トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.50-2

「2024年問題」を契機に、より魅力ある業界へ -建設業編-

2019年4月から、会社の規模や業種により順次適用が進められてきた「働き方改革関連法」。時間外労働の上限規制に5年間の猶予期間が設けられていた業種でも2024年4月1日に適用開始となり、誰もが安心して働き続けられるワークライフバランスがとれた社会の実現に、また一歩近づいたといえます。しかし、その一方で新たな課題として浮上してきたのが、いわゆる「2024年問題」です。国民生活や経済活動を支える物流業界、建設業界が、将来にわたってその役割を果たしていけるよう、企業や私たち消費者にはどのような取組、変化が求められているのでしょうか。

Angle C

前編

建設業の持続・発展には「担い手確保」が最大のテーマ

公開日:2024/7/16

国土交通省 不動産・建設経済局 建設業課

政策係長(※取材当時)

仕切 優聖

建設業は、社会資本整備や災害対応にとって不可欠な産業です。一方、これまで、キツい・汚い・危険といったネガティブな「3K」のイメージを社会から持たれることもありました。就業者にとってより魅力的な産業になるよう、国土交通省では建設業の「2024年問題」を契機に、さらに働きやすい環境の実現に力を入れています。建設業に関する幅広い業務を担い、なかでも働き方改革を主に担当している国土交通省の仕切優聖さんに話を聞きました。

建設業の社会的意義と現在の課題を教えてください。

 建設業の従事者は、道路や橋、公共施設など、広く社会資本の整備を担うとともに、災害時には最前線で活動します。今年の元旦には能登半島地震が起きましたが、その時も地元を中心とした建設業従事者の方々が真っ先に現場に駆けつけ、強い使命感をもって道路啓開(※)などのさまざまな復旧作業に携わりました。いわば「地域の守り手」として、地域社会の安全・安心の確保を担う重要な役割を果たしています。
 その一方で、建設業の就業者数は減少傾向にあり、令和5年には483万人と、平成9年のピーク時から約202万人減少しました。また、就業者のうち55歳以上が36.6%、29歳以下が11.6%と、他産業に比べて高齢化も進行しています。建設業が次世代に技術を受け継ぎ、持続可能な産業としてこれからも発展していくためには、担い手の確保が最大の課題になっています。
 ※道路啓開:大規模災害で救援ルートを確保するために必要な作業。緊急車両等の通行のため早急に瓦礫処理などを行って救援ルートを開ける。

それでは建設業の「2024年問題」とは、担い手不足のことでしょうか。

 建設業の2024年問題とは世間一般の言い方で、私たちから明確に定義している訳ではありませんが、直接には時間外労働の上限規制のことです。2019年に施行された働き方改革関連法により、ほとんどの業種の時間外労働に上限規制が掛かりました。建設業に関しては、業界の特性から5年間の猶予期間があり、2024年4月から適用されています。これに伴い、さまざまな影響が懸念されることが2024年問題とされています。

時間外労働が規制されると、社会的にどのような影響がありますか。

 建設業界では、5年間の猶予期間の間に、長時間労働の是正に向けた様々な努力がされてきました。また、規制の適用を見越して、これまでに契約が結ばれた工事では、規制を前提とした工期を設定する取組も進められてきました。このため、建物が建てられなくなるといった大きな混乱が生じている状況にはないと認識しています。
 私たちにとって、時間外労働規制の適用は、建設業界における働き方改革の取組を加速させるためのチャンス、といった認識です。仮に今後、建設業の就業者がさらに減少していくと、中長期的には社会資本の整備や災害対応など、建設業の使命を十分に果たせなくなる恐れがあります。高齢の就業者もいずれは引退しますので、将来にわたる担い手を確保するための環境づくりに、まさに今、取り組まなければなりません。

建設業の担い手が減少し、若年層が入ってこない理由はなんですか。

 建設業は他の産業と比較して、就労時間が長く、賃金が低いことが大きな理由だと考えています。令和4年度の建設業の年間実労働時間は2022時間です。これまでの働き方改革の取組によって他産業よりも減少度合いは大きいですが、今なお68時間ほど多く、依然として高水準です。また、労働者の賃金では、全産業の平均が年間494万円であるのに対し、建設業生産労働者は417万円と低く、こうした環境を改善しなければ、担い手の確保にはつながりません。時間外労働規制の適用を契機に、働き方改革を一層推進していくとともに、併せて処遇改善や生産性の向上に取り組んでいく必要があります。

