トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.39

デジタルは日本の救世主足り得るか?

コロナ禍以降、日本でも急速に進み始めたデジタル化。今やキャッシュレスオンリーの店舗もあり、テレワークが基本の企業も続々と増えています。こうした流れを受け、国土づくりの指針となる新たな国土形成計画の検討を進めており、今年7月に公表した中間とりまとめでは、東京一極集中の是正や地方から全国へのボトムアップの成長に向け、「デジタルの徹底活用」を挙げています。とはいえ、具体的にどう活用すれば良いのか、悩んでいる人も少なくないはず。そこで、一足早くさまざまな課題にデジタルを用いて取り組んでいる方たちにお話をうかがいました。

Angle A

後編

都市集中型の未来への対抗軸としての「疎空間」のあるべき姿とは

公開日:2022/11/11

慶應義塾大学 環境情報学部教授/Zホールディングスシニアストラテジスト

安宅 和人

国土形成計画の中間とりまとめでは東京一極集中の是正、巨大災害リスクへの対応などが課題として挙げられています。安宅さんは2017年に「都市集中型の未来に対するオルタナティブ」の創造を目指す「風の谷を創る」プロジェクトを立ち上げ、都市集中型社会に対するオルタナティブ構築に向けた検討に取り組んでいます。価値ある未来を作り出していくために必要な考え方についてお話を伺いました。

国土形成計画の中間とりまとめでは東京一極集中が課題に上がっていますが、それについてどのように考えられていますか。

 東京に限らず、全世界的に都市への人口集中が止まらない状況にあります。これは地球の未来を考えれば、至極真っ当なことだと考えます。というのも、現在のところ、人間にとって持続可能な姿というのは都市しかないからです。都市だけが圧倒的に効率が良く、都市だけがエコノミクスが回っている。そして都市だけが1人あたりの環境負荷が低い。都市以外のエコノミクスというのは実はマイナスであり、疎な空間というのは都市の剰余金を回すことによって成立しているからです。

人口が分散すると効率が悪くなってしまう、と。

 はい。土木インフラの場合、例えば、新設で道路を引く場合、国道は1キロあたり20億~70億円、県道でその半分、市道でさらにその半分くらいというまとまった費用が発生します。橋梁やトンネルは当然更にぐっとかかります。
 住民が1人しかいないような疎な地域に1キロの道路を引くと、仮に5億円でできたとしても人口1人当たりのコストが5億円になるわけです。これが500世帯の地域だったら、1人当たり100万円になり、20年で均すと5万円になる。上の疎空間の場合は年2500万円。疎空間の生み出す富、税金で賄うことは当然出来ませんから都市からの資本注入が必要になります。
 移動コストにしても、都市部であれば10分歩けばコンビニがありますが、人口密度50人以下の疎空間の場合、ちょっとしたモノを入手するために片道数キロ、10キロのクルマでの移動が必要なことは珍しくありません。リッター10キロ走るとしても、疎空間に人が1人いることの環境負荷は驚くほどのものです。時間コストも馬鹿にならない。時間あたりで生み出せる富が小さくなるのは半ば当然です。
 このように疎空間に人が住むのは環境負荷が高いだけでなく、経済的にも、時間的にも極めて効率が悪い。東京に限らず各道府県の都市部においても密度を上げたほうが実は社会は明るいのです。

エコノミクス的に疎空間の活性化は難しいわけですね。

 はい、これまでのやり方をそのまま続ければそういうことになります。
 突き詰めて考えてみると、結局、疎空間に都市同様のインフラを引いてしまっていることがこのままエコノミクスの維持が困難な主要因の一つです。インフラの基礎スペックの見直しは非常に重要です。現在のままの仕様であれば、道路もそうですが、鉄道にしてもそもそも都市をセットにしない限り採算が合うはずがありません。
 本当に疎空間を見捨てなくなければ、できる限り現実の利用レベルに即した仕様にすることです。たとえば、道の場合、都市ほどの交通量や大型車両を想定する必要がありません。道へのダメージは車重の4乗に比例しますのでかなりのスペックダウンが可能です。いまも相当の町債を組んでいる疎空間の自治体は多いですが、維持費を払うのは次の世代です。無理して背伸びせず、維持コストを下げ、ローカルでメンテナンスできるものにすることが大切です。
 エネルギー網の場合、仮に都市が疎空間のグリッド(配送電網)の費用を今後も持ち続けてくれるとしても、大規模災害時の復旧の困難を考えれば、できる限りオフグリッド、ノーグリッドな方法を見出すことが望ましい。
 上水下水も同様です。日本は先進国で一番、水の豊かな国の一つですが、1立法メートルあたりの値段は半分以上の水を輸入しているシンガポールよりも高い。取水費用も浄水費用もさしてかからないのになぜか。コスト構造を分析すると、配水すなわち水道グリッドの構築・維持費用が大きいからだと分かります。都市部は当然人口密度が高いため効率が良い。つまり疎空間や準疎空間における管の過剰さが原因だということです。

