トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.6

激甚化する自然災害にいかに向き合うか。

2018年は7月豪雨災害や台風21号など、様々な大規模自然災害に見舞われた。気候変動の影響等により、今後も大規模な自然災害の発生が想定される。ネットメディアやSNSなどが急速に普及する現代社会においても、まだ住民一人一人に必要な災害情報が届いているとは言いがたいく、逃げ遅れが問題となった。課題解決に向け、官民一体となり、マスメディアもネットメディアも垣根を越えた取組が今、始動している。

Angle C

前編

メディアのフル活用で避難促す

公開日:2019/5/28

国土交通省 水管理・国土保全局

河川情報企画室長

島本 和仁

200人を超す死者を出した「平成30年7月豪雨」は、行政当局にとっても衝撃だった。国土交通省は2018年秋に『住民自らの行動に結びつく水害・土砂災害ハザード・リスク情報共有プロジェクト』を立ち上げ、各種のメディアと連携して地域住民の“逃げ遅れ”を防ぐ取り組みに着手した。災害を「わがこと」として受け止めてもらうために、できることは何か。同プロジェクトを担当した国土交通省水管理・国土保全局河川計画課河川情報企画室長の島本和仁氏に、具体的な行動計画を聞いた。

プロジェクトの概要を聞かせてください。

 「行政が何か政策を決めていく際には、学識者・有識者で構成する会議で議論し、そこで得られたご意見を報告書にまとめ、政策に反映するプロセスをとることが多いです。けれど今回の『住民自らの行動に結びつく水害・土砂災害ハザード・リスク情報共有プロジェクト』は“実行部隊”の方々と私たちが一緒になって、万一の災害時に、住民や自治体にうまく情報が伝わる仕組みをつくっていこうという形をとりました。これは行政としては、珍しい取り組みじゃないかなと自負しています」

実行部隊とは?

 「台風や集中豪雨などの災害が起きた時、行政は危険性などの情報を発信する側です。それを住民に伝える役割を果たしているのが、マスコミをはじめとするメディアの皆さんですね。行政は記者発表をするのが主体で『後はお願いします』というのが一般的なんです。しかし今回は、実際に情報を伝える立場の方々に集まっていただき、私たちとコミュニケーションをとりながら情報伝達の相乗効果を高める方法を話し合いました」
 「テレビ、ラジオ、新聞などマスメディアに加えて、緊急時に大きな役割を果たすようになってきたネットメディアの方々、具体的にはLINE、Twitter、Google、Yahoo!の方々と、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクという携帯電話大手の方々に集まっていただきました。それにお天気キャスターの団体の方ですね。“お天気キャスター”の方々は気象や災害の専門用語を、いかに分かりやすく伝えるかを日頃から考えているそうです。さらには自治体、地域の防災活動支援団体、公的な交通情報や地域防災情報を所管する機関などに声をかけて、2018年10月に最初の会合を開きました」

大かがりですね。それだけ危機感があったということでしょうか。

 「昨年の『平成30年7月豪雨』がショックだったんです。あの豪雨では、72時間降雨量で観測史上1位を記録した地点が123カ所。48時間降水量だと125カ所にのぼります。観測史上1位とか、7月として1位になった地点を日本地図に書き込むと、西日本の広い範囲や北海道が“真っ黒”になってしまう。それだけの豪雨でした」
 「河川の氾濫では、岡山県倉敷市の真備町の例が特徴的でした。高梁川水系の小田川で、市がもともと出していた洪水ハザードマップ(国土交通省ハザードマップポータルサイト)浸水想定区域(浸水ナビ:国土交通省地点別浸水シミュレーション検索システム)と、実際の氾濫で浸水した地域は、ほぼ一致していました。残念ながらこの中で高齢者を中心に51名の方が亡くなりました」
 「災害が起きると、よく“未曾有の・・・”という言葉が使われます。でも、あの豪雨の時には、前もって危険性が指摘されているエリアで、ほぼその通りの浸水が起きました。記録を見ると、河川管理者は川の水位が上がって危険になっていく中で、氾濫警戒情報や氾濫危険情報などを逐次、発信しています。気象庁も大雨注意報を大雨警報に引き上げていますし、大雨特別警報も出していますし、倉敷市も避難勧告や避難指示(緊急)など順次、発令しています。時間が経過するにつれ、その地域が危なくなってきていますという情報をリアルタイムで流していたんですが、結果としては亡くなった方が多数いらっしゃったことが残念です」

【“波状攻撃”的な情報発信を】

6つのプロジェクトからなる33の連携策(国土交通省提供)

危険情報が避難につながらなかったから被害が拡大したのですね。

 「真備町だけでなく、土砂災害でも同じ傾向があります。『土砂災害警戒区域』の指定など土砂災害の恐れのある箇所をお知らせしていますが、土砂災害で亡くなった方の約9割は、そういう“危ない場所”で被害にあっています」
 「NHKの調査ですが、避難所に行った人の“きっかけ”は周辺環境の悪化、消防や警察、近所の人の呼びかけが上位でした。つまり、人々が避難の“きっかけ”として意識しているのは、自分の目で見たり、人から聞いたりすることがほとんどなんです。自治体の避難情報や、国の河川・土砂災害の情報を避難の“きっかけ”にしたと回答した人は、非常に限られていました。私たちは情報を出すことに一生懸命でしたが、伝えることが弱かったのではないか、人々を動かすまでの情報の伝え方になっていないという課題が浮かび上がってきました」

プロジェクトでは、どんな議論がありましたか。

 「関係者が一様に『平成30年7月豪雨』で感じたのは、一斉に伝えるブロードキャスト型の情報を聞いても、住民は『大変なところがあるんだな』と他人事のように感じてしまうということです。そこで、どうやって個々の人に伝えるかということについてキーワードを2つ作りました。ひとつは個人カスタマイズ化。他人ではなく『あなたにとっての情報だ』というふうに変えていかなければいけません。もうひとつはローカル化。他の地域の人が聞いても分からないような地名や川の名前が出てくると『あっ、これは私のことだ』とピンとくるだろうなと考えました」
 「会議の結論として、従来のものに加えて今あるメディアをフル動員して情報を伝えていかなければいけないということを確認しました。全部で33の施策を決めたのですが、いわば“波状攻撃”的に情報を出して、住民の方の避難を促すわけです。国として情報を流すだけではなく、伝わるまでメディアや関係者の方と連携して、セットで考えていかなければいけないという問題意識です」

※後編は5月31日(金)公開予定

しまもと・かずひと 1970年福井県生まれ。95年建設省入省。近畿地方整備局 足羽川ダム工事事務所長、水管理・国土保全局治水課 企画専門官、四国地方整備局 徳島河川国道事務所長などを経て、2018年7月より現職。パソコン黎明期の1980年代前半の小学生のころから、8ビットパソコンに親しむなど、IT・メディア機器に熱中してきた“デジ物好き”。現在の河川情報管理におけるネットワーク業務に素養が生かされている。現在の業務をひと言で表すと「河川情報の発信者」。水害情報を“発信”から国民に“届ける”までの官民メディア連携プロジェクトの現場を仕切る。
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