トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.5

"データ大流通時代"、オープンデータは起爆剤となるか?

官公庁が保有する気象や地理空間データなどのビッグデータをオープン化する動きがある。こうした動きは、新たなビジネスの創出や人々のくらしの快適性や経済活動、社会活動を飛躍的に向上させる起爆剤となるか。自動運転、MaaS、建設分野のIT化、物流革命などへの活用等、オープンデータの促進が社会、経済、産業にもたらすインパクトやビジネスチャンスについて識者に聞く。

Angle B

前編

生活を豊かにする地理情報

公開日:2019/4/2

東京大学空間情報科学研究センター

特任講師

瀬戸 寿一

公的なデータの中でも、早い段階から一般に公開されたのが地図に関するさまざまな情報(地理情報)だ。とくにデジタル化された地図は、地理情報システム(GIS)を用いることで紙の地図とは比較にならない新しい利用の仕方が生まれる。東京大学空間情報科学研究センター特任講師の瀬戸寿一氏は、地理学の専門家としてデジタルな地理情報の利用方法を研究する一方、全国の市民に呼びかけて、地図を基に自らの街や生活を豊かにする“参加型GIS”の普及・啓発活動を続けている。オープンデータを社会のイノベーションに結びつけていく方法を聞いた。

何がきっかけでGISの研究を始めたのですか。

 「高校の社会の教員になりたくて、大学で地理学科を選んだんです。当時はGISという言葉はまだ一般的ではなく、ごく一部で『重要になる研究分野だ』といわれ始めたばかり。GISが科目になっておらず専門に教えられる先生もあまりいなかった。その時は自分がこの分野に深く関わることをイメージできませんでした」
 「2004年に立命館大学に就職して実習助手になりました。そこでインパクトを受けたのが『バーチャル京都』というプロジェクトです。京都の都市空間や文化的資源、歴史を全部デジタル化して、バーチャル空間上にのせようというもので、こういう世界があるんだということを改めて知りました。地理の分野でデータやITを使うのが新鮮でした」

どんな可能性を感じたのでしょう。

 「それまでの地理学の研究者の多くは、ひたすらフィールドワークをする印象がありました。例えば今で言う“ブラタモリ”みたいに街を歩いて観察したり、インタビューや文献調査する研究が多く行われていました。それがデジタルになった時に、多くのデータからより多面的な視点で街の状況を解き明かせるんじゃなかと気づいたんです。膨大な京都の資料をバーチャル空間に置きかえて、視覚化を含めて分かりやすく整理する。そうすればある程度、昔の生活や景観を分かりやすく表現できる可能性があります」

ITスキルが必要ですね。ハードルが高そうです。

 「僕はあまり人文系・理工系を区別するのが好きではないのですが、人文系ではデジタルデータになじまない研究者の方がどうしても多いかなと思います。しかしそれも世代が入れ変わることで使い方も大きく変わってきています。今ではGISを専門にしていない周辺領域でもインターネット上のデジタル地図を使って研究することが珍しくなくなりました。一般社会でも、スマートフォンを使う人口は世代を問わず増えてきているし、子供は使い方を教えなくてもタブレットを自分で使いこなして地図を開いて遊んでいることもあります。そういうことじゃないかな」

デジタル地図は米国のGPSサービスに依存しています。信頼性や安全保障など、頼り切っていていいのでしょうか。

 「従来の紙の地図の正確性がデジタルよりも高いかというと、必ずしもそうじゃないんです。例えば国土地理院の地形図でも、例えば1万分1スケールの地図を作製する場合で約7メートル以内は許容誤差として認めています。また土地の境界を決めるのは地籍図ですが、そのデータも全国一律ではなく、デジタルになっていないものも多くあいまいな部分があります。逆に現代の技術で測量し直して初めて正確な位置が確定することもあるそうです」
 「そもそも日々に変化していく土地の状況を理解するのは難しくて、建物や道路の変化や自然災害、例えば地震などに迅速に対応していくには、GPSのようなデジタルで正確に計測できるツールを使わないと立ちいかなくなるでしょう。日本政府が準天頂衛星を打ち上げていることも、自国の衛星測位システムとして、リアルタイムに位置情報を取得できる環境を整備する上で重要ですし、将来的には多数の超小型衛星を使った新しい方法の可能性もあります」

【オープンな政策を追い風に】

「歩行空間ネットワークデータ整備ツール」の試行版(国土交通省提供)

