トリ・アングル INTERVIEW
俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ
vol.25
鉄道×デザインのニューウェーブ
新型コロナウイルスの感染拡大により、通勤や旅行需要が減少し、各社は利用者の大幅な減少に苦慮しているが、鉄道には単なる移動手段としてのみならず、快適な旅を演出する空間や、車窓から見える風光明媚な景色を楽しめるなど魅力が満載である。なかでも近年は、内外装に意匠を尽くした観光列車や、居心地の良い駅舎などのデザインが注目を集めている。そこで、奇抜な「顔」が話題の叡山電鉄「ひえい」や、地域に根ざしたイメージ戦略が注目を集める相模鉄道の取り組みなど鉄道デザインの“いま”を探った。
後編
SNSの書き込みに成果を実感
公開日:2021/1/22
相鉄ホールディングス株式会社
経営戦略室第三統括担当部長
山田 浩央
後編
「相鉄デザインブランドアッププロジェクト」は、車両や駅舎などをはじめ、企業ブランドに統一感を持たせる徹底したこだわりを通し、グループ社員のデザイン戦略に対する意識を高めている。若者へ沿線の魅力をアピールする取り組みは、新たなステージに入り、同プロジェクトを担当する山田浩央部長は手応えを感じ始めている。
2013年に始まったプロジェクトの効果は出始めていますか?
認知度やブランド力の向上は、そう簡単には結果が出ないことは理解しています。しかし、じわじわと効果が出てくるものと確信していますし、すでに、目に見える効果も感じられるようになりました。私は人事政策担当も兼務しているのですが、2021年1月入社の採用面接の際に、候補者へ相鉄に応募した理由を尋ねました。すると「相鉄の新型車両をJR新宿駅で見かけ、かっこいいと感じた」「デザインに力を入れる粋な会社だから」などの答えが返ってきたのです。相鉄を好きで入社してくれる人が増え、エンゲージメントが高まれば、会社のイメージ向上にも役立つはずです。既存の社員の働き方も変わってきており、細部のデザインにこだわる意識は相当高くなっています。それぞれの担当部署にまかせて好き勝手にやるのではなく、みんなが同じ方向を向いて、統一感を持って仕事をするようになっています。精神的な扇の要になっているのが、デザインの総合監修をお願いしているクリエイティブディレクターの水野学氏、空間プロデューサーの洪恒夫氏です。
若者たちに沿線の魅力を伝える新しい取り組みも始まりましたね。
2020年11月30日に相鉄・JR直通線開業が1周年を迎えたのを機に、特別企画として「相鉄レコードプロジェクト」を始めました。水野氏製作指揮のもと、クリエイティブディレクターに栗林和明氏を迎え、相鉄線沿線の街の魅力を歌詞に仕立てたオリジナルソングやそれに合わせたミュージックビデオを公開するプロジェクトです。2020年末までに、ツイッターで、相鉄沿線の「好きなところ」を募集しました。これをもとに、SNSで人気のシンガーソングライターのましのみさんが、相鉄線全26駅の街の魅力をテーマにした歌詞を書き下ろし、各駅間の乗車時間と同じ長さの曲を謳います。また、オリジナルソングに、相鉄線各駅間の車窓映像に合わせたミュージックビデオを作成します。さらに、ミュージックビデオから3本選び、3人の人気アニメーターが描く街の名物や名所をモチーフにしたアニメのキャラクターを合成し、3人のアーティストが歌います。
【SNSで拡散された相鉄レコードのミュージックビデオ】
テレビCMよりも、SNSを活用したマーケティングの効果が高いですか?
日ごろ、相鉄線を利用していただいている皆さまには、改めて相鉄線に親しみを持っていただくことが大事ですし、また、沿線外の皆さまには相鉄線を知ってもらうきっかけにしたいと思っています。若者や子育て世代が暮らす街は活気に満ち、持続します。学生時代に相鉄線を使っていたとか、自分や配偶者の実家が沿線にあるとか、勤めている会社の寮が沿線にあるとか、何らかの関わりがある場合はいいのですが、縁もゆかりもない皆さまに住んでいただくには、親しみを持ってもらうことが欠かせません。広報ツールも、テレビなどのマスメディアを使った方法では、若い皆さまには届きにくくなっています。SNSで話題をつくって、拡散してもらう方法が有効と考え実施しています。寄せられた街自慢のつぶやきの中に、「相鉄、なんかこの頃よくなってきたじゃん」というコメントを見つけて、「まさにこれだ。やっていてよかった」と感激しました。これまで「やぼったい」というイメージがあった相鉄沿線が、若い皆さまが胸を張って自慢できる街へとイメージチェンジしている手応えを感じています。
デザインプロジェクトの効果は相鉄グループ内にも波及していますか?
新しいことをやってみようというチャレンジ精神が芽生えています。相鉄バスは、群馬大学、日本モビリティと共同で、遠隔監視・操作による自動運転の実証実験を行いました。大型バスの遠隔監視・操作による自動運転の営業運行は日本で初めてでした。今後もさまざまな実証実験を通じて自動運転に関する社会受容性を向上させるとともに、公共交通機関網強化の可能性を検証し、自動運転「レベル4」による営業運転を目指します。また、相鉄アーバンクリエイツと相鉄ビルマネジメントは、相鉄いずみ野線ゆめが丘駅前の集客施設開発事業者としてセンター地区地権者から選定され、2022年度春から大規模集客施設を開発します。沿線にお住まいの皆さまへのライフスタイルの提案や地域資源を活かした体験・交流の場の提供を目的にした大規模集客施設を予定しています。
【大型バスの遠隔監視・操作による自動運転の営業運行は日本で初】
新型コロナウイルスの感染拡大によって、鉄道やバス、街づくりの意識に変化はありますか?
鉄道輸送の人員数は、コロナ禍で低迷しています。2020年の緊急事態宣言中には前年同月比38%まで落ち込みました。その後、同80%まで戻しますが、感染の再拡大で再び落ち込むなど不安定な動きを示しています。その一方で、自宅勤務が増えた影響で、沿線の不動産物件の価値は高まっています。コロナ後も、鉄道輸送人員が100%まで回復するのは難しいと予想されるので、落ち込んだ部分をシェアオフィスなど「新しい日常」に対応した沿線の価値向上のビジネスで取り戻そうと考えています。グループの規模が小さいので、小粒でピリリと辛いという企業体を目指し、新しいことに挑戦していきたいです。
次の100年へ向けて、どう取り組みますか?
最初はトップダウンで始まったデザインプロジェクトが、今ではボトムアップで「これもやろう」「あれもやろう」とチャレンジ精神が生まれています。相鉄グループは今、大きく変わろうとしていています。ただ、私たちの経営理念である「快適な暮らしをサポートする事業を通じてお客様の喜びを実現し、地域社会の豊かな発展に貢献します」という姿勢はいささかも変わりません。これまで積み上げてきた取り組みを、次の100年も大事にしながらサービスの改善を続けて、沿線の価値向上につなげていきたいです。「相鉄沿線、良くなったね、住んでみようか」と言ってもらえるように、これからも愚直に、地道に取り組んでいきます。(了)
後編