トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.33

輝け!水の中のスペシャリスト

海に潜り、人命救助や捜査活動を担う海上保安庁の潜水士。彼らをモデルにしたテレビドラマ『DCU』には、水中という過酷な環境でさまざまな試練や困難に立ち向かう潜水士たちの姿があります。潜水士を描くこと、そして潜水士を演じることの裏側にはどんな挑戦があるのか―舞台となる海上保安庁の業務とともに紹介します。

Angle C

後編

スペシャリスト集団が海の平穏を守る

公開日:2022/2/18

海上保安庁総務部政務課政策評価広報室

報道係長

橘 由祐

水中のスペシャリストである潜水士たちが未解決事件を解明していくテレビドラマ『DCU』は、海上保安庁の全面協力のもと制作が行われました。あらためて、海上保安庁とは何をする組織なのでしょうか? また、そこで働く海上保安官とはどのような仕事をしているのでしょう。テレビドラマでは描かれきれない、海の安全を守る精鋭たちが働く場所について掘り下げます。

あらためて、海上保安庁の役割と全体像について教えていただけますか?

 海上保安庁の使命は「海の平穏を守る」ことです。海は、漁業や海運など仕事の場であり、プレジャーボートや海水浴などレジャーの場であり、私たちの食べる海産物を育む資源の場でもあります。そういったさまざま役割を持つ海にまつわるすべてを守り、平穏に保つことが海上保安庁の使命です。海上における犯罪の取り締まり、領海警備、海難救助、環境保全、災害対応、海洋調査、船舶の航行安全、国際連携など、とても幅広い領域を約14,000人の職員でカバーしています。

『DCU』では潜水士が主役ですが、他にもたくさんのプロフェッショナルがいるのですか?

 そうですね、海上保安庁はスペシャリスト集団であり、さまざまな特別職があります。海難救助の分野で言えば、「特殊救難隊」がまさにプロフェッショナルです。統括隊長以下、37名の精鋭チームで、潜水作業だけでなく、ヘリからの降下・吊り上げ救助や救急救命、さらには火災や危険物への対応まで高度なスキルを有しています。そのほかに、機動救難士(81名)や潜水士(121名)が活動しています。
 海難救助以外の分野でも捜査、警備、海洋調査など数多くの領域で高度な専門知識を持つスペシャリストが活躍しています。例えば、外国人犯罪の捜査では外国語が堪能な国際捜査官という海上保安官が捜査を行います。船舶の乗組員は外国人が多いので、外国語力も重要な専門性になります。また、近年、国際連携の必要性が高まっており、アジア諸国をはじめとする海上保安機関に対し、救助技術や捜査技術などを教えることも行っております。この分野では、海上保安庁モバイルコーポレーションチーム(MCT)というスペシャリスト集団が活躍しています。

海上保安庁で活躍するスペシャリストたち

この他にも様々な分野のスペシャリストが存在します。

「こういうスペシャリストになりたい!」という希望は入庁後に決める方が多いのですか?

 そうですね。潜水士の場合は入庁する前から希望している職員は多いですが、それ以外は入庁後がほとんどです。先輩方の仕事を目にして、やってみたいと思えば希望できる仕組みになっています。
 ですから、入庁後はまず、船乗りとして必要な知識・技能を身につけ、海上保安官として基本的な業務である海難救助や犯罪捜査などに必要な知識・技能を習得します。これらの基本を身に付けることで、どんな部署に配属されても基本的には対応できるようになりますので、そのうえで希望すれば専門的な分野に特化していけます。
 別の角度から見れば、海上保安庁の仕事には多くのスペシャリストがいるので、何か専門的な技術や関心があれば、必ず生かせる場面があるはずです。

そもそも、海上保安官になるにはどのような方法があるのでしょうか?