一方で、安宅さんは疎空間の価値向上(「風の谷を創る」プロジェクト)にも取り組んでいらっしゃいます。そこにはどのような狙いがあるのでしょうか。

 以上の多くの人が認識されていない話は、すべてこの「風の谷を創る」検討のなかでの分析から見えてきたものです。
 都市への人口集中は止まりそうにない、でも、それだけでは疎空間は捨ててしまうことになる、それではあまりにも残念である、というのが僕らがこの取組を始めたきっかけです。
これまでの調べから見えていることを総合すると、先ほどお話したとおり、疎空間は今のところ経済的に回らず、我々のような都市住民、とくにクリエイティブ・クラス(科学・工学・金融などの知的労働者層)にとっては相当に住むことが困難な空間です。
 このように解くべき課題を明確化し、それを何とかして相当にしぶとく200年ぐらいの時間をかけて未来を変えていこうとしているわけです。このプロジェクトが軌道に乗るまでは、人類がサバイブし続けるためには、これまで通り「都市への集中」を進めるしかないというのが僕の見解です。

国土形成計画の中間とりまとめでは巨大災害リスクへの対応も課題に挙がっています。

 2021年の5月まで内閣府のデジタル・防災技術ワーキンググループ未来構想チームの座長をしていました。温暖化の影響もあり、災害はかなり激甚化していくと予想されています。
 暴風雨については瞬間風速90メートルレベルが2100年までにやってくるというのが環境省の予想です。流体の持つエネルギーは流れの3乗に比例するので、風速30メートルが90メートルになると27倍のインパクトになる。これは想像を絶するレベルです。大半の家はひとたまりもない上、現在のままの発想で電柱を立て、暴風対策をしないでいたら、「すべてのインフラがダウンする」ということも起こり得ます。台風も同様です。この暴風雨に伴い、荒川の中流域や高潮による海岸付近の決壊が起これば、250万人が暮らす江東5区などは多くの建物が破壊される上、相当部分が水没する可能性もあります。満潮時水面マイナス3メートルのところに建っている家も少なくないので危ないです。
 国土の約1/4が海水面以下の標高にあるオランダでは、幅80メートルぐらい、長さ40キロ程度の巨大な堤防を二重に築いていますが、日本でもこういうところにしっかり予算をかけて確実な治水を行うことも検討が必要かもしれません。

火山の噴火も脅威であると言われています。

 中央防災会議(内閣府)が相当丁寧にシミュレーションしていますが(令和2年4月7日公表)、富士山が噴火した場合、首都圏は3時間で大半のインフラ停止状態になる恐れがあると考えられています。火山灰により電気が止まり、電車、水道、通信が止まる。道路も大半が役に立たなくなる。つまり都市の血流を担う大半のインフラが一気に機能しなくなる事態が予測されています。想像したくないが直視すべき結果です。

課題が山積しているといった感じですね……。

 考えようによってはそのとおりですし、考えようによっては伸びしろの塊ということも出来ます。特に人口や経済が集中する都市部の改変は大きな未来づくりのプロジェクトになると考えます。
 一方、疎空間の場合は、富士山噴火のような激しい災害が起これば、復旧は後回しになるどころか、見捨てられてしまう可能性すらあります。疎空間が持続可能になるために必要なのは、disaster-readyな(災害に備えた)状態にし、さらにその土地の景観価値を上げ、そこでエコノミクスを回し、文化創造が可能な空間にしていくことというのが我々「風の谷を創る」検討チームの見解です。
 今後の災害の激甚化は恐らく避けられない。そのときに疎空間が生活を維持するためには、壊れにくいか壊れても早期に復旧できる構造になっていないといけない。しかし、現状では都市同様のインフラを引いてしまっているので、復旧にも膨大なコストがかかります。「風の谷を創る」プロジェクトでは、縄文時代まで遡って古代遺跡の延長にある居住空間の可能性についても検討しています。

