トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.35-1

ワーケーション&ブレジャーで発見!私のワークスタイル

働き方改革や新しい生活様式に対応した、柔軟な働き方として注目される「ワーケーション&ブレジャー」。新たな旅のスタイルとしても、地方創生の一助としても、普及への期待が高まっています。オフィスを離れ、旅先で働くことで得られるものとは。実践者たちの声を通して、働き方や旅との付き合い方のヒントを探ります。

Angle A

前編

異なる価値と出会う旅から始まる作品

公開日:2022/6/14

メディアアーティスト

市原 えつこ

旅先で仕事をしつつ、余暇も楽しむワーケーションは新たな旅のスタイルとして注目されています。メディアアーティストの市原えつこさんは、10代の頃から旅する時間を大切にし、自身の創作活動にもつなげています。旅が生み出す効用とアーティストとしての活動への広がりについてお聞きしました。

まず、メディアーティストとはどのような職業か、またご自身のスタイルを教えていただけますか。

 メディアアーティストは、簡単に言うと人工知能やブロックチェーンなど最新のテクノロジーを積極的に表現媒体に取り入れて作品を制作するタイプのアーティストです。また、テクノロジーは私たちを取り巻く環境を急速に著しく変化させます。メディアアーティストは、そうしたテクノロジーによる社会の変化を、意識的にテーマとして扱います。 私は、「デジタルシャーマニズム」というテーマで作品を制作しています。日本に古来からある信仰や宗教が、テクノロジーと融合することで何が起きるか、ということに興味を持って活動しています。

具体的には、どのような活動をしているのですか。

 私の場合、作品をつくって発表していますが、作品を販売することが活動の中心ではありません。アーティストとしての創作活動を軸に、さまざまな組織の方々と協業する仕事が多いです。作品のもつテーマやその解釈が、ある種のブランディング力や広報力を発揮することがあり、企業や行政の方々からさまざまなお仕事をいただいています。例えば2025年大阪・関西万博では、日本館の基本構想を策定する9名のクリエイターのひとりに選んでいただきました。

企業や行政との協業では、どのような役割を求められているのですか?

 新しい風を吹き込んだり、新たな発想を持ち込んだりすることだと思っています。今は社会の変化が急速に進んでいて、これまでの常識や概念だけでは立ち行かないことが多々あります。そこにアーティストたちの発想を取り入れて、今後の新しいビジョンを作っていきたいという要望があると感じています。コロナ禍になって、以前よりも、さらにその要望が増している気がしています。

そうした企業や行政とのお仕事で地方に行かれる機会が多い市原さんですが、もともと旅や移動がお好きだったんですか?

 私の父が転勤族で、高校までは西日本を中心に愛知や広島などを転々としてきました。母も旅行が好きだったので、いろいろな所に連れていってもらった記憶があります。高校生の頃は広島にいたのですが、定期的に東京に通い、あるアートディレクターの下で修行をしていました。移動手段は夜行バスでした。バスに長時間揺られていると、何か走馬灯のように人生の思い出が甦ってきたり、普段は考えないことをふと思ったりすることに気づきました。移動中に自分のことを掘り下げられたのだと思います。ハイパーメディアクリエイターの高城剛さんが「アイデアは移動距離に比例する」とおっしゃっていましたが、まさにその通りですね。

市原さんは、移動のどのような点が、アイデアを生み出すうえで効果的だとお考えですか。

 日常の場所にいると普段のやるべきことに取り込まれてしまいますが、移動中は目的地に着くまで待つしかない「手持ちぶさたな状況」になります。そして、移動中は何者でもなくなる。その特殊な状態ではないでしょうか。実は私、コロナ禍で飛行機に乗れなくなって、日常生活の中にぽっかりと空いた移動時間で何かを考えることがなくなり、それがとてもしんどいことに気づいたんです。だから、わざわざ自宅でフライト中の状態を再現しました。機内食を自分で作って、機内搭乗ビデオをYouTubeで探し、スマホを機内モードにし、タブレットに飛行機の窓からの景色を映す―そうすると、不思議と心が満たされました。そんな擬似体験を作り出すぐらい、自分は飛行機での移動中の感覚に飢えていたのでしょうね。その様子をSNSに投稿したら、ものすごく多くの人から共感いただき、テレビでも取り上げられました。きっと移動中の感覚に惹かれている人が多くいるのだと思います。

自宅でフライト中の状態を再現した様子。右側のディスプレイに機内搭乗ビデオを流し、左側のタブレットを飛行機の窓に見立てて景色を映しながら、機内食を楽しんだ(ご本人提供)

アーティストとして活動を続けるなかでも、旅は市原さんに作品や活動のインスピレーションを与えていますか?

