トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.4

公共インフラは、財政圧迫要因か? 新たな社会資産か?

高度成長期に大量に建設された道路、橋梁、トンネル、ダム、堤防、上下水道などのインフラの更新期が迫っている。今後、老朽インフラの維持管理更新費は増加すると見込まれており、現状の予算水準では、新規投資が一切できなくなる将来も遠くない。他方、空港にはじまり、上下水道、高速道路とコンセッション方式による民営化が拡大している。今後、必要な維持管理費をまかないつつ、必要な投資を行っていくためには、どうしたらよいか。受益者負担、有料化、民営化、インフラ集約化など、今後の方策を識者に聞く。

Angle A

後編

インフラ維持のカギは赤ちゃんが握る

公開日:2019/2/12

立命館アジア太平洋大学(APU)

学長

出口 治明

人口増と財政再建、そして経済成長が実現しなければ公共インフラは維持し切れない。立命館アジア太平洋大学(APU、大分県別府市)学長の出口治明氏の結論は単純明快だ。そうした中、公共インフラを“社会資産”としていくヒントを聞いた。

地方都市から生まれたAPUの最近の成長ぶりが注目されています。どんな大学ですか。

 「大分県の平松守彦前知事は、地域の名産品をつくる『一村一品運動』で有名ですね。その延長線上で『どこにもない大学』を作ろうとしてAPUを誘致したのです。APUの土地と建物の費用200億円は、大分県と地元の別府市からの寄付です。200億円の投資に対して、大学の経済効果は1年間で200億円だという県の試算があります。地元から学生が集まるだけなら、こんな効果は生まない。6000人の学生のうち半分は外国人。残りの日本人学生も、3分の2が東京や大阪から来ています。一回生は全員が寮生活です。たとえば父母が遠方から入学式に来てホテルに泊まり、観光をしていく。それだけで地元が潤うのです」

交通の便利な立地ではないですね。

 「山の上ですよ。十分な土地が確保できなかったそうです。不便だという気持ちは学生も職員も、全員にあります。就職活動も大変です。でもAPUに興味を持ってもらえれば、企業の求人は自然と集まります」
 「校舎や寮という“ハコ”は作ってしまったら、どうしようもない。それを逆手にとって『不便だからどうしようか』と考えて初めて知恵が集まります。孤立していることにはメリットもあって、勉強に集中できるんですよ」

外国人の学生の中には、東京に代表される“豊かで便利な日本”にあこがれて入学した人も多いのではないでしょうか。

 「アジアの新興国から集まる学生は、それぞれの国のトップレベルの秀才です。自分の国には優秀な大学がないので留学を考える。しかし米国は学費も生活費も高いので、あきらめる。そこで日本に目が向きます。有名大学が数多くある中で、なぜAPUが選ばれるかといえば、複数の国際認証を得ているからです。いわばミシュランの三つ星ですね。彼らは裕福な家庭の子女で、勉強がしたい。夢も大きくて、基本的には国に戻って仕事を継ぐとか、外交官になるという目標がある。遊びたいという発想はないと思います」
 「僕は三重県の山村に生まれて、18歳で京都に出て10年間住みました。だから京都が大好きです。APUの学生も同じ。親元を離れて日本に来たら日本を好きになります。多感な時期に過ごす場所の持つ意味は大きいんです。日本人でも中学や高校で旅行に行ったり、ショートステイした国をまず留学先として考えます。APUの卒業生は帰国後、自分の国で大分県人会があると聞きつけると、呼ばれなくても来ます。大分が好きで、別府が大好き。安全保障政策から考えても、外国人学生は宝物です」

【面白い場所をつくりだす】

APUの学食では「ムスリムフレンドリー認証」の食事を提供(立命館アジア太平洋大学[APU]提供)

出口さんは東京のサテライトオフィスと大学との間を行き来しているわけですね。それを伺うと、必ずしもコンパクトシティが日本の将来像ではないような気もします。

 「コンパクトシティ化とは、地方の若者が東京に来て住み着くことです。APUは逆に東京から人を集めています。それが可能なのは、どこにもない『面白い場所』を作ったからです。しかも東京や大阪から来るのは、個性の際立った面白い学生です。面白いものを作れば人は集まります。僕は別府の小さい山の上に『若者の国連』があるんだと説明しています。そんな場所は、日本中のどこにもない。経済効果も含めて、APUは地域おこしのモデルだといわれています」

過疎化に悩む他の地域でも、そうした政策が取れますか。

 「可能性はいくらでもあるでしょう。でも、APUのようなことをしようと思えば非常にコストがかかります。外国人が半分いるということは、講義も日本語と英語で話さなければなりません。場合によっては教員が2人必要になります。講義だけではありません。日本語のできない学生が寮生活をしているわけです。温暖な国からの留学生は冬に風邪をひく。病院に連れて行くのも先輩や職員の仕事。だからAPUの職員の87%は英語が達者です。そうでないと学生をケアできません。大学の食堂も、イスラム教徒向けに『ムスリムフレンドリー認証』を取ったメニューも用意します。どれも凄くコストがかかります」

バイリンガルの教職員を集めるのは大変でしたでしょう。

 「開学時に、母体である立命館と県がタッグを組んで全国から公募したそうです。大学の個性に惹かれた人が集まったんだと思います。今も人材募集は重要です。僕も公募で学長に選ばれました」

新幹線とか空港を作るだけでは人は集まらない?

 「それだけだと、逆に地方は東京に人材を吸い取られます。新幹線のストロー効果ですね。九州では、よく福岡だけが人口が増えていて、他県から人が集まるといわれていますがそれはウソです」
 「ていねいに統計を見ると、福岡の人口増は外国人効果です。日本人だけを見ると福岡もマイナスなんです。新幹線が伸びると九州の人は福岡に集まる。その福岡ですら東京に人材を吸われてしまう。地方に個性がなければ、ストローの吸引力は東京の方が圧倒的に強い。新幹線で便利になって人口が増えた地方はありません」

インフラを待望する地域社会には耳が痛い言葉です。

 「おいしい話はどこにもありません。少子化を止めないとコンパクトシティ化が進むのは当たり前だし、プライマリーバランスが黒字にならなかったら新しい公共投資ができないのは当然。そういう当たり前なことを直視して、私たちみんながそこに向き合うようにしないと、行政だけでできることは、それほどないかもしれません。無理なものは無理なんです」
 「日本全体が発想を変えないといけません。メシ・フロ・ネルの長時間労働から開放して、人に会い、本を読み、どんどん旅をしましょう。さもないと成長のアイデアなんて出てきません。『人・本・旅』が現代の日本人に最も不足していることだと思います」(了)

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