トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.46

命を守る第一歩!すぐにでも自分でできる地震への備えとは?

世界有数の地震多発国・日本。マグニチュード6.0以上の地震の約20%は日本周辺で発生しており、ここ30年の間だけでも「阪神・淡路大震災」「東日本大震災」などの大きな地震が起こっています。その上、マグニチュード7~9と予測される「首都直下地震」「南海トラフ地震」の今後30年以内の発生確率はいずれも70%以上。1923年9月1日に起きた「関東大震災」から100年目となる今年、来るべき大震災から命を守るために、今私たちができること、すべきことは何かを、専門家や被災経験者の方のインタビューを通して考えます。

Angle C

後編

避難所を円滑に運営するには女性視点が不可欠

公開日:2023/10/24

仙台市宮城野区福住町町内会

東日本大震災時に円滑な避難誘導や避難所の運営を行った福住町は、その先進的な取り組みが評価され、2019年に防災功労者内閣総理大臣表彰を受賞しました。一方で多くの避難所の運営において、女性の声が届かないことによるさまざまなトラブルが起き、これを重く見た仙台市は、震災後に地域防災リーダー(SBL)として女性の登用にも力を入れています。SBLの存在によって福住町方式はどう進化するのかを聞きました。

<写真向かって右から>
仙台市宮城野区福住町町内会 会長 菅原 康雄
仙台市宮城野区福住町町内会 副会長・仙台市地域防災リーダー(SBL) 大内 幸子

福住町方式を実践するにあたり、苦労したことは何ですか。

菅原:町内会員全員の名簿づくりです。福住町では住所、氏名からペットの情報まで記した個人データをいただき、町内会員や重要支援者、老人クラブのメンバ-や中学生・小学生別と6種類に分けて管理していますが、着手した2003年は個人情報保護法が制定された年で、プライバシーの保護について何かと取り沙汰されていました。しかし名簿がなければ安否確認はできません。とにかくやってみようと執行部で分担してお願いし、2か月ほどでほぼ全員分が集まりました。難しいから止めておこう、ではなく、1人でも多く集まれば良し、という考え方です。

大内:最初は、1人暮らしのお年寄りや障害のある方など重要支援者から取り掛かりました。私は防災部に入ったばかりだったので、割当はたった4名でしたが、それでもだいぶ苦労しました。今なら理由が分かりますが、福住町に引っ越してきたばかりの新参者だったからですね。よく知らない人に個人情報は渡したくないんです。また区役所ではなく、会長の自宅に保管することにも難色を示されました。そこを一つひとつ、「大地震が来たら役所まで取りに行く余裕がありません」などと丁寧に説明し、時間はかかりましたが納得してもらいました。このときの経験を通して日頃からコミュニケーションを取ることの大切さと、決してあきらめない気持ちを学んだことが、私の原点になっています。

菅原:個人データを集めるうちに、プライバシーに敏感な若い人が反対すると、高齢者も遠慮して黙ってしまいがち、ということも分かってきたので、全体の合意は取らず、まず賛同する人を優先していきました。最後まで提出を拒むのは、ほんの1人か2人です。また、こうして完成した最新版の名簿を前提に、防災マニュアルや防火・防災訓練の内容は常に見直し、ブラッシュアップを図っています。特に東日本大震災は沢山の見直しのきっかけになりました。なかでも女性の視点の大切さを痛感しました。

大内:実際に避難所運営を行ってみると、「トイレが男女別ではないので利用しづらい」、「更衣室や授乳室が欲しい」といった声が女性から寄せられました。また乳幼児は生活リズムが不安定なため、大人とは離れた場所に保育スペースを確保するのが望ましいのですが、私が「そうしましょう」と提案しても男性の方はあまりピンと来ていないようでした。赤ちゃん用のオムツが足りなくなっても、指定避難所の備蓄品にはありません。生理用品はありますが、男性役員が窓口だと若い女性などは受け取りに行くのが恥ずかしい、など、女性の目から見ると不備な点が沢山ありました。このときはできる範囲で精一杯対応しましたが、次からはもっと女性の発言力を高め、より良い避難所運営やそのアドバイスができるようになりたいと、震災から今まで私はずっと勉強の日々です。学ぶ分野も防災だけでなく、男女共同参画から福祉まで多岐にわたります。なぜなら避難所は「多様性の縮図」だからです。赤ちゃん、子ども、お年寄り、障害のある人から性的マイノリティ、外国人と、さまざまな人が一時的に暮らしを共にするなかで、生活者として女性の視点からの細やかな配慮は不可欠です。

