トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.38

地図から読み解く時代の流れ

スマートフォンの普及などにより、地図の在り方が大きく変わりつつあります。目的地へのナビゲーションも一昔前は紙の地図帳頼りだったのに、今では目的地周辺のお店の情報までわかったり、バリアフリーのルートを探せたり。人流、気象など、さまざまな情報と掛け合わせられるサービスもあれば、アートとして地図を捉えてまったくの架空の街の地図を描くなど、地図の活用方法も楽しみ方もどんどん拡がっています。ここで紹介する地図に関わる方たちの話から、あなたも新しいビジネスのヒントが見つかるかもしれません。

Angle A

後編

地図から都市の姿を読み解く術を養う

公開日:2022/9/30

空想地図作家、株式会社地理人研究所代表 

今和泉 隆行

空想地図作家として知られる今和泉隆行さんは、現実の地図に関する仕事も幅広く手掛けています。中でも、近年注目されているのが「地図感覚」。今和泉さんによる造語で、地図の情報から、その場所の風景や歴史、特徴を読み解くことをいうのだそう。「地図感覚」を身に付けることの面白さやメリットについて話をうかがいました。

地図感覚はどのように養われたのですか。

 幼い頃から暮らしてきた多摩地域は、農村から高度経済成長期の都市化、多摩ニュータウンの出現と、時代の変化に応じて土地の造成が進んでいったところです。そのため、1970年代、80年代、90年代、2000年代と、つくられた年代ごとに建物や道路の雰囲気が異なります。自宅周辺の風景の変化と都市形成の経緯、それぞれの地図での描写が、小学校から高校生のときにセットで自分の中に入ってきました。現実の風景と地図の絵柄を一致させるようなこの経験から、地図感覚を得たのだと思います。

住居探しやビジネスの物件探しでも、地図感覚は役立ちそうです。

 地図を見ていると、そこがどんなエリアか想像できます。規則的なカーブや縦横に直交する道路模様であれば新しい街であることが多く、縦横に直交していても不規則で細い道路模様であれば古い街です。住居ならより広いエリアで俯瞰してみることも大事で、例えば、物件の前に幹線道路が通っていた場合、その道路がどの国道や高速道路とつながっているかがわかれば、深夜のトラックの通行量が多いかどうかも推測できます。地図を開けば、道路網が描かれていますから、道路網まで読み込むと楽しいと思います。
 店舗の物件探しの場合は、地図からというより、中心部からの距離感を探ってみると良いと思います。古くからの市街地の少し外側のエリアに、最近ならカフェや雑貨店、ゲストハウス、コワーキングオフィスといった新しくて面白いお店ができやすいです。東京であれば日本橋や大手町のちょっと外側にある、東日本橋や馬喰横山、浅草橋、秋葉原などです。問屋や専門店が多く、以前であれば、それぞれのプロしか行かなかった街です。この現象は東京だけでなく全国的に同様で、大阪では梅田のちょっと外側にある中崎町、心斎橋の少し西側の谷町6丁目などになります。

市街地の少し外れに面白い店が誕生しやすいのはなぜですか。

 中心地は、チェーン店がどんどん出店したり、古いビルはどんどん建て替えられたりしてしまうので、賃料が高くなりがちです。でも、その外側のエリアには古い雑居ビルが立て替えられずにあり、賃料も中心部に比べれば高くありません。新たな業態は事業が軌道に乗るかわからないので、賃料の安いエリアに集まってくるわけです。
 こういった都市の成り立ちの法則に気づくと、自分の好きな店が集まりやすい立地を簡単につかめて、初めて訪れた街でも見当をつけやすくなると思います。

その知識は、旅行の時に役立ちそうです。

 今でもどこかに行くときは、地図を見て目的地を探しています。ガイドブックだと、観光地や名所についての情報はありますが、地元の人が日常的に集まるような商業施設や商店街の情報は載っていません。地図にはそういった情報が必ず書いてあります。ただ、商業施設があることはわかっても、そこが賑わっているかどうかまではわからない。私はなるべく現状の、今の土地勘を得たいので、行って確かめるようにしています。
 ただ、私は大学時代に47都道府県、300都市を巡ったので、国内はだいたい土地勘を得てしまいました。最近は海外の地図を見て、その都市の様子を想像しています。太くて規則的な道路網があれば新しい市街地で、不規則で細い道が多ければ古くからの市街地なのは海外もおおむね一緒です。道路の太さや密度、模様で街の古さが分かります。

日本全国をまわられたとのことですが、特に好きな街はありますか。

 どこか特定の都市を偏愛していないので選ぶのは難しいですね。ただ、歴史に特徴があり、かつ地図としても読み甲斐がある都市で言えば、福岡県北九州市です。小倉という城下町、八幡という企業城下町、門司という港町があり、地図に描かれた施設などから、それぞれの街の時代の変化への対応が読み解けると思います。
 対岸の山口県下関市が同じ都市圏としてまとまっている点も面白いです。下関駅の改札を通った人の大半が毎日そのまま小倉に渡りますから、海峡を越えた日常がある。いろいろな成り立ちの街が、海をも越えて1つの都市圏になっている興味深い場所だと思います。

都市の歴史も地図からわかるとか。

 ここ200年くらいは見えてきます。それ以前は、ちょっと現代の地図を見るだけではわかりません。
 例えば、江戸時代の城下町は身分制度によって武家と町人とで住むエリアが分かれていました。東京の場合、元武家地である霞ヶ関や丸の内は官庁街、オフィス街に、元町人地である日本橋や銀座は商業地域になっています。他の都道府県もほぼ同様で、要するに城の近くが官庁街、オフィス街になりやすい。武士もいなければ町人もいない、城の中にも誰もいない現代でも、江戸時代の都市設計が反映され続けているわけです。

日本と海外の地図とで違いはあるのでしょうか。

 欧米や中国等、日本以外の多くの国は通りの名前が住所になるため、地図に通りの名前の記載が必要なのですが、それだけで地図がいっぱいいっぱいになってしまって沿道の情報は比較的少なくなります。日本の住所は違いますから、通りの名前を入れなくてもいい分、一方通行の表示や、沿道の店舗も記載する余裕がありました。
 日本では、DTP(Desktop Publishing:パソコン上で印刷物のデータを制作すること)の発展とともに複数の地図会社がしのぎを削り、地図デザインを質的に高めてきました。商業施設や公共施設といった建物の種別ごとの色の塗り分け、コンビニや大型商業施設のロゴを入れるのも日本特有です。

地図を読むのが苦手でも、地図感覚を身に付けられますか。

 地図感覚の身に付け方とか、地図の楽しみ方をなるべく地図に興味がない方に向けて届けるのが私の役目かなとは思っています。地図を読むのが苦手という方は、日常的に訪れている場所、行って面白かった街の地図の情報を読み解くことから目線を広げていってはどうでしょうか。地図は1種類じゃないですし、インターネットの地図サイトやアプリもいろいろあります。自分が見慣れた街の描かれ方も違いますから、いろいろな地図を探して見てみるというのが地図感覚を身に付けるファーストステップかなと思います。

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