トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.44

足元に宝の山! 循環型社会を実現する下水道資源

下水道の主な役割といえば、汚水を処理場で浄化し、川や海に戻すことなどを思い浮かべる方が多いと思います。
しかし、近年はそれだけにとどまりません。栄養豊富な処理水、有機物を多く含む汚泥、発電利用が進むバイオガスなど、汚水の処理過程で発生するさまざまな資源やエネルギーが、循環型社会を実現する鍵として注目を集めているのです。
今回はその中でも「下水道資源の農業利用」にフォーカスし、下水道の持つ高いポテンシャルに迫ります。

Angle C

後編

下水汚泥の活用が、循環型農業を実現する

公開日:2023/5/12

北海道岩見沢市
岩見沢地区汚泥利用組合

農業基盤整備課長
監事

斎藤 貴視
峯 淳一

そもそも農業にとって、下水汚泥肥料はどのようなメリットがあるのでしょうか。後編では下水汚泥肥料を実際に使用して米づくり等を行っている、岩見沢地区汚泥利用組合監事の峯淳一さんも交え、下水汚泥肥料を使うことで生じる作物の生育や品質の変化についてインタビュー。さらには、岩見沢市の下水道運営への影響や下水汚泥肥料普及のために必要なことなどについても語っていただきました。

下水汚泥肥料は農業にとって、どのようなメリットがあるのでしょうか。

斎藤:肥料業界では、「NPK」が植物の生育に欠かせない3要素と言われています。窒素(N)、リン酸(P)、カリウム(K)のことなのですが、下水汚泥肥料にはこのうち窒素とリン酸が豊富に含まれています。他にもミネラルなど、いろいろな栄養素が含まれ、それらが農地に入ることで土の中の微生物が活性化、さまざまな有機物が分解されて栄養となり、植物に送り込まれます。

峯:化学肥料と比べると窒素、リン酸、カリウム、それぞれの成分は少ないのですが、土の構造を変化させ、作物が育ちやすい土壌環境に仕上げてくれるのが、下水汚泥肥料の優れている点です。化学肥料を連続して使用すると、土壌構造を脆弱なものにします。化学肥料に依存した土壌となり、ミミズなどの生き物が住めなくなるのです。本来の地力が失われることによって、収量は減少していき、それ以上いくら化学肥料を投じても生産性は上がらなくなります。下水汚泥肥料には自然本来の豊かな土壌構造に戻す力があるため、痩せてしまった土地を豊かにし、持続可能な農業を行うための大きな力になってくれます。

下水汚泥肥料を使うようになってから、具体的にどのような変化がありましたか。

峯:私は2010年から下水汚泥肥料を使っていますが、土壌構造が大きく変化しました。私のところでは、脱水ケーキを使って完熟堆肥(※)を作っているのですが、その中の生き物の数や種類が増えてきています。ミミズはもちろん、顕微鏡を覗くと通常は汚泥の中に見られない微生物が確認できるようにもなっています。さまざまな生物が生存しやすい土壌になってきているのでしょう。
 ※汚泥内の有機物の分解・発酵が十分に行われた堆肥のこと。

作物の生育具合はいかがでしょう。

峯:水稲栽培では、全面積で脱水ケーキをもとにした自家生産堆肥を使用しています。使用開始当初と比べて、化学肥料を5割減らしましたが、ちゃんと収量を得られています。しかも、地域内の1反(約1,000㎡)あたりの収量の115%を製品として出荷できるほど出来がいい。今年は化学肥料7割減を検討していますが、それくらい土に力が宿ってきています。
 また、米の品質でいうと、たんぱく値が小さいほど食味が良いとされています。基本的に化学肥料や堆肥の量が多いとたんぱく値が高くなる傾向があるのですが、汚泥堆肥の場合はそういった傾向が見られません。土づくりをしながら、同時に品質も維持できるものといえます。

岩見沢地区汚泥利用組合監事の峯淳一さん。大学で日本農業の循環の仕組みについて学び、卒業後に就農。持続可能な循環型農業の実現に向け、40年にわたり肥料の研究を続けている。

下水道の汚泥と聞くと、安全性が気になる方も少なくないと思います。

斎藤:下水汚泥肥料の成分分析は法律で義務付けられていますので、下水道への流入水のチェックから外部機関の調査が入っています。ヒ素や水銀といった重金属の含有量について基準値が設けられているのですが、岩見沢市の下水汚泥はその基準の数十分の一という低い水準で、安全性が確認されています。下水汚泥肥料を撒いた農地の追跡調査も行っていますが、重金属類の農地への蓄積もありません。

