トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.45

誰もが気軽に「おでかけ」できる。パーソナルモビリティがある未来

電動キックボード、電動アシスト自転車、電動車椅子など、近年、街中で見かける機会がグンと増えた「パーソナルモビリティ」。
若者の手軽な移動手段としてはもちろん、高齢者や身体の不自由な方、子育て世代の方の移動支援、過疎地における交通手段、さらには環境負荷の低減など、さまざまな社会課題を解決するアイテムとしても注目されています。
パーソナルモビリティとはそもそもどういうものなのか、今後どんな展開が期待されるのか。インタビューを通して未来のモビリティの在り方を探ります。

Angle C

前編

パーソナルモビリティ普及の鍵はユーザーの「安心感」

公開日:2023/8/18

株式会社ストリーモ

代表取締役CEO

森 庸太朗

道路交通法の改正により原動機付自転車に「特定小型原動機付自転車」という区分が新設。その区分に該当する一定の要件を満たす「電動キックボード」などには、2023年7月1日から「免許不要で16歳以上であれば乗車可能」「所定の条件を満たせば歩道走行可能」といった新たな交通ルールが適用されました。これにより、パーソナルモビリティ普及への期待が高まる一方で、安全性が気になる方も少なくないのではないでしょうか。そこで、安定性の高いパーソナルモビリティの開発で注目されている株式会社ストリーモ代表取締役CEOの森庸太朗さんに、「安心感」に対する考え方やリアルなユーザーの声などをうかがいました。

パーソナルモビリティに興味を持たれたきっかけを教えてください。

 学生時代は自転車で国内外を旅したり、レースに参加したりしていました。そこで自転車で移動する楽しさ、操縦する面白さを知りました。また、大学および大学院では制御システム工学を専攻し、災害救助ロボットなども研究しました。これらのロボットは、使用する場所や作業の目的に応じて、さまざまな形態が考えられる点が興味深かったですね。このような経験のおかげで、私はモビリティを自転車、バイク、自動車といった既存のものだけでなく、「移動するものすべて」と考えていて、まだまだ決まった形は無いと思っています。決まった形が無いから、アイデア次第で世の中を変えていける、モビリティという領域には大いに可能性があると感じ、2輪車や3輪車の開発に携わるようになりました。

パーソナルモビリティにはどんな魅力があるとお考えですか。

 列車や多くの乗用車ではA地点からB地点に早く確実に移動することに重きが置かれがちです。一方、パーソナルモビリティは主に1人乗りで、交通ルールの範囲内なら自在に動いたり止まったりでき、マイペースで移動できる点が特徴です。これにより、移動中に起きるちょっとしたハプニングや新たな発見、人との出会いを楽しむ機会を作れることが魅力のひとつと考えています。そのためには、好きな時に停止して周囲を眺めたり、人と会話したりできる、ゆっくりとした移動速度も重要になります。「ユーザーが安心して乗れる」「移動を楽しめる」モビリティは今後さらに必要になると思います。

2023年から新設された「特定小型原動機付自転車」は、そうした目的を持つモビリティに適しているのでしょうか。

 特定小型原動機付自転車には、車道を走る際の制限速度20kmと、特例として一部の歩道も走れる制限速度6kmという2つのモードがあり、この両方で安定して走れる機能を備えていることが重要だと思います。少し遠方にスムーズに移動することも、周囲を楽しみながらゆっくり移動することもできるからです。
 当社で開発している特定小型原動機付自転車は電動キックボードと同一視されることが多いのですが、法的な区分は同じでも、私たちは両方のモードで安定して走れる新しいタイプのパーソナルモビリティを目指しました。
 具体的には、前に1つ、後ろに2つの車輪を持つ3輪のモビリティで、時速2~6kmという歩く程度の速さでも安定して走行でき、最高速度は新ルールに合わせて時速20km(下図参照)。バック走行も可能です。5cmほどの段差は楽に乗り越えられ、デコボコした道やちょっとした上り坂でも無理なく走れます。足を地面につかずに停止することもでき、機体がふらつくことはなく、安定して立ち止まることができます。

