どうやって住民に災害の『わがこと』感をもってもらうかが大事です。西日本豪雨を受けて、NHKは『災害時ローカルファースト』という方針を打ち出しました。従来、大きな災害では全国放送を中心に放送し、そこに地方局が参加する形で放送してきました。今後は、災害の危険が差し迫っている場合には、ローカル放送を充実させ、地域に向けて『わがこと』と受け止めてもらえるようなきめ細かな避難呼びかけを最優先で行っていこうとするものです」
 「民放でも、大阪朝日テレビの『避難情報のエリア限定強制表示』のようにNHKと別な形で『わがこと』感を呼び起こそうとしている事例があります(【出典2】写真5)。テレビを最初に設置する時に郵便番号を入れますが、それと避難勧告・避難指示を紐づけて、その地域に避難勧告が出た時には画面に避難情報が映る仕組みです。他にも、テレビ放送の画面に二次元コード(QRコード)を表示してスマートフォンでよりきめ細かい情報を提供したり、外国人向けのサイトに誘導したりするなど、さまざまな方法で『あなたのところは危ないですよ』ということを伝える取り組みが進んでいます。また、ケーブルテレビやローカルFMなど地域密着のメディアもありますが、災害時に備えてNHK各局や地域の民放と協定を結ぶケースも増えています」

情報取得者のリテラシーが重要に

停電の続く厳しい条件では『ラジオ』が頼りにされた(【出典3】より。NHK放送文化研究所提供)

実際に災害が起きた時に、どのメディアが頼れるのでしょう。

 「2018年6月の大阪府北部地震の後、地震発生当日のメディア利用動向を早期に把握するため、大阪府在住の16~79歳の男女・2,051人を対象にインターネットによる調査を行いました。この地震で大規模な停電はなかったので、『テレビ』『スマートフォン』から情報を得た人が多く『ラジオ』は低くなっています(【出典4】表3)」
 「一方、去年9月に発生した「平成30年北海道胆振東部地震では、北海道のほぼ全域が大規模停電(ブラックアウト)しました。同様の調査をしたところ、地震発生当日に、すべての時間帯を通じて役立ったのは『ラジオ』でした。『インターネット(スマートフォン・タブレット端末)』は、『地震発生直後から未明』までは40%の人が利用できていましたが、その後20%台まで下がりました。停電が長期化する中、電源節約のために使用を控えたことや、基地局の停波が相次いだことが背景にあると考えられます(上記・表参照。【出典3】表1)」
 「大規模な災害に直面したとき、いつも使い慣れた『テレビ』や『スマートフォン』から思うように情報が得られるとは限りません。情報を得るためのさまざまな手段を持っておくこと、特に電池式の『ラジオ』を身近に備えておきたいものです」

近年では若い人がテレビを買わないケースもあります。情報伝達のあり方は変わっていくのでしょうか。

 「平成29年7月九州北部豪雨の調査で意外だったのは、テレビの避難勧告や土砂災害警戒情報より先に、メールやアプリで情報を知ったという方が増えてきたことです(【出典2】表8)。これからは自治体からのメールや災害情報アプリからプッシュで情報がスマホなどに流れて、それをきっかけとしてテレビをつけて情報を得るようになっていくのではないかと思います」
 「一方で、大きな災害のおそれがあるとき、多くの情報がプッシュで送られてくると『うるさい』と感じてスマートフォンの電源を切ったという話も聞きました。連続して防災情報が出ているのには理由があります。危機感を持って受け止めてほしいと思います」
 「私の研究テーマとは少し離れますが、災害が起きるとSNSを通じて“うわさ”や“デマ”が拡散されることがあります。多様な情報が飛び交う中で、災害時に情報を受け取る側にも情報リテラシーが必要な時代になってきたと思います。SNSなどを使い慣れている人、とくに若い人たちにぜひお願いしたいことがあります」
 「東日本大震災の『釜石の奇跡』で知られる東京大学の片田敏孝特任教授は、子供たちに『率先避難者たれ』と指導し、それが適切な避難につながりました。これは私の個人的な願いなのですが、若い人たちに災害時の『率先情報取得者』になってほしいと思っています。さまざまな情報機器やメディアを駆使して、本当に危険が迫っていることを知ったら、それを周りの人に知らせてほしい。『こんなに水かさが増えているよ』『こんな様子だよ』と画像情報を見せて、高齢者にも危険を『わがこと』として感じてもらうようにする。そうした『率先情報取得者』に育ってもらいたいと期待しています」(了)

【出典2】入江さやか(2018)、「平成29年7月九州北部豪雨 防災・減災情報は避難に結びついたか?~被災地住民の防災情報認知と避難行動調査から~」、『放送研究と調査』2018年11月号、NHK放送文化研究所

【出典3】入江さやか、西 久美子(2019)、「北海道ブラックアウト どのメディアが機能したのか~「北海道胆振東部地震」メディア利用動向インターネット調査から~」、『放送研究と調査』2019年2月号、NHK放送文化研究所)

【出典4】入江さやか、西 久美子(2019)、「都市直下型地震 その時役立つメディアとは?~大阪北部地震のメディア利用動向インターネット調査から~」、『放送研究と調査』2019年3月号、NHK放送文化研究所)

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