トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.45

誰もが気軽に「おでかけ」できる。パーソナルモビリティがある未来

電動キックボード、電動アシスト自転車、電動車椅子など、近年、街中で見かける機会がグンと増えた「パーソナルモビリティ」。
若者の手軽な移動手段としてはもちろん、高齢者や身体の不自由な方、子育て世代の方の移動支援、過疎地における交通手段、さらには環境負荷の低減など、さまざまな社会課題を解決するアイテムとしても注目されています。
パーソナルモビリティとはそもそもどういうものなのか、今後どんな展開が期待されるのか。インタビューを通して未来のモビリティの在り方を探ります。

Angle A

前編

モビリティ革命をもたらす「小さい交通」とは

公開日:2023/8/8

一般財団法人計量計画研究所理事・モビリティデザイナー

牧村 和彦

近年、電動キックボードやセグウェイといった近距離を移動する車両、いわゆるパーソナルモビリティが注目され、パーソナルモビリティを使用したシェアリングサービスなどのニーズも急速に拡大しています。都市交通、地域交通を主たるテーマとするシンクタンクに従事し、将来のモビリティビジョンの調査研究、政策立案の支援を行う牧村和彦氏に、普及の状況や課題、さらにパーソナルモビリティに関連するMaaS(マース:Mobility as a Service)についても伺いました。

パーソナルモビリティとはどのような乗り物を指しますか。

 すでに普及しているものでは自転車や電動アシスト自転車、また新しい移動手段として電動キックボードなどがあります。意外なところで言うと、電動車椅子もパーソナルモビリティの1つです。日本では障害のある方の移動手段と見なされがちですが、海外ではそうではなく、ケガをした時や疲れた時の歩行支援ツールとして気軽に利用されています。

そもそもパーソナルモビリティとは何でしょうか。

 「モビリティ」とは本来、動く能力や移動のしやすさという意味です。ですから私個人はパーソナルモビリティを、基本的には「歩くこと」を支援して、移動しやすいまちづくりをめざす活動全体の総称と理解しています。海外では「マイクロモビリティ」という呼び方が主流ですが、日本では馴染みがない言葉なのでパーソナル、さらに日本語に訳すときは、私は「小さい交通」としています。

その場合、「大きい交通」にあたるものは何ですか?

 大きいというより普通の交通とは、道路を走るという点では自動車のことを指します。私たちは1900年代からずっと、車があればいつでもどこでも自由に移動できる社会を作り、浸透させてきました。それに対してもう1つ、「小さい交通」という選択肢によるモビリティ革命を起こし、新しい移動のカタチを作ろうという動きが、まちづくりの観点から世界中で大変注目されています。特にパーソナルモビリティの先進国と言えるのがフランスで、2019年にはモビリティ革命を推進する法制度をいち早く制定しました。私はその3年後、現地調査に行きましたが、首都のパリだけ見ても交通事情は激変していました。街中を走る多くの路線バスはEV車やハイブリッド車に刷新され、短距離の移動には電動自転車や電動キックボードが活躍していました。

電動キックボードは日本でもこの7月から規制緩和され、特定小型電動機付自転車に該当するものは、免許不要・ヘルメット着用は努力義務で16歳以上であれば乗れるようになりました。現在はシェアリングサービスが中心ですが、今後どのように普及が進むと見ていますか。

 自転車には及びませんが、電動キックボードを「保有」する人が世界的にはものすごい勢いで増えています。フランスなどは自動車より電動キックボードの販売台数が多いくらいです。世界の状況を見ると、電動キックボードの移動距離は平均して2~3㎞です。一般に、都市の人々の生活圏は学校や病院、買い物に行くスーパーなど、最寄り駅までの移動も含めておおむね2~3㎞圏内に収まるので、日本でも将来的には自転車と同様、日常生活の「足」として保有されていくと思います。一方でシェアリングサービスは、観光等はもちろん、例えば交通障害や災害によって公共交通機関がストップした時などのために不可欠な移動手段になっていくと思います。保有とシェアリングサービスが適度なバランスで共存していくかと思います。

普及にあたり急がれることは何でしょうか。

 シェアリングサービスに関しては、利用しやすい環境を整えることです。利用したい時に近くにポート(貸出、返却場所)があることが大事です。日本では、電動キックボードの事業者が敷地の所有者と一つひとつ協議してポートを増やすというビジネスモデルになっているので、いかにスピード感を発揮できるかが普及の鍵でしょう。もっとも、いま次々に参入する事業者は、スタートアップやベンチャーの若手経営者が中心で、移動に対する課題意識も高く、社会に貢献する価値のあるビジネスとして精力的に取り組んでいるのでそこは期待しています。ただ、事業者の資金面の負担感は相当なものです。特に都市部では官民連携型で行うことも重要かと思います。欧米では、行政の施策として公共用地の開発や活用がかなり進んでおり、民間業者のリスクが減ることにより持続性も高まっています。日本でも東京・杉並区で区役所内の敷地に3事業者共同のシェアサイクルポートを設置するなど、官民連携の取り組みが始まりました。

3社のポートが並ぶ杉並区役所本庁舎前のモビリティ・ハブ(写真提供:杉並区)

公共用地を別にすると、日本の都市部はポートにできる敷地が少ないように感じますが。

 1つの解決策として、駐車場との共用も検討する価値があるかもしれません。現在は法律上、駐輪場と駐車場は別々に設置するのですが、都市部では自動車利用の減少にともない、駅前でも駐車場は半分くらいしか埋まっていないところもあると聞きます。海外では一定の規模以上の建築物に対する駐車場の附置義務を外している国や都市が増えてきています。これにより自転車等の利用が多い地域では駐車場の代わりに駐輪場が増えました。日本でも駐車場のスペースを縮小し、駐輪場やポートなどを併設することができれば、放置自転車の問題も解決するし、公営駐輪場の管理コストも削減できます。電動キックボード普及の後押しにもなるでしょうし、何より多様なユーザーの利便性が向上します。