避難所運営には女性の視点が不可欠と語る大内幸子さん。

大内さんはいま、防災リーダーとしても活躍されていますね。

大内:仙台市も生活者としての女性の視点の欠如により、避難所においてトイレのトラブルや性差別など、多くの問題が生じた事実を重く受けとめ、NPO法人を通して女性防災リーダーの育成に取り組んでいます。また震災を通して「公助」の限界を感じたことから、震災の翌年に仙台市独自の地域防災リーダー(SBL)の養成を開始しました。私は女性防災リーダーとしてSBLにも2期目から加入して活動を続けています。

具体的にはどんな活動を行っていますか。

大内:普段は受け持ち地区のハザードマップを作ったり、子どもたちにクイズ形式で防災・減災の知識を学んでもらったり、子育て世代の母親を集めてご家庭それぞれに必要な備蓄品を考えたり、高齢者向けのサロンで講話をしたりと、主に災害弱者と言われる人たちと接点を深めています。福住町では、アルミの空き缶を利用してご飯を炊くサバイバル飯、通称「サバ飯」のレクチャーを小学校で行います。もちろんいざという時は住民の避難誘導も行います。SBLになって特に良かったと思うのは避難所のアドバイスができたことです。特にトイレは試行錯誤を繰り返し、洋式のトイレをビニール袋で幾重にも覆い、そこに凝固剤を入れる方法にたどりついて導入し、好評を博しました。聴覚障害の方を支援するパンフレットの作成も、SBLによるワークショップが縁で企画委員を務めています。

防災訓練では車椅子での避難体験も実施。

菅原:ほかには、私もそうですが、大内さんも防災をテーマにした講演会に招かれることが多く、2人とも全国を飛び回っています。どの講演会でもかならず出るのが「地域の防災活動に女性を参画させるにはどうしたらいいか」という質問です。答えはシンプルで、「できるだけグループで入れるようにする」ということ。福住町の場合は、お子さんが小学校または中学校を卒業するタイミングで退任されるPTA役員の方々に声をかけ、1年間だけの約束で、町内会の支援部隊のようなかたちで協力していただいています。中学卒業生の保護者の方々は、婦人防火クラブの所属です。グループで活動すると段々楽しくなるので続きますし、そのなかでも積極的な人には本人の承諾を得たうえで役員組織に入ってもらっています。その結果、いまは執行部40名のうち23名が女性です。

女性が役職者の過半数を超えている町内会は珍しいですね。

菅原:避難所運営のトップもぜひ性別を問わず担っていただきたいと思っています。大内さんはいま副会長と防災・減災部長を兼ねているため、今後、福住町に大きな災害が起きたら大内さんが避難所運営のトップになることが決まっています。会長の私は対外的な交渉事に専念するなど、お互いに協力しあって進めていきます。こうした役割分担については防災マニュアルも改訂して記載しました。災害発生時に2人とも不在の場合は、執行部3役の15人全員が誰でもトップになって運営できるよう、かねてより訓練しています。
 一方で全国の町内会はまだまだ男性中心なのも事実です。講演に呼ばれた地域では、女性がゼロの町内会も珍しくありませんでしたが、女性の視点も必要だと思います。避難所運営などに活躍していただくのはもちろん、防災に関して積極的に発信してもらうことで、女性参画の機運を盛り上げてくれると期待しています。

他に講演会ではどんな質問が多いですか。

菅原:私が獣医だからかもしれませんが、女性参画を除くと圧倒的にペット対応です。福住町ではあらかじめ防災マニュアルで同行避難と同伴避難を認めました。同行避難とはペットを避難所に連れてくることで、ペットが過ごす専用の部屋を用意します。同伴避難は受付後も飼い主と同じ部屋にいることです。全員参加型の訓練などでこうした対応が周知されていたので、福住町では何も問題はありませんでした。ところが、よその避難所では他の被災者の理解が得られず、校庭や駐輪場などに繋がれるケースも見られました。震災の時は雪が降って寒かったので、放置すれば凍死しかねません。急いで合板でペット用の部屋を作って届けたものです。仙台市ではいま災害時のペット対応について、同行避難と同伴避難を行うよう通達していますが、現場ではなかなか実践されないことが課題です。

