トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.35-1

ワーケーション&ブレジャーで発見!私のワークスタイル

働き方改革や新しい生活様式に対応した、柔軟な働き方として注目される「ワーケーション&ブレジャー」。新たな旅のスタイルとしても、地方創生の一助としても、普及への期待が高まっています。オフィスを離れ、旅先で働くことで得られるものとは。実践者たちの声を通して、働き方や旅との付き合い方のヒントを探ります。

Angle B

前編

ワーケーションの時代は始まっている

公開日:2022/6/17

毎日みらい創造ラボ兼毎日新聞記者

今村 茜

パソコン一台あればどこでも働ける、都会だけじゃなく地方とも関わりたい、パラレルワークしてみたい、子どもに多様な経験をさせたい……、と考える人たちが動き始めています。新聞記者の今村茜さんは、「ワーケーション」を取材したことをきっかけに、ワーケーションがライフワークとなりました。日本のワーケーションの流れを追い、実践し、仕組みづくりに携わる立場から、その現状や企業への提言を語っていただきました。

ワーケーションという言葉がメディアに登場したのはいつ頃なのでしょうか。

 私が記者としてこの言葉を知り記事で使ったのは2017年。東京オリンピック開催に向け、企業に大会期間中にテレワークをしてもらう準備として、政府が「テレワーク・デイ」を最初に設けた年でした。当時経済部にいた私は、取材を進めるうちに「日本航空がワーケーションという目新しい制度を導入する」と聞き、記事にしたのです。その際の私の調べでは、ワーケーションという言葉が出てきた一番古い記事は、2015年のウォールストリートジャーナルのものでしたが、初出はもっと前と言う方もいます。いずれにせよ、欧米で2010年代には使われ始めていました。ただ、「ワーケーション」という言葉がみられ始めたのはその頃ですが、旅先で働くというスタイルはフリーランスの方がやっていたり、「デジタルノマド」という言葉があったりと、昔からありました。言葉が流行り始めて、「もうやってるよ」と思った人も多いでしょう。
 でも、この言葉が登場して大きく変わったのは、それまで全くそういう働き方ができなかった会社員にも広がってきたことです。例えば日本航空のワーケーション制度は、ハワイに1週間家族旅行しようとしていた期間に会議が入ったとしたら、それまでは旅行を諦めて会議に出るか旅行中にサービス残業的にオンラインで会議に参加するかしかなかったところを、オンライン会議の時間を勤務時間として認めます、というものです。それまで勤務日と休暇は明確に分離していたけれど、企業として休暇中の仕事時間も勤務であるとしたのです。
 「ワーケーション」の取り組みはまず欧米で広がり、国内では2016年に日本マイクロソフト、2017年に日本航空と導入する企業が登場、2019年には三菱地所が自社ビルのテナント企業向けに和歌山県白浜町にワーケーション施設を開設するなど地方自治体との連携も目立ってきます。企業にとっては、従業員の働き方を見直す動きの一環であり、従業員は会社の資産であるというヒューマンリソースの考え方の浸透も後押ししました。そして2020年、新型コロナウイルス感染症のパンデミックによってこの言葉はバズワードになります。

企業はワーケーションをどのように取り入れていけばいいのでしょうか。

 コロナ禍によって、地方移住、多拠点居住、ワーケーションなど場所に縛られないライフスタイルが改めて注目されましたが、一番取り入れやすいのがワーケーションですよね。ワーケーションをざっくり2つに分類すると、企業の福利厚生や自社都合の派遣など会社側が制度を用意して補助も行う「会社都合、会社負担」か、あくまでも個人が自分の働きたい場所を自分で選ぶので旅費等も個人持ちの「自己都合、自己負担」かです。
 企業にとって、ワーケーションの導入は採用面でアピールになります。「従業員にやさしい会社」というブランディングにつながり、優秀な人材を確保することができ、結果的に企業の競争力を向上させます。私は導入を検討する企業の相談を受けていますが、日本の企業は従業員を管理しすぎではと思います。労災やセキュリティなど事前に明確にしておくべき課題はありますが、もっと従業員の自主性に任せても大丈夫だと思います。サボるのではないか、第三の場所で働いてなにかあったらどうしよう、といったネガティブな心配より、もう少し従業員を信頼して、オフィスではない場所に行くからこそ創造性が上がるかも、ビジネスの種が生まれるのでは、とポジティブに考えてほしいです。
 そして、企業負担について。従業員を派遣するとなると会社が全額負担しなくてはいけないと思って導入にブレーキがかかる企業が多いのですが、私はそれでは企業が辛いのではと思うのです。年1回の社員合宿ならともかく、全社員のワーケーション費を毎回会社が負担する必要はないのでは。働き手にとっては、そういう働き方を認めてくれる会社であることだけでうれしいと思います。