パーソナルモビリティ全般における普及の課題は何ですか。

 最大の課題は安全面です。パーソナルモビリティは誰もが移動しやすいまちづくりに新たな価値をもたらしますが、不幸な事故が頻発すれば世論はたちまち否定的になるでしょう。特に怖いのは車や歩行者との接触です。日本では事故防止に向けて、交通安全教育を徹底していますが、ヒューマンエラーがゼロになることはないと思います。いま世界各国では、道路交通システムにおける死亡・重傷事故を最終的にゼロにすることを目指す「ビジョン・ゼロ」という交通安全哲学を取り入れています。事故が起きる原因として人的要因よりシステム要因を重視する考え方で、例えば世界各国では交通事故を未然に防ぐため、都市全域を最高速度30㎞/hとする取り組みが始まっています。そのうえでスペインなどでは車線のない道路を20㎞/hにしており、これによりロンドンやブラッセル始め各地で歩行者やマイクロモビリティ関連の重傷事故の件数が大幅に減少したと聞いています。
 20㎞/hといえば電動キックボードの最大速度です。市街地では自動車とパーソナルモビリティの速度差をなくす、欧米のように専用通行帯をどんどん普及させる、もしくはバス専用レーンなどと共有する。ほかには事故の多い交差点で車が右左折するときに自然とスピードが落ちるよう、車両の通行部分の線形を屈折させたり蛇行させたりするなど道路の造りを変えていく。そんな風に安全な空間を造っていけば、おのずと普及が進むと思います。

パリでは車道を削減し自転車道を設置する道路のリ・デザインが急拡大(写真提供:牧村和彦氏、運輸総合研究所「人と多様なモビリティが共生する安全で心ときめくまちづくり調査」より)

欧米で普及しているのは安全面が担保されていることも大きいのですね。

 もう1つ欧米では、過去の事故の教訓からすべての移動体の交通量や運行状況を可視化する「官民データ連携」が進んでいます。官民双方がデータを持ち寄って、この場所にポートが必要だとか、この道を歩行者やマイクロモビリティのために広げようとか、一緒にまちづくりに取り組んでいます。日本でも今回の電動キックボードの規制緩和を契機に、こうした連携ができればいいと期待しています。

欧米ではMaaSとシェアリングサービスの連携も進んでいます。あらためてMaaSとはなにか教えてください。

 日本ではいま、自動車が約8千万台保有されていますが(※)、一方で自動車を持たない人も人口の半分近くになる計算です。居住者以外の観光客、出張に来るビジネスパーソンなども含めると、日常の移動手段として車を持たない方はもっと多くなります。そんな人たちが移動しやすくするために、自動車以外のさまざまな交通手段をあたかも1つのサービスのように提供しようというのがMaaSの考え方です。よく「シェアリングサービスのMaaS」という言い方をされるのですが、そうではなく、要は「車かMaaSか」ということです。MaaSの中にはバスや電車などの公共交通機関もあり、パーソナルモビリティも重要なパーツの1つです。家から駅までは自転車、駅でどの電車に乗り、降りてから目的地までどう行くか、スマホのアプリをプラットフォームに「アズ・ア・サービス」として最適な移動手段を案内し、A地点からB、C地点と利用者をシームレスにつないでいきます。自動車のようにいつでもどこでも自由に行ける社会を実現するのが究極のMaaSです。
 ※国土交通省 自動車保有車両数統計 2023年3月末現在の四輪車保有台数(7,846万5千台)

自動車に代わる移動サービスがもたらす価値は何でしょうか。

 たくさんありますが、行政がなぜMaaSを推進するかというと、温室効果ガスの削減が期待できるからです。電車はもともとエネルギー効率に優れたエコな乗り物ですし、バスもEV化が加速しています。これにパーソナルモビリティを組み合わせて使うと、車に比べて温室効果ガスの排出量が10分の1に削減されたというデータも実際に出ています。日本は先だってG7で2035年の温室効果ガス排出削減幅を2019年比60%減にする、と約束しましたが、ヨーロッパでは2年前からこの先10年間で少なくとも1990年比55%削減するというEUの目標に取り組んでいます。ヨーロッパの人々は環境問題を「地球危機」と言い、積極的にエコ活動に参加する意識が強いので、そうした点でもMaaSが支持されました。2台目、3台目の自動車の購入を検討する場合にも、代わりに自転車や電動キックボードにしようか、となっています。保有が増えている背景には、環境を守る意識もあるのです。

パリでは道路の歩行専用化や緑化を進め都市の価値を再考する取り組みが加速(写真提供:牧村和彦氏、運輸総合研究所「人と多様なモビリティが共生する安全で心ときめくまちづくり調査」より)

※後編は8月10日(木)配信予定

まきむら・かずひこ 一般財団法人計量計画研究所理事、研究本部企画戦略部長。モビリティデザイナー。将来の交通社会を描くスペシャリストとして活動し、内閣官房未来投資会議、官民連携協議会等に参加。国土交通省MaaS委員会の臨時委員、国土交通省ユニバーサル社会におけるMaaSの活用方策についての研究会委員なども務める。『MaaSが都市を変える 移動×都市DXの最前線(不動産協会賞受賞)』『MaaS-モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ』など著書多数。
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