トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.41

雪国だけじゃない! 雪の脅威から身を守る

近年、交通障害や物流障害など大雪による災害やその影響は雪国だけにとどまりません。雪害が増えた一因は「地球温暖化」。現状のまま進行した場合、日本の降雪量自体は減少していくものの、1度に1m以上積もる「ドカ雪」は増加すると言われています。今後さらなる雪の脅威から身を守るために、雪が降るメカニズムから雪への備え、災害に対する心構えまで、「雪」に詳しい方々にお話をうかがいました。

Angle A

前編

速く流れ、重く積もる雪が、人命を脅かす

公開日:2023/1/10

アルピニスト

野口 健

高校時代から登山を始め、モンブラン、キリマンジャロへの登頂に成功。25歳のエベレスト登頂で「7大陸最高峰登頂」の世界最年少記録を樹立(当時)した野口健さんは、まさに雪山のスペシャリストです。雪山の美しさも怖さも知り尽くし、雪質の変化をもたらす気候変動などの環境問題にも取り組む野口さんに、山中や普段の生活でも起こる雪の事故についてうかがいました。

野口さんが登山を始めたきっかけを教えてください。

 私は中学校・高校をイギリスの立教英国学院で過ごしました。当時やんちゃだった私を揶揄する先輩に暴力をふるったことで、1か月の停学処分になってしまいました。仕方なく日本に戻って一人旅を続けていたところ、たまたま書店で植村直己さんの著書『青春を山に賭けて』を手に取り、非常に感銘を受けたことで、「自分も山に登ってみたい」と思うようになりました。
 高校2年生でモンブラン(フランス・イタリアの国境に位置)に登頂、翌年にキリマンジャロ(タンザニア)に登った頃から、7大陸最高峰※登頂を考え始めました。この目標を達成したのは1999年の25歳のときでした。
 初登山も雪山で、15歳のときでした。冬の八ヶ岳やつがたけ連峰・天狗岳てんぐだけで、事前に冬の富士山でも登山訓練を受けましたから、雪山とのつき合いは30年以上になりますね。雪山は遠くから見ると白くて美しく、「どうしてもあの山頂までたどり着きたい」と思って登り始めるのですが、山の中には美しさと同時にリスクも多く待ち受けています。私自身、雪によるさまざまなトラブルに遭遇してきました。
 ※アジア大陸:エベレスト(中華人民共和国・ネパール)、ヨーロッパ大陸:エルブルス山(ロシア連邦)、北アメリカ大陸:デナリ(アメリカ合衆国)、南アメリカ大陸:アコンカグア(アルゼンチン)、アフリカ大陸:キリマンジャロ(タンザニア)、オーストラリア大陸:コジオスコ(オーストラリア)、南極大陸:ヴィンソン・マシフ(南極半島付近)

エベレストにて(写真提供:野口健事務所)

雪による事故にはどんなものがありますか?

 雪山では、積もった雪でクレバス(氷床や雪上にできた深い割れ目)が見えずに滑落する事故があります。また、平地でも猛吹雪で周囲が見えない、積雪で地形が分からず道に迷う、などがあります。積もった雪で民家が潰れる事故も起きていますね。
 こうした雪による事故の中でも、一度に大勢の被害が出るのは雪崩です。雪崩に巻き込まれると、体中に巨大な圧力を受け、あっという間に流されて、雪の中に閉じ込められます。流される間に体が何度も回転して、どちらが上か下かも分からなくなり、手や足がちぎれてしまうこともあります。また、細かな雪というより硬い雪の塊が無数に押し寄せてくるような雪崩もあって、それはゴツゴツした塊がいくつも体にぶつかってくる感じです。
 雪崩で亡くなる方の多くは窒息死です。雪に囲まれて息ができないだけでなく、流される間に口の中や食道の奥にまで雪が入り込んで窒息することも多いんです。私が登山を始めた頃に、「雪に埋まったら泳げ」といった話も聞きましたが、雪に埋もれた状態で全身を動かすのは無理ですから、泳ぐことなど到底できないでしょう。

ご自身も雪崩に遭われた経験をお持ちだとか。

 2011年のエベレスト登山で巨大な雪崩に襲われたときは、「もう駄目かもしれない」とあきらめかけました。6000mを超える高所、しかも前後のクレバスに挟まれた場所にいて、逃げようがなかったからです。一緒にいたシェルパ(ヒマラヤ登山時に雇用される案内人)の機転で、全員が1か所に固まってその場に這いつくばり、生き埋めになっても息ができるよう、口を手で覆って空間を作るなどしながら、雪に流されないように耐え抜きました。
 幸い同行していた6名全員、何とか生き延びることができました。シェルパによれば、目の前にあった巨大クレバスに重い雪の部分が落ち、雪崩の表層部分だけが私たちを襲ったから助かったのだろう、という話でした。私たちの逃げ場を奪ったクレバスですが、これがなければ巨大な雪崩をまともに受け、雪に埋もれて流されてしまったでしょう。

雪崩のリスクと隣り合わせの登山(2019年マナスル(ネパール)/写真提供:野口健事務所)

平地でも積もった雪の重さによる被害がよく起きています。

 積雪が多い地域で家が倒壊するような事故では、屋根と一緒に重い雪が落ちてきますから、住んでいる方は脳しんとうを起こしたり、首の骨が折れたりして、けがや死亡につながっています。たとえ体は無事でも、雪による重みで身動きが取れず、そのまま時間がたてば亡くなる可能性が高まるでしょう。
 家が倒壊しなくても、屋根に積もった雪が固まって落ち、たまたま下にいた人がけがをすることもありますね。昔から言われるように、「雪が積もった屋根の下は危ない」のです。

般の道路でも雪で交通事故などが多発しますね。

 雪で路面が凍結してスリップしやすく、降雪による視界不良も加わって、玉突き事故などが増えるのだと思います。また、以前に北海道では、雪で視界がさえぎられた車が道を見失い、道路脇に突っ込んで動けなくなり、乗っていた親子のうち親が亡くなった事故も起きています。親子で車内から出て、歩いて近くの目的地に向かおうとしたものの先に進めなくなり、親が子どもを守るように覆いかぶさって夜を過ごし、子どもだけは何とか助かったというものでした。

猛吹雪などで周囲が見えないときはどう対処しますか?

 雪山に限らず、ブリザードや霧などで周囲がよく見えなくなると、多くの人は不安になって先を急ごうとします。雪で道を見失ったときも大抵は不安になって、ひたすら歩いて道を探そうとするんです。しかし、目標も何も見えない状況で正しい道を歩ける保証はまったくありません。可能なら、来た道を引き返すのが一番適切な対処だと思います。
 それが難しいときは、防寒着などで体を温かくしてその場を動かず、体力を温存しながら天候の回復を待つのが次善の策でしょう。

のぐち・けん アルピニスト。1999年5月、25歳で7大陸最高峰登頂の世界最年少記録を樹立(当時)し、その後も国内外の多数の山に登る。エベレストのゴミ問題をきっかけに、2000年から「エベレスト清掃登山」「富士山清掃登山」を開始し、環境保護活動や環境教育に取り組んでいる。2015年のネパール地震では「ヒマラヤ大震災基金」を立ち上げ、2016年の熊本地震では「熊本地震テントプロジェクト」を発案。被災した住民向けにテントを提供するなど支援を行った。
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