動物と過ごすのは、被災者のメンタルヘルスケアにも良いと聞きましたが。

菅原:その通りです。中越地震の被災地を訪問したときも、同行避難の10頭のイヌとネコがいて、最初は被災者が避難するビニールハウスに一緒に入れるのに猛反対されたのですが、すったもんだの末、なんとか受け入れてもらいました。しかし10日も経つとすっかり被災者たちにとって癒しの存在になり、猛反対した人まで「この子がいないと耐えられない」と手放しで可愛がっていた様子が印象に残っています。飼い主にも良識がありますから、きちんとしつけられたペットしか連れてきません。ですから同行・同伴避難はかならず受け入れなさい、きっと皆さんの癒しになるから、と強く勧めています。私は30年ほど前から、経営する動物病院で飼育するイヌやネコ、ウサギ、モルモットなどの小動物を連れて福祉施設や保育所、幼稚園、小学校を回る「動物ふれあい活動」を続けていますが、特に子どもたちの情緒を安定させる効果は抜群です。震災のときは子どもたちに、動物のようにひたすら本能に従って生き抜く逞しさを見習ってほしいと願いました。

東日本大震災発生後の避難所では、動物とのふれあいにより子どもたちのメンタルヘルスケアに貢献。

今後、どのような活動を意識していますか。

大内:子どもたちに向けた活動の中では、特に小学校の防災・減災教育に力を入れていきたいと考えています。震災当日、福住町の中学生は訓練で教わった通り集会所に避難してきましたが、小学生が1人も来なかったため、私は高砂小学校に向かいました。小学校では児童全員が体育館に集められていて、低学年の子どもたちの中には初めて経験した大きな地震にショックを受け、泣いている子もたくさんいました。私はその光景が忘れられません。災害に対する心構えがなく、自分でいのちを守る術(すべ)を知らないから、ただ大人の指示に従うほかない――。幸い、高砂小学校では先生方がしっかり守ってくださいました。でも30年以内には、絶対にまた大災害が発生します。福住町に限らず、震災の後に生まれた子どもたちに、しっかりと震災の記憶を伝えながら、どんなときにも自分で自分のいのちを守る行動ができるように導いていけたらと思います。

菅原:災害をかならず起きるものと認識して、立ち向かう力を養うのが福住町の減災訓練。こんな小さな町内会ですが、減災に関しての取り組みは日本一です。訓練のための訓練ではなく、現実の被害を最小限に抑えるための訓練ですから、プログラム内容もどんどん進化し、現在は東北医科薬科大学と協力して、災害時の医療連携体制づくりを開始しています。全国どこの被災地でも1人の犠牲者も出さない減災の実現に向け、私たちの情報や資料は惜しみなく提供しますので、ぜひ福住町方式を参考にして、自分たちの町を自分たちで守る防災活動に取り組んでください。

 1923年9月1日、死者・行方不明者10万人超という未曽有の大災害、関東大震災が起きました。今年はそれから100年の節目の年です。南海トラフ地震、首都直下地震の発生が懸念される中、1人でも多くの方に、自らの命を守る対策を始めてもらえればと、テーマを「地震への備え」としました。
 備えることの必要性を理解しつつも、「何から始めればいいのかわからない」「いざとなったらなんとかなる」と、後回しにしている方は少なくないと思います。気象予報士・防災士の蓬莱大介さんには、防災対策に着手するためのコツや備え方のポイントなどについて教えていただきました。また、地震といえば、独特の警報音の緊急地震速報を思い出す方も多いのではないでしょうか。その開発に携わられたのが、気象庁地震火山部地震火山技術・調査課長 束田進也さん。緊急地震速報のしくみ、その本質的な役割など、様々な興味深いお話をうかがうことができました。被災者の立場から地震に備えることの大切さを語ってくださったのは、仙台市宮城野区福住町町内会会長 菅原康雄さん、同副会長・仙台市地域防災リーダー(SBL) 大内幸子さんです。今や「福住町方式」としても知られる減災・防災のための取組は、自治体だけでなく企業にとっても参考になるはずです。
 次号のテーマは、近年注目が高まっている「防災教育」。自然災害が発生したときに、大切な命を守るため、その意義や効果などについて考えたいと思います。
(Grasp編集部)

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