トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.21

宇宙ビジネス最前線!世界とどう戦う?

私たちにとって「宇宙」とはどんな存在だろうか?小説や映像などを通じてしかイメージ出来ない遠いものであるように思われがちなのではないだろうか?
しかし、今年6月にアメリカで世界初の民間企業による有人宇宙船の打ち上げが成功し、2022年には大分県で小型衛星を打ち上げる計画を明らかにするなど、宇宙を巡る動きが活発化している。こうした潮流の中、宇宙空間を利用したビジネスも現実味が増している。これまで宇宙産業と言えば、ロケットや人工衛星の開発といった分野ばかりに焦点が当てられていたが、最近では日本でも通信、観光、物流など広範な分野でベンチャーが相次いで立ち上がるなど民間主導のビジネスに注目が集まっている。世界では既に様々な分野で事業化が進められているが、日本は宇宙ビジネスで世界と渡り合うことが出来るのだろうか。その可能性を探る。

Angle B

前編

「次は、宇宙へ。」

公開日:2020/9/25

ANAホールディングス株式会社

津田 佳明

宇宙事業はこれまで、安全保障の観点や大規模な投資や長期計画が必要な特性から政府や公的機関のプロジェクトが主流だった。だが、近年は科学技術や産業の発展で、経済成長のフロンティア(未開拓地)としての重要性が高まり、民間企業の動きが活発化している。航空大手ANAホールディングス(HD)は2015年に発表した長期戦略構想で「次は、宇宙へ。」と宣言し、いち早く将来の事業領域の一つに設定。社内のイノベーション(技術革新)創出部隊「デジタル・デザイン・ラボ」を中心に、宇宙旅行や宇宙探査などのプロジェクトに参画している。ラボを設立時から率いてきた津田佳明氏に思いを聞いた。

「次は、宇宙へ。」という強烈なメッセージはどのように生まれましたか。

 ANAは定期に5年間の中期経営戦略を策定していますが、2015年に長期的な視野に立って10年間の戦略を練ることになりました。当時、私は経営企画課長として未就航地のアフリカや南米への航路開拓などを提案しましたが、経営陣からは既定路線ととらえられて評判が良くなく、折角なら10年単位の計画に値する事業を考えろと言われて連日深夜まで悩み、もう半分ふざけた気持ちで「地球上でできることをやり切って次は宇宙ですね」という意味を込め資料の裏表紙に書いたのが始まりです。
 当初は批判されると思っていたところ、経営陣や社員からの評判が意外に良かったんです。普通はメッセージを発信しても夢物語で終わるものですが、ちょうど同時期にトップに就いた社長は入社時の社内報に「将来は宇宙を飛んでいたい」と書くほど強い思いを持っていました。また、国内でも宇宙ベンチャーの起業が相次ぎ機運が盛り上がるなど、さまざまな要因がタイミング良く重なった結果として事業化が動き始めました。

事業化を進めるデジタル・デザイン・ラボはどんな組織ですか。

 最初はヘリコプター2機からスタートしたANAは、飛行機の機体に初めてペイントを施すなど、起業当初から現在に至るまでチャレンジを続ける遺伝子が根付いています。ただ、航空業は「安全運航」が至上命題なので、新しいことを始める時は念入りな準備や確認が求められます。これでは最近の技術やビジネスモデルの進歩のスピード感に付いていけなくなるという懸念がありました。
 そこで2016年にANAが中期経営戦略として「攻めのスピード経営の実践」を打ち出し、航空業と切り離したイノベーション創出部隊として設置したのがこのラボです。航空業はいま運輸業の最先端を走っていますが、これから50年、100年後を見据えれば業界を脅かす「破壊的なイノベーション」が起きる時代がくるはずです。
 本ラボは「ドローン」「アバター(遠隔操作ロボット)」「宇宙」の3分野を選定し、航空業が脅かされる前に積極的に取り込んでいこうと考えました。この背景には、価格的な脅威となるLCC(格安航空会社)分野で、ANA傘下にピーチ・アビエーションを設立してみずから市場に参入したという象徴的な前例があります。

宇宙事業のどんなところが航空業への脅威になりますか。

 スピードです。いま次世代超音速機の開発が進んでいますが、欧州までの飛行時間を12時間から半分の6時間に短縮できたとしても、運賃が2倍になったら脅威になるかどうかは微妙だと思います。
 しかし、宇宙空間にロケットを飛ばし、地球の軌道上を通過して2地点を結べば飛躍的に飛行時間を短縮できます。米宇宙ベンチャー・スペースX創業者のイーロン・マスク氏は2017年にオーストラリアで開かれた国際宇宙会議で、大型ロケットを使って米ニューヨークから上海まで約15時間の航路を39分で飛行できるとプレゼンしました。仮にこのことが実現しても航空業の利用者が全て移行するとは限りませんが、時間に高い価値を置く富裕層は一気に流れる可能性があります。ただ、LCCやドローンなどの脅威に比べて実現への時間軸が長いので、チャンスになる分野でもあると考えています。

具体的にはどんな事業に取り組んでいますか。

 これまでの宇宙関連事業はロケットをその都度造り、宇宙飛行士を訓練・養成してきましたが、ビジネスが成立するには日常的に繰り返して運用・運航する世界が求められます。ANAは創業以来、運航管理や機体整備、パイロットや客室乗務員の育成計画、客室の仕様の決定という運輸業のノウハウを蓄積してきました。宇宙ビジネスにもこのノウハウを強みとして生かすチャンスがあると考えています。
 具体的には、有人宇宙機開発ベンチャー企業のPDエアロスペース(名古屋市)に出資し、航空整備士を1人派遣しています。最終的に旅客を乗せた宇宙旅行の実現を目指していますが、いまは無人の宇宙機を開発し、来年度にも(宇宙空間と定義される)高度100kmを超えることを目指しています。
 また、(使用済みや故障した人工衛星など)宇宙ゴミの除去に取り組むベンチャー企業のアストロスケール(東京)にも出資しました。宇宙ビジネスのイメージからやや離れるかもしれませんが、実はロケットを飛ばす際に宇宙ゴミの存在は大きな問題になっています。将来的に、打ち上げ許可が出るかどうかは宇宙ゴミ対策ができていることが鍵になると判断し、出資を決めました。
 ほかにも、宇宙ビジネスアイデアコンテストで大賞を獲得した社員が、本ラボで低高度衛星を活用した飛行経路の最適化に取り組んでいます。さらには、アバター事業と連携し、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同で宇宙活用を進めています。5月には宇宙ステーション補給機「こうのとり」に搭載して国際宇宙ステーション日本実験棟「きぼう」に打ち上げ、近くアバターを通して宇宙空間を見ることができる見込みです。
※後編に続きます。

【PDエアロスペースの緒川修治社長(中央)やHISの沢田秀雄会長兼社長(左)と資本提携会見するANAHDの片野坂真哉社長】

※ANAHD提供
つだ・よしあき 1969年12月4日生まれ。埼玉県出身。東大経済学部卒業後、1992年4月にANAに入社し福岡支店販売部に配属。5年間の旅行代理店セールスを経て1997年4月に東京本社営業本部に異動し、営業・マーケティング関連業務(路線計画・運賃策定・チャネル企画・販促プロモーション等)を担当。2013年4月の持株会社制移行を機にANAホールディングスへ出向し経営企画課長。2016年4月にイノベーション創出部隊としてデジタル・デザイン・ラボを設立してチーフ・ディレクターに就任し、今年4月から事業推進部長兼デジタル・デザイン・ラボシニア・ディレクター。
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