 子連れでのワーケーションを容認する場合、どう会社の制度を設計したらいいですか、とも聞かれます。子どもに万が一のことがあった際に会社が責任を取らなくてはいけないのかなど、リスクも高まるからです。でも、家族を同伴するかどうかは従業員の自己判断に任せ、会社はその判断を尊重すればいいと思います。その場合、費用は個人負担だし、仕事時間の確保のために地域の方のご協力やシッターさんの手配が必要となる場合もあるでしょう。でも、会社が従業員のライフスタイルにあわせた働き方を認めることで、従業員の会社に対する信頼度は上がるでしょうし、会社は多様な働き方の選択肢があると示せます。
 とは言え、自宅以外のテレワークは認めないという企業は多く、ワーケーションの実践者はまだまだ少ないのが現状です。働き手の多くはワーケーションをしてみたいと思っている、という民間調査結果も出ているのにコロナ禍以降は特に、ワーケーションを認めていない組織にいるけれど、在宅勤務はもう嫌だと会社に内緒で外に飛び出している「隠れワーケター」まで出現しています(笑)。
 東京に本社がある企業が、地方で働くスタイルに目を向けることは、企業の事業継続のための対策にもなります。自然災害やパンデミックによる緊急事態宣言に陥っても、地方に機能が分散していれば全的な損害を回避できますし、事業の復旧を早めます。
 ワーケーション時代へと社会は変化していて、さまざまなサービスも登場してきていますから、企業の度量に期待したいですね。

では、働き手側はどのように取り組んでいるのでしょうか。

 まず、「ワーケーション」の定義は固まっていない上に、多様化してきています。ワーケーションの語源のバケーションは休暇ですが、「単純に遊びと仕事のミックスと言われると違うよね」という考え方が出てきています。社内やチームのコミュニ「ケーション」、子どもにいろいろな体験をさせるエデュ「ケーション」など、様々な+ケーションがあるというとらえ方です。さらに、滞在先での学びを重視した「ラーニングワーケーション」、滞在先の地域で副業したり地域活性化を手伝ったりする「ジョブケーション」といった発展形も登場してきています。
 世の中の組織のあり方そのものも、オーケストラ型からジャズセッション型へと変わってきています。前者は、きっちり雇用されたメンバー(奏者)がリーダー(指揮者)のもと決められた曲を演奏するいわば終身雇用・年功序列の働き方、後者はプロジェクトベースで人を集め、達成のために外部からピンポイントでメンバーを入れることもある、予定調和ではない臨機応変な働き方です。ワーケーションはジャズセッション型に親和性があります。地方に行き、オフィスにいるだけでは出会えない人と関わり、新たな人脈やアイデアが生まれる可能性が高まるからです。そういうシナジー効果やビジネスチャンスを得るためにワーケーションする人もたくさんいます。
 また、副業や複業(パラレルワーク)に積極的な人たちにとって、ワーケーションの滞在先は本業以外の仕事をする場となっています。ワーケーションに行くこと自体には正直お金もかかってきますが、滞在先で副業・複業して収入を得ることで、その経費をまかなうことができます。地方への貢献と金銭負担の軽減が両立するのは素晴らしいこと。たとえば鳥取県は、「とっとりプロフェッショナル人材拠点」として、県内企業の人材ニーズと鳥取で副業・兼業等を希望する都市部のビジネス人材とのマッチングをサポートしています。

受け入れ先となる地方自治体側も積極的に取り組んでいるんですね。

 そもそも日本のワーケーションは、始まりから総務省など国や地方自治体主導の地方創生色の強いものでした。東京一極集中、地方の過疎化、ICTの普及といった、日本の社会課題の解決策と密接に関わるからです。たとえば、地方の人口を増やそうとしても日本全体の人口が減っているので難しい、であれば関係人口を増やそうとしたとき、他の地域から人を招く手段としてワーケーションは役立ってきます。ワーケーションは、企業にとっても個人にとっても一般的なリモートワーク以上の価値の創造となり、地域でイノベーションが生まれる機会として期待されているのです。

いまむら・あかね 親子ワーケーション部代表、毎日みらい創造ラボ兼毎日新聞記者。鹿児島市出身、高校時代は米NYで過ごす。2006年毎日新聞社入社。経済部等を経て、親子ワーケーションのルポ記事執筆を機に、新しい働き方を模索する新規事業Next Style Lab (編集企画「リモートワーク最前線」)を社内で発足。2020年からは記者を兼務しながら、オープンイノベーション推進を目指す毎日みらい創造ラボで事業展開。親子ワーケーション企画運営や「#働くを考える」などのオンラインイベント開催を手がける。2021年、親子ワーケーション推進グループ「親子ワーケーション部」を発足、情報交換や実践のためのコミュニティを構築。鳥取県ファミリーワーケーションプログラム造成支援アドバイザー、観光庁「新たな旅のスタイル」促進事業アドバイザー、日本ワーケーション協会公認ワーケーションコンシェルジュ。ジャーナリストの起業を支援するGoogle News Initiative Newsroom Leadership Program 2019-2020 フェロー。3児の母。
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