しかるべき対策をしなければ疎空間は崩壊してしまうかもしれないと。

 はい。たとえば、送電線はコスト的にも本来、災害対応の面からもU字溝に格納するべきですが、美しい自然の中に唐突に鉄塔が建っていたりします。
 文化創造という視点で何か工夫しているかというと、必ずしもそうではなく、スポーツイベントなどでお茶を濁しているようなことも多い。文化創造を可能にするには、面白い事を考え、新しいことを始める若者達や、クリエイティブ・クラスの人たちがそこで滞在したり、住んで、仕事ができるようにしなければなりませんが、実際には宿がほとんどなく、仮にあってもビデオ会議が可能なレベルの安定したWi-FiはおろかLANすら通っていないのが普通です。
 ポジティブな見方をするならば、やるべきことに手をつけていないだけなので、一気に改善できる可能性があるとも言えます。

こうした時代に、国としてはどのような舵取りをしていくべきであると考えられますか。

 国に限らず、経営は正しい方向設定とリソース配分が要です。これまで日本で行われてきた多くの立案は近未来にフォーカスした視野狭窄に陥っている上、プランを現実にするだけの現実的なリソース配分が伴っていない。
 繰り返しになりますが、当面、災害やパンデミックは増えることがあっても減ることは考えにくいでしょう。また日本だけでなく、世界的に見て、中国やインドも含め世界は人口調整局面にあり、当面人口増を想定することは現実的ではない。この前提の上で、100年後、200年後にむけどのような空間を残していくべきなのかを考え、現実的にそれを実現する方向性を見定めることが第一です。まちや都市は数百年から1000年のライフサイクルがあるのにも関わらず、今の舵取りと議論は時間軸が短すぎます。
 人口の大半が集中するまち商業的な空間はいざというときに対するレジリエンスを高めつつも、コンパクトシティも含め、更なる高密度化、高効率化を進める必要があるでしょう。疎空間においては、先程申し上げたとおり、そもそも都市スペックで空間を作ることをやめ、目先は無理でも長期的に維持費が劇的に下がるようにインフラを作り直していく必要があるでしょう。
 電力会社や鉄道会社も含めた国全体の土木費用が年間約24兆円もの規模ですから、これをうまく使えばもっとワクワクする未来になるはずです。疎空間、都市空間ともに台風が来ようが暴風雨に見舞われようが持続可能な空間づくりをやってもらいたいですね。疎空間は土木を見直すだけでなく、ローカル電源だけで回るようにし、通信インフラも整えるべきです。

企業はどういった方向性で未来への戦略を立てれば良いでしょうか。

 企業規模にもよりますが、中小企業はこれから第三勢力との激しい戦いに晒される(前編参照)オールドエコノミーサイドの国内の大企業への依存体質からなるべく早く抜け出したほうが良いでしょう。加えて、新しい技術開発をする際には、「世界で勝負できるかどうか」という視点で実行する。そこを基準に戦っていれば、最終的には国内の需要も受け止められます。
 一方、大企業は仮想金利を3~5%に置いて経営するのが正しいと思います。現在、課題を抱えた多くの大企業が日本で生き残っている一因は、現状の金利がほぼゼロだからで、そのためにイノベーション圧力から免れていると私は見ています。少なくとも金利が2%以上あるという前提で経営すれば、「イノベーションに取り組まなければ明日はない」という結論になるはずです。本業から利益が出ているのであれば、それをすべてESG×デジタル(ESG:Environment/環境、Social/社会、Governance/ガバナンス)視点での事業刷新に投下する。そういったことに強い意志を持って取り組んでほしいですね。

最後に、私たち個人はどんなマインドでこれからの世界を生きていくべきか、考えをお聞かせください。

 国に頼らずサバイブできるようにしておくべきでしょう。最悪の場合、国の経済が破綻し、先の大戦直後のような混乱に陥る可能性も考えて準備しておいたほうが良いと考えます。具体的には、英語や中国語をある程度学び、イノベーションを仕掛けている産業や企業に身を置くようにする。データ×AI化の流れが変わることはないし、サステナビリティのトレンドもそう簡単に変わりません。
 1990年代初頭のような日本が世界のGDPの15%を占めていたような時代は当面やってこないので、グローバルに目を向けないとジリ貧になるだけです。幸い、日本は中国とアメリカという世界の二大経済大国が隣という絶好のロケーションです。これまでの経済、文化、インフラの蓄積も世界屈指です。そういった地の利や強みを活かせれば、未来を切り拓いていけるのではないでしょうか。

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