国土交通省が推進する「BISTRO下水道 (食と下水道の連携を強化する全国的な取り組み)」に参画され、2015年に「循環のみち下水道賞」を受賞されていますね。

斎藤:消費者の下水汚泥肥料に対するネガティブな先入観を消し、広く認知してもらうためには公的なバックボーンも必要だと考えて参画しました。
 「BISTRO下水道」の活動では、下水汚泥肥料を使った作物に「じゅんかん育ち」というブランドネームを付けてPRしていますが、多くの人に認知してもらうにはまだまだです。収量自体が少ないため、流通の過程で「じゅんかん育ち」の名前が消えてしまうこともあり、他の作物とのさらなる差別化が必要だと考えています。また、下水汚泥肥料を使った作物は風評に晒されてもきたので、安全性については今後もしっかりと伝えていかなければと思っています。

2015年、下水道事業における持続的発展が可能な社会の構築に貢献する優れた取組に対して国土交通省から贈られる「循環のみち下水道賞」を受賞。

安全性を実証するために、峯さんはGFSI(世界食品安全イニシアチブ認定規格)(※1)の認証制度であるASIAGAP(※2)の認証を個人で取得されたとか。

峯:下水汚泥肥料を使用した作物に対する風評被害を防ぐにはどうしたら良いかということで、ASIAGAPの認証に取り組みました。下水汚泥肥料の安全性は岩見沢市ですべて検査済みですが、農地に撒いてから作物を栽培、収穫、加工するまでの過程の安全性は証明されていない部分がありました。それをすべて検証することで安全性を多くの方に伝えることができると考えました。
 下水汚泥肥料を撒いた田んぼで検証したのですが、特に穀物中のヒ素と水銀の含有量は、コーデックス委員会(※3)の国際規格をクリアするほどの安全性を示す結果が得られました。2021年にASIAGAPの認証を取得しましたが、これはGFSIの加盟国において「あなたのお米を流通に乗せても良い」という免許証をもらったのと同じです。
 ※1世界的な食品企業が、安全な食品提供のために協働している民間団体。GFSIが食品の安全性向上、環境の保全、労働安全の確保等のために設定した管理基準を満たすと、GFSI承認認証規格が認められ、国際的な安全基準を満たした農場と判断される。
 ※2アジアの農業生産分野において唯一のGFSI承認の国際規格。
 ※3 消費者の健康の保護、食品の公正な貿易の確保等を目的として、1963年にFAO(国際連合食糧農業機関)およびWHO(世界保健機関)により設置された国際的な政府間機関。国際食品規格の策定等を行う。

世界的に安全性が認められるとともに、世界市場での販売も可能になったということですか。峯さんの「ゆめぴりか」は、農林水産省から特別栽培農産物の認定も受けていらっしゃいますよね。

峯:特別栽培農産物は、農林水産省の大臣官房新事業・食品産業部から提示されている大きな規格のひとつで、化学肥料を5割低減、農薬を5割以下に抑えた農産物が認証されます。私の農場では米について認証をいただいていますが、下水汚泥肥料を使った農産物が特別栽培農産物の認証を取得した国内初のケースとなりました。

下水汚泥肥料を使用した作物で、初めて特別栽培農産物の認定を受けた峯さんの農場の米「ゆめぴりか」。

下水汚泥の農業利用によって下水道運営の在り方は変わりましたか。

斎藤:もともと産業廃棄物処理費で3000万円ほどかかっていたのですが、下水汚泥を肥料として100%農地に還元することでその支出がなくなりました。肥料を撒く費用はかかりますが、それでもコストは半分以下です。当初は農地に撒きやすいように下水汚泥肥料のペレット化(※)も検討していましたが、撒くところまで市がサポートすることでペレットの製造施設等を持つ必要もなくなり、身軽な経営になっています。
 ※粒状にすること。

下水汚泥肥料のさらなる普及のためには、どんな取組が必要でしょうか。

斎藤:現在、下水汚泥肥料は300haをカバーする量がありますが、岩見沢市全体の耕地面積は1万9800haあるので、まだまだマイノリティです。普及にあたっては、次の2つの点に留意することが大切だと考えています。
 ひとつは、市民にとってなるべく安い料金で良好な下水道機能を提供し続けること。もし、下水汚泥を肥料化するコストのせいで下水道料金が上がったりしたら、市民の理解を得るのは難しいです。もうひとつは、農家の皆さんとの協力体制です。現在、加工の手間やコストをあまりかけずに下水汚泥を肥料として流通できているのは、散布を手伝ってくださる峯さんのような農家の方たちとの連携があるからこそです。そこを強化しながら、今後も協力し合っていける関係性を築いていけたらと考えています。

最後に、下水汚泥の農業利用を考えている自治体の方にアドバイスをお願いします。

斎藤:それぞれの自治体の下水道処理担当者にお伝えしたいのは、「お客さんに合わせた商品を作っていくべきである」ということです。岩見沢市の場合はたまたま近くに撒いてくださる方がいるので、脱水ケーキのまま提供できていますが、撒いてくれる人がいないとなると、ペレットにして袋詰めしたほうが利用しやすかったりもします。エンドユーザーの撒き方・使い方を意識して施設自体を整備するのが良いのかな、と。そのように、それぞれの地域の特性に応じた施策を考えていく必要があると思います。

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