トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.11

「空飛ぶクルマ」もう夢じゃない!

次世代モビリティの柱として注目を集めているのが「空飛ぶクルマ」だ。これまで、アニメや書籍等で未来の乗り物として語られてきたが、近年、国内外の企業が実用化に向けた開発を進めている。国内でも政府が2023年の事業開始を目標に掲げ、企業と自治体も連携して産業化に向けた取り組みを推進するなど、活発な動きを見せている。空飛ぶクルマ社会が実現すると、世の中にどのような変化がもたらされるのかを探る。

Angle B

後編

「街」の概念を「空」から変えていく

公開日:2019/10/18

デロイト トーマツ グループ

シニアマネジャー

谷本 浩隆

空飛ぶクルマには、既存の移動手段として新たな選択肢が一つ加わるだけにとどまらない可能性がある。もし、身近に空飛ぶクルマがあったなら、私たちの生活スタイルにも変化が生じるかもしれないためだ。空飛ぶクルマの実用化により、社会や街のあり方に変化を与えることになれば、大きな変革であり、産業構造も大きく変わるかもしれない。そんな期待が新興のベンチャー企業による開発競争を駆り立てているとも言える。

操縦士なしの機体で空を飛べるのでしょうか。

 現在構想されている空飛ぶクルマの多くは、自律飛行を目標として開発が進められています。イメージとしては、利用者があらかじめ指定した目的地までの最適なルートが自動設定され、当該ルートに従って運んでくれるというものです。当然ながら、管制や機体制御に関する高度な技術の開発が必要になりますが、技術さえ確立してしまえば、人間による操縦飛行(マニュアル飛行)の場合よりも安全性が確保されるという考えに基づいています。この考え方は、自動車の自動運転と同様で「自律化した乗り物の方が制御しやすい」という新しい発想があります。安全に運航できるかどうかは、マニュアル飛行の場合、操縦士の技量に左右される要素が大きくなるのに対し、無人の自律飛行の場合は、あらかじめ定められたアルゴリズムに従った制御が可能になるからです。つまり、人がいることで起こりうる予測不能な飛行を排除し、予測可能な飛行秩序を作り上げ、安全を担保することができるのではないでしょうか。

普及により街のあり方はどのように変わっていくでしょうか。

 これまでの街の価値は、鉄道駅を中心に考えられ、発展してきたと言えます。乗り換えが便利である、快速や新幹線が停車する、都心までアクセスしやすいなど、最寄り駅の利便性が周辺地価に大きな影響を与えています。
 しかし、空飛ぶクルマが実現した場合、A地点からB地点まで直線で、短時間で結ぶ交通手段ができるため、従来の交通網を意識する必要がなくなってきます。極端に考えると、場所を選ばずに住めるようになります。このため、これまでは鉄道網を軸に発展した都市に、人々が一極集中する傾向がありましたが、既存インフラに依存することなく移動が可能となるため、渋滞や混雑から解放されるだけでなく、これからは地方を含めた他地域に分散していく原動力になるのではないでしょうか。
 また、災害時には機動的な避難や救援輸送も可能になるでしょう。近年、ITの進歩でリモートワークが推進されるようになりましたが、更にこの傾向が加速するかもしれません。
 地方で生活しながら仕事をし、時折空飛ぶクルマで東京のオフィスに顔を出す、という働き方も広がる可能性が期待できます。