出典:厚生労働省「毎月勤労統計調査」パートタイムを除く一般労働者

建設業の働き方改革に向けて、国土交通省では、これまでどのような取組を行ってきましたか。

 長時間労働の抑制に向けてもっとも重要なのは、適正な工期の設定です。適正な工期とは、就業者の時間外労働が上限を超えないことに加え、心身の休息のために週休2日(4週8休)を確保できるような日程です。しかし、建設業は受注産業という構造上、発注者の決めた工期を何としても守らなければならない、遅れそうな時は突貫工事を行ってでも間に合わせるという現場の実態が根強くあります。建築工事を例にすると、基礎工事、躯体工事、設備工事、内装工事と工種が順に進むため、前工程の作業が遅れると、後工程にどうしてもしわ寄せが来てしまい、設備工事や内装工事の作業員などが残業を強いられてしまいます。さらに、建設工事には、発注者、元請け、下請けと、さまざまな階層の関係者が関わるため、一事業者の自助努力だけでは限界があります。働き方改革に取り組むにはあらゆる関係者の協力が必要です。
 そこで令和元年には「新・担い手3法」として、「公共工事の品質確保の促進に関する法律」、「建設業法」、「公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律」の一体的改正を行い、そのなかで工期を適正化するための制度を導入しました。具体的には、中央建設業審議会が「工期に関する基準」を作成し、その実施を勧告できるようにしました。また、注文者(※)による著しく短い工期設定の禁止も法律上に位置付け、違反者に対して勧告、公表を行うことができる制度も導入しました。
 併せて、公共工事における週休2日工事の拡大にも取り組んできました。もちろん、建設業の働き方改革の旗振り役である国土交通省が率先して取り組み、国土交通省の直轄工事は週休2日が確保できる適正な工期で発注、現在ではほぼ100%の工事が週休2日で実施されています。また、地方公共団体発注工事についても、週休2日の確保を呼びかけてきました。
 そのほか、労働基準法を所管する厚生労働省と連携し、リーフレットや会議等を通して時間外労働規制の周知・要請活動を行っています。国民の皆さまにも動画やポスターによって大々的に周知・啓発を図っています。
 ※注文者とは、発注者(建設工事の最初の注文者)に限らず、下請契約において建設工事の注文を行う事業者も含む。

そうした取組の成果と今後の課題について教えてください。

 先ほど申し上げたとおり、この5年間で年間実労働時間は大きく減少しましたが、他産業の平均と比較して時間数自体はまだ上回っているため、引き続き課題認識をもって取り組んでいきます。
 週休2日の公共工事にしても、国土交通省の直轄工事はほぼ100%を達成していますが、地方公共団体はまだ道半ばです。また、民間発注者には、そもそも「工期に関する基準」がしっかり普及していないという声も関係者から聞いています。適正な工期をはじめとする働き方改革の意識を広く醸成していくことが今後さらに必要だと思っています。
 また、建設現場を管理する技術者は、書類作成業務も多いと聞いています。日中は現場を監督して、終わった後に工事関係の書類作成に追われるため、どうしても労働時間が長くなってしまうのです。国土交通省が発注する工事では、可能な限り書類の簡素化・電子化を進めていますが、関係各所にも周知徹底を図っていきます。会社内でも、技術者でなければ作成できない書類、そうではない書類に切り分け、業務の分担を行い、内部で処理できない場合はアウトソーシングするなど改善に取り組んでいただくことを期待しています。

それは生産性の向上につながる取組でもありますね。

 はい、生産性の向上は働き方改革と表裏一体をなすものとしてしっかりと取り組んでまいります。国土交通省では、建設現場の生産性を向上させる「i-Construction(※1)」を推進するほか、三次元モデルによるワークフローシステムとして注目のBIM/CIM(※2)の推進にも腰を据えて取り組んでいます。これに加えて、建設企業がICTツールの活用や業務の多角化といった先進的な戦略により、経営を効率化させることも有効と考えています。各社の優良事例はぜひ周知していきたいという思いから、「建設業における働き方改革推進のための事例集」も公表しました。「建設現場における生産性向上に向けた取組」、「経営効率化に向けた取組」、「長時間労働の是正に向けた取組」という3つの視点から、多くの企業の事例を紹介しています。個人的には、技術者が担当している業務をバックオフィスから支援する「建設ディレクター」の事例が興味深く感じました。ぜひ自社に導入可能な取組を見つけて参考にしていただければ幸いです。
 ※1 i-Construction:調査・測量から設計、施工、検査、維持管理・更新までの全ての建設生産プロセスでICT等を活用する取組。
 ※2 BIM(Building Information Modeling, Management)/CIM (Construction Information Modeling, Management):計画、調査、設計段階から3次元モデルを導入することにより、その後の施工、維持管理の各段階においても3次元モデルを連携・発展させて事業全体にわたる関係者間の情報共有を容易にし、一連の建設生産・管理システムの効率化・高度化を図る取組。

しきり・ゆうせい 2020年国土交通省入省。大臣官房危機管理・運輸安全政策審議官の下で運輸安全マネジメント制度に関する企画立案、窓口業務等に携わった後、2022年から不動産・建設経済局 建設業課に所属。建設業に関する政策の企画立案、調整業務、国会対応などを担当し、特に働き方改革に関しては、「働き方改革の実現に向けた効率的な建設工事の促進事業」やその他の予算執行業務を担当している。2023年4月から政策係長。富山県出身。
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