研究に使うのは国土地理院の地図でしょうか。

 「地理学にはスケールという概念があります。等高線とか土地の起伏など、比較的広いエリアを示す際に用いる国土地理院の地形図は、例えば災害対策のための研究には非常に重要です。一方で住宅地図のように、どんな土地に何が建っているという細かいレベルの情報が必要になることもあります。日本では、そうした分野は長らく民間の地図会社が頑張ってきました」
 「他方、私の現在の研究では、OSM(オープンストリートマップ)を使うことが多くなりました。イギリスでは、かつて公的に整備された地図をビジネスで使う時に制約があるなど自由に使えない状況がありました。『それなら自分たちで、現代のツールで自由に使える地図を作ろう』として2004年に始まったボランティア型のプロジェクトです。GPSロガーを使ってデータを蓄積したり、公開されている航空写真や衛星画像から地図をデータ化する作業の積み重ねで作られて世界中で活動されています。日本でも2008年ごろから活動が活発に行われています。」
 「公的でミクロな詳細データとして、例えば国交省の事業で『歩行空間ネットワークデータ』というのがあります。横浜や東京などの限られたエリアで公開されています。こういうのが全国で蓄積されてオープンデータになってくれるといいなと思います」

政府のオープンデータ政策をどう評価していますか。

 「ずいぶん変わったと思います。地理空間情報活用推進基本法
が2007年に制定されるまで、地図データを社会で流通し活用するための法律がほとんどなかったと思います。例えば、自治体の地図データであっても、用途によって例えば都市計画課や農林課などが同じようなデータをバラバラに持っていることもありました。それらの地理情報を国の基盤的なデータとして法律の体系に載せるよう決めた意味はあります。ただ、10年以上たった現在、誰でも法律の存在を知っているというわけでは必ずしもなく、完全には周知されていないとも感じます」
 「もっと変わったのは2013年以降のオープンデータ政策です。2017年に官民データ活用推進基本法が制定されたのも大きな転機でした。それまで、ある地図データを元に研究をするには、申請書を書いて承諾してもらう必要があったり、取扱いが厳しい自治体だとデータの提供を断られることもありました。例えば大学であれば比較的信用は高いはずなんですが、研究者が役所に依頼状を出して、許可された後にCD-ROMなどを持参しデータを受け取っているということがありました。オープンデータ化とともに、あらかじめ利用規約を定めた上でインターネット上にデータ自体を置いてくれるようになりました。データ利用に関して個別に許諾のやりとりがなくなったのは大きいですね」

デジタル地図で最も利用されているのはGoogleマップのように思います。

 「確かにGoogleマップのインパクトは巨大でした。実は国土地理院の電子国土webサービス(現在は、地理院地図)の方が先に提供されていたんですが、当時はGoogleマップの方が道路や建物以外の情報も充実しているし、デザイン的にも優れていて使いやすかった。今もウェブサイトの案内図などに埋め込んで使われていますね。けれどGoogleマップは民間企業のサービスなので、あらゆる用途に対して必ずしも無料で使えるサービスとは言えない面があります。また利用方法にも制約があるので、デジタル地図サービスをひとつの企業のサービスのみに頼っていていいかは議論の余地があります」
 「Googleは大量の情報を持っているから、地理学的にもダイナミックな研究ができるかなと考えたこともあります。でも実際には私の研究や、その成果を社会に還元する方法として今、力を入れている“参加型GIS”な観点で見ると、Googleマップはライセンスの関係などで用途的な限界を感じる部分もあります。だからこそOSMの活動が活発になったり、地理情報システム自体もオープンソースで作っていくことに可能性を見出しています」

※後編は4月9日(火)に公開予定です。

せと・としかず 1979年東京都生まれ。2004年東京都立大学大学院 都市科学研究科修士課程修了。立命館大学文学部実習助手、講師を経て12年同大学大学院文学研究科博士課程後期課程修了、博士(文学)。同大での専門研究員と兼務で、同年ハーバード大学地理解析センター客員研究員。13年東京大学空間情報科学研究センター 特任助教、16年4月より現職(併:生産技術研究所・協力研究員/地域未来社会連携研究機構・参画教員)。 専門分野は、社会地理学・地理情報科学。参加型GISやシビックテック・オープンデータに関する研究に従事する。主な著作に『参加型GISの理論と応用:みんなで作り・使う地理空間情報』(共著・古今書院)などがある。
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