 まず、幹部海上保安官としての教育を受ける「海上保安大学校」が広島県呉市にあります。高校卒業程度の方を対象としている「本科」(1学年60名)に加えて、2021年度からは大学卒業程度の方が進学できる「初任科」(1学年30名)も設けられました。海上保安大学校を卒業した後は、日本全国の巡視船などに配属されます。その後、東京・霞ヶ関の本庁や管区海上保安本部、巡視船などを経験しながら、幹部職員に必要な知識と経験を積んでいきます。
 もうひとつは、京都府舞鶴市にある「海上保安学校」に入る方法です。こちらはスペシャリストを養成する学校で「船舶運航システム」「情報システム」「管制」「海洋科学」「航空」の5つの課程があります。船舶運航と情報の修了者は管区内での転勤、その他の3つは全国の転勤となります。現場で働き始めてから幹部職員を目指したいと思えば、海上保安大学校の特修科へ進学することもできます。
 こういった教育機関で学べば、海上保安官としてのスキルや知識は自然に身につけられます。ですから、志望には「海が好きです」「船に乗りたい」といった純粋な動機があれば十分だと思います。海上保安庁には幅広い分野の仕事があるので、入ったら必ず「適所」があると思いますのでぜひチャレンジして欲しいですね。
 それと中途採用もあります。船舶や航空機、無線通信などの有資格者を中途採用しています。採用されれば、海上保安学校の門司分校(福岡県北九州市)で6カ月の研修を受け、即戦力として現場に配属されます。民間企業で培った専門技術を海上保安庁で生かすことができます。

海上保安大学校(本科)では4年間の教育課程で海上保安官の幹部を養成します。

学生たちは、さまざまな実習や訓練を通して、基礎技術を身につけます。

橘さん自身は何か専門性をお持ちですか?

 私は海上保安大学校を修了した後、1、2年での異動が多かったので、時間をかけて何か特定のスペシャリストになる道は歩んできませんでした。ただ、次々と業務内容が変わり、それに対応していくことが自分にとってのやりがいです。異動のたびに初めての経験ができて、新たなスキルや能力が自分に付加されていくので本当に飽きません。
 海上保安庁は14,000人の職員で膨大な業務を遂行しなければなりません。そのためには、どんな業務にも対応できる職員が必要です。私が現在所属している政策評価広報室にも特殊救難隊で仕事をしていた職員もいます。どんな業務にも対応できるというのは、海上保安庁においては、ある意味のスペシャリストなのかもしれません。

海上保安庁で働いている方々はどのような使命を抱いているのですか?

 海を愛し、海を守ることです。古くから海上保安庁の理念を示す言葉に「正義仁愛」があります。初代海上保安庁長官の言葉です。私たちは捜査機関であるので物事に厳しく対処する必要があり、その根本には「正義」があります。ただ、厳しいだけでなく、慈しみや愛情で包み込んだ正義です。生命を守るレスキューや環境保全などに象徴されますね。私たち正義仁愛を心に刻み、その価値観を大切にしながら任務に当たっています。
 海上保安官は、海上の厳しい環境で冷静な判断と熱い情熱の両方を求められると思います。私自身、船長をしていた時は、何か事案に対応するとき、誰を現場に行かせるか、どのような方法で対応するかなどを判断し、指示していました。その場面では直感で指示することもありましたが、できる限り一度立ち止まり、全体のことを考えたうえで判断していました。船長は乗組員の命を預かっていますので、感情だけで動くことはしないよう肝に銘じていました。

読者へのメッセージをお願いします。

 『DCU』というテレビドラマを通じて、海上保安庁がどんな仕事をしているかに興味を持ってもらえたらうれしいです。「DCU」は架空の組織ですが、実際の仕事はどうなんだろうと思ってもらえればありがたいですね。そして、もし海上で事故や事件に遭遇したら、迷わず海上保安庁の緊急通報用番号「118」に電話をしてください。海の平穏を守る海上保安官たちが駆けつけます!

テレビドラマ『DCU』の裏側には、企画をまとめあげ制作を指揮するプロデューサー、過酷な撮影現場でも役に真摯に向き合う演者たち、架空の舞台に“現場感”で説得力をもたせる海上保安庁の職員たちの姿がありました。それぞれがチームの一員として、熱い思いを胸にお互いを思いやりながら仕事に取り組む姿勢は、Grasp読者とも共通するのかもしれません。
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