新産業の創出は産業界にもインパクトを与えそうですね。

 空飛ぶクルマの開発に必要となる要素技術は、自動車産業や航空機産業といった既存の要素技術を組み合わせた上で、発展させることが想定されるため、従来の産業の垣根を越えた提携(アライアンス)が加速する可能性があります。特に電気駆動という特性から、バッテリー及びモーターの性能向上がキーになると考えられるため、電気自動車や電気航空機向けの製品を研究開発・製造している製造業への期待値は高まると考えられます。また、機体の軽量化という観点から、軽くて剛性の高い素材の需要は一層高まるでしょう。こうしたハード技術のみならず、AI(人工知能)をはじめとしたソフト技術に対する需要も増えていくと考えられます。例えば、変化する気象環境などを判断し、最適ルートを見つけ出すアルゴリズムなどは非常に重宝されるでしょう。
 インパクトを受けるのは製造業だけに限りません。自動車産業もそうですが、空飛ぶクルマでも裾野の広い産業が関係してきます。空飛ぶクルマを活用した人・モノの輸送サービス業が生まれてくるのはもちろんのこと、管制サービス、離着陸場所の運営サービス、万が一の事故に備えた保険サービスなど、空飛ぶクルマの普及に伴って様々なサービス分野が拡大していくと考えられます。更には、新たな形態の街を目指したビジネスの発展も期待できます。

日本の強み・課題は何でしょうか。

 日本は、世界トップレベルの規模を誇る自動車産業を擁しており、航空機の製造の分野でも確固たる技術の蓄積を続けてきています。既存の大企業のみならず、複数のベンチャー企業も空飛ぶクルマの開発に取り組んでおり、これらの企業が互いの強みを生かして連携していくことで、世界での開発競争で生き残っていける可能性は十分にあるでしょう。
 また、日本は「社会課題先進国」と言われています。都市の過密化、地方の過疎化をはじめとする様々な社会課題の解決手段として、空飛ぶクルマという新しい製品を活用したサービスを生み出すことにより、日本企業が世界レベルで競争力を発揮できると思います。
 一方で、いくら機体・サービスの開発が進んでいったとしても、空飛ぶクルマの有用性やリスクに関する人々の理解が進まなければ、社会実装のスピードが遅れてしまう可能性があります。特に日本は安全性を重視する傾向が強く、新たな製品に対する社会受容性が高まりにくい傾向にあります。一方で中国では、一定のリスクを受け入れながら、計画・実行・評価・改善の「PDCA」サイクルを進めていくスタイルの企業が多く、こうした企業に競争で勝っていくにはどうしたらよいかということが今後の課題となっていくでしょう。社会受容性を高めていくには、空飛ぶクルマがどのように我々の生活を変えていくかといった構想をできるだけ分かりやすく、インパクトがあるように伝えていくことが重要であり、その意味ではPRに優れた欧米企業のやり方を参考にしていくことも必要になるかと思います。

【空飛ぶクルマの普及には、国民の理解が課題となりそうだ】

空飛ぶクルマを活用したビジネス成功の鍵は何でしょうか。

 重要なのは、空飛ぶクルマを活用して、どのような社会課題を解決していくか、といった視点だと思います。これまでにお話ししたとおり、空飛ぶクルマは従来の人・モノの移動のあり方を一変させる潜在能力を持っている製品であり、これを活用して、具体的な課題解決のための活用方法をみつけることで、大きな商機を手に入れることができるでしょう。
 そのためには、徹底したデータの分析が鍵になると考えます。例えば、UBER社は配車サービスの提供を通じて、蓄積した人の移動に関するビッグデータを様々な角度から分析し、来るべき空飛ぶクルマを活用したビジネスの構想につなげていると言われています。人々がどこからどこへ、どのような目的で移動したいと思っているか、そこにはどのような課題があるか、といった情報を早く・深く分析できた事業者が業界をリードしていくことになるでしょう。
 このため、空飛ぶクルマに関連するビジネスに参入する事業者にとっては、作り手の技術から考える「プロダクトアウト型」の発想ではなく、消費者目線、更には社会目線でどのような価値を提供しえるか、という方向で事業開発を進めていくことが大事になると考えます。

私たちにとって「空」の価値が変わりますね。

 今、人間にとって空の移動として思い浮かべるのは飛行機による長距離のものです。ビジネス出張や観光です。「空飛ぶクルマ」は、通勤や通学などの場面で利用されることになるでしょう。「空を大衆化する」。それが我々の目指している未来です。(了)

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