パーソナルモビリティの操縦性で大切なことは何でしょうか。

 人の感覚に合わない乗り物というのは乗って疲れやすかったり、いざという時の回避行動ができなかったりします。そのため、操作方法を覚えることで乗れるようになるだけでなく、その操作が人の感覚にフィットしている必要があると考えています。例えば自転車に乗れる人は「ハンドルをどう操作したらバランスをとって曲がれるか」という操作を覚えており、またその操作は人の感覚にあったものであったからこそ、多くの人が乗ることができます。
 また、車体剛性は安心感や安定感に影響を与えますが、ただ高くすればよいというわけではありません。重量との兼ね合いもあります。しっかりと支えられている感じを出すためにどの部分の剛性を高め、どの部分をしならせるかを検討することも大切です。
 これらによりパーソナルモビリティは、人の感覚にマッチした、より乗りやすく安心感のある操縦性を得ることができると思います。

開発の際には地域の協力なども必要とお考えだそうですね。

 パーソナルモビリティは地域の中で使われるのですから、地域と協力しながら開発していくことはとても大事だと思っています。当社の場合は墨田区と、高度な金属加工技術で知られる区内の浜野製作所にサポートいただいています。
 協力いただいたきっかけは、浜野製作所に試作車用の部品製作をお願いしたこと。当時、私は自宅を開発拠点としていたため、試作車の組立場所などについて浜野製作所に相談したところ、墨田区のスタートアップ支援事業をご紹介いただきました。墨田区には支援の一環として、当社製品のようなパーソナルモビリティに対する地域の皆さんの意見を聞く機会も作っていただきました。

墨田区の浜野製作所による同社製品の部品のひとつ。

貴社の製品に対する一般の方の反応を通して、パーソナルモビリティへのニーズをどう捉えていますか。

 「自転車は苦手だけどこういったパーソナルモビリティなら乗れそう」「移動することが楽しくなりそう」という声を聞くことが多く、身近な場所を手軽に移動したいというニーズは多いと感じました。
 また、購入を希望される方の約65%が50代から70代だったのには驚きました。購入理由は、「膝を痛めてから長時間歩けないので使いたい」「こうした移動手段があれば仕事が続けられる」など、日々の暮らしと密接に関連したものも多かったです。パーソナルモビリティは、こうした方の生活にもお役に立てるのだと気づかされました。

個人だけでなく、企業での活用も考えられますか。

 当社には、工場や倉庫内の移動手段として活用したいという声も寄せられていますから、企業での活用も今後広がるのではないでしょうか。
 低速で安定走行ができるパーソナルモビリティであれば、移動しながらでも従業員間で相談しやすいですし、停止状態でもふらつかなければタブレット端末の操作などもはかどります。工事現場なら、段差やホース、配管などでデコボコした場所も乗り越えられる性能や、台車をつないで荷物の運搬に使用できる機能へのニーズも高いと思います(※)。
 ※台車をつないで公道を走行する場合は、道路運送車両法の「道路運送車両の保安基準」を満たしている必要がある。

森さんが考えるパーソナルモビリティの楽しさを教えてください。

 少々遠い場所から近くまで、自分の意志で自由に移動できることがパーソナルモビリティの楽しさだと思います。
 また、一般的にパーソナルモビリティは4輪車のように運転席の周りを囲まれていませんから、移動中に風や音、匂いなどを感じて楽しめるのも魅力のひとつです。歩くくらいの速さで走行していれば、すれ違う相手に声をかけたり、隣の人と話しながら移動したりと、コミュニケーションもとりやすくなります。安定して停まれる機能があれば、立ち話だってできます。
 ただし、パーソナルモビリティを歩く人と一緒に動けるようにするには、安定性があり予測不能な動きをしないなど、安心感が重要なことは間違いありません。

 ※特定小型原動機付自転車について(国土交通省HP)
 https://www.mlit.go.jp/jidosha/jidosha_fr7_000058.html

もり・ようたろう 株式会社ストリーモ 代表取締役CEO。2004年、東京工業大学理工学研究科制御システム工学専攻修了。博士(工学)。株式会社本田技術研究所入社後、2輪車の開発部門に在籍し、オフロードバイクの量産車、レース車の車両開発に従事。ライダーの声を聞き、その感覚を反映する開発手法にも取り組む。自立する2輪車、3輪車の研究などを経て、パーソナルモビリティを自らの手で開発したいとの思いから、同社の新事業創出プログラム“IGNITION”に応募。同社からのカーブアウトという形で、2021年8月に株式会社ストリーモを設立。
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