 例えば喘ぐ大根という作品は、愛知県の故郷を訪れた際に立ち寄った桃太郎神社や、熱海の秘宝館での衝撃がきっかけです。アーティストは自らの世界観だけで作品を作っているように見えるかもしれませんが、私の場合はただ生活しているだけでは何も生まれないタイプです。意識的に日常のルーティンから抜け出して、新しい概念や体験、知らないことに出会った時に作りたいものが出てきます。
 「都市のナマハゲ」という作品も、日本のさまざまな奇祭を撮影するシャルル・フレジェというフランスの写真家の展覧会で見た1枚の写真が始まりでした。彼が撮影したナマハゲの写真を見て、「なんだこれは!」と衝撃を受けたのです。年の終わりに、おそろしいナマハゲが民家を訪れて、子どもたちを脅かしている風習自体は知ってはいたのですが、その新たな魅力を発見した瞬間でした。

そこからどのように作品につながったのでしょう。やはり現地に行かれたのですか?

 ISIDイノラボという、IT企業のオープンイノベーションラボの方にナマハゲをテーマにした作品を制作したいと提案し、タイミングよく、協力を得られることが決まりました。プロジェクトのメンバーと秋田県男鹿市の市役所を訪ねてみると、「ナマハゲはただ子どもを脅かすだけでなく、集落の治安維持にも一役買っていて、コミュニティの機能を維持するために大切な存在なんだ」と説明してくれました。男鹿市の「なまはげ館」では、民家の空間で押し入ってくるナマハゲの体験ができます。めちゃくちゃ怖くて、これは本当にトラウマになると理解できました。そして、日本海に面した男鹿は気候が厳しく、冬はとても寒い。そんな過酷な環境で人々が道徳心を保ちながら生きていくために、こういった風習が生まれたのだろうと肌感覚で理解できました。現場の空気感、人々の表情などもそうですが、本当に現地に行かなければ分からないことばかりでした。

移動して得た現地の体験が、創造性を膨らますということでしょうか?

 そうですね、フィールドワークは重要視しています。『アイデアのつくり方』という本に、自分が関心のある事柄の大元の一次情報をできる限り取り入れて、それを煮詰めるプロセスを経ないと、本当に面白いアイデアは生まれないと書いてありました。実際、気合を入れて、フィールドワークをしたり、専門家に話を聞きに行ったりすると、作品づくりが一気にスピードアップします。現地に行き、人に会って得られる情報はすごく多いです。
現地に行って、「なんだろう、これは?」と疑問が生まれることも大切です。疑問のストックがある状態から調べると、頭への入り方が全然違います。疑問を持つことで、逆にアンテナが立つ。固まった思考にヒビが入り、そこから情報が入り込んでいく。そんなイメージですね。現地で自分の概念にはないものに出会い、疑問が湧いてくるからこそ、自分独自のものが生まれるのだと思います。

いちはら・えつこ メディアアーティスト、1988年、愛知県出身。早稲田大学文化構想学部表象メディア論系卒業。日本的な文化・習慣・信仰を独自の観点で読み解き、テクノロジーを用いて新しい切り口を示す作品を制作する。主な作品に、大根が艶かしく喘ぐデバイス《セクハラ・インターフェース》、虚構の美女と触れ合えるシステム《妄想と現実を代替するシステムSRxSI》、家庭用ロボットに死者の痕跡を宿らせ49日間共生できる《デジタルシャーマン・プロジェクト》等がある。2025年大阪・関西万博日本館の基本構想策定クリエイター。
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