トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.43

心の、社会の「バリア」なんてぶち壊せ!

障害のある人もない人も、互いに支え合い、地域で生き生きと明るく豊かに暮らしていける社会を目指す「ノーマライゼーション」。例えば、車いす使用者用トイレやホームドア等の設備を整えることも、そのための方法のひとつです。しかし、ハード面でのバリアフリーは進んでも、人と人、いわばソフト面でのバリアフリーはどうでしょう。海外の共生社会を経験してきたパラリンピアン、障害者の立場から社会の在り方を考える研究者、いち早く障害者雇用に取り組んできた企業の方々に、日本のノーマライゼーションの実態や課題について話をうかがいました。

Angle B

後編

ともに支えあうために、企業ができること

公開日:2023/3/30

株式会社スワン

代表取締役社長

江浦 聖治

障害のある人は「できる仕事」が限られる。したがって「成長」することもない。そんな先入観はスワン社長の口から語られる同社の社員の働き方によって打ち砕かれました。手厚くバックアップする体制を整える一方で、どんなことにもまずチャレンジ。そんな同社の取り組みは、ノーマライゼーション社会を実現するヒントに満ちています。
 ※株式会社スワンでは「障がい者」の表記を使用していますが、本インタビューでは『Grasp』の表記(法律に合わせた表記)に合わせて「障害者」と表記しています。

これまで障害のある方を雇用されてきて、どんな課題がありましたか。

 それは実にさまざまです。体調が悪化したり、家族の状況が変化して従来のように通勤できなくなったり、年を取るにつれて物事を覚えるのが難しくなったり。健常の方でも同じような悩みを抱えることはありますが、障害のある方にはそのつど手厚い支援が必要です。ことに「変化」には、事態が深刻化しないように、いち早く気付くことが大切です。

変化に気付くために、どのような取り組みをされているのでしょう。

 当社は障害者以外の社員のうち、約半数の27人が生活相談員(※)の資格を取得しており、そのような社員が直営店では1店舗に5〜6名勤務しています。
 また、毎月1回は各店の代表者が本社に集まって、障害のある社員全員の現状を報告するとともに、課題を洗い出すようにしています。同じような悩みを持つ店舗も多いので、情報を共有することにより他からアドバイスを受けたり、逆に「うちの店ではこんな風に対応した」とヒントを与えたりしています。自分たちで解決が困難な場合はすぐにスワンの本社に相談・報告し、本社ではご家族や、障害のある社員が入所しているグループホームの施設長、地域の就労支援センターなどと密に連携し、すぐに解決できるよう迅速に動いています。
 ※介護福祉施設と、利用者やその家族との間の調整や相談業務などを行う職種。ソーシャルワーカーとも呼ぶ。

「自分たちで解決が困難」というのは、たとえばどういうケースですか。

 最近では親御さんが認知症になり、介護が必要なケースが増えてきました。特に障害のある社員と2人暮らしの場合は、これまでの生活を維持すること自体が難しいので、地域の支援事業所と協力して親御さんの入居施設を手配したり、1人になってしまう社員が安心して過ごせる地域のグループホームを探したりと迅速に動いています。

各支援機関としっかりとした連携体制を構築されているのですね。

 いろいろな支援先と協力してすぐに解決していかないと深刻な問題に発展しますので、普段から連絡を取り合っています。ここまでの支援体制を整えている会社はなかなかなく、当社にはこれまで大きなトラブルはありませんでしたが、それはこうしたバックアップの仕組みが機能しているからです。個人的にはこの仕組みが、社員の定着率が高い理由の1つだと考えています。障害者雇用をビジネスとして成り立たせるモデルと、社員を支える仕組みは常にセット、「両輪」で構築しなければならないと実感しています。

スワンベーカリーの今後の展開についてお聞かせください。 

 ベーカリー事業は継続させますが、モデルとしての拡大は難しいと判断しています。今後は、障害者の方が体力や記憶力の衰えをカバーでき、健常者と同じように定年まで働くことができる職域をもっと増やしていきたいです。障害者の雇用率がまだまだ低い日本では、職場領域の拡大、雇用の拡大は、今後もっと進めていかなければならない課題だと思います。
 そのために、まずは「障害者の方が働くことで周りの方々が笑顔になり、それが障害者の方の働きがいにつながって、彼らがイキイキと働ける定着率の高い職場」を実現する環境づくりをしていきたいと考えています。

日本がバリアフリー社会になるにはどんなことが必要と思われますか。

 公共の場ではエレベーターのボタンだったりスロープや多目的トイレだったりと、ハード面のバリアフリーはだいぶ進んだと思います。でも、真に求められるのは「心のバリアフリー(※)」です。常に相手の立場になって考え、障害のあるなしに関係なく、困っている人には当たり前のこととして手を差し伸べる。残念ながら現代では、そんな人と人との関係性が希薄になっているように感じます。
 ヤマトグループはお客さまの物流によって成り立っている企業ですから、お客さまの立場で物事を考える、安全に配慮する、困っていたら助けるという意識がDNAとして根付いています。

 ※心のバリアフリー(国土交通省HP)
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/barrierfree/sosei_barrierfree_tk_000014.html

「心のバリア」を取り除くにはどうすればいいでしょうか。

 学校教育や啓発活動も大切ですが、一番はマイノリティの方々を実際に知ることかもしれません。ヤマト運輸は、早くから障害者雇用に積極的でした。30年ほど前から雇用していますので、今の50代から下の世代は、入社した時から職場に障害のある方がいらっしゃいました。一緒に働くのが当たり前ですから何の違和感もありません。同じ仲間として障害の有無など意識していないと思います。障害に限らず、多様な人々と垣根なく接するには、会って話して理解すること。「知る」ことが第一歩です。

セミセルフレジの導入により、「接客は大好きだけど、計算は苦手」という社員もお客様との交流を楽しめるように。

障害者の方との交流の機会に恵まれないと難しいですか。

 そんなことはありません。ただ、企業としては、障害者を積極的に雇用することがまず果たすべき役割です。そのうえで、働きやすい環境をつくる、業務の選択肢や職域を増やす、バックアップ体制をしっかりと構築する、そして「障害者にはできない」と決めつけるのではなくチャレンジさせてみる、この4つの視点が必要だと思います。

障害のある人を特別視するのではなく、障害のない人と同じように当たり前に生きていける。そんなノーマライゼーション社会の実現に向けて、他に必要と思われることはありますか。

 スワンベーカリーではコロナ禍を機にセミセルフレジを導入したのですが、これが私たちにとって新たな気付きをもたらしました。障害のある社員の多くは人と話すことが大好きで、「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」を言ってみたくて、レジ業務に憧れるスタッフも多いです。今まではお金の計算が苦手でレジを任せられないケースもありましたが、お客さま自身が決済するセミセルフレジによってレジ前のカウンターに立ってもらえるようになりました。お客さまは感染予防の面から安心、社員は憧れのレジ業務ができて嬉しい。誰もがハッピーで、置き去りにされない仕組みです。ノーマライゼーション社会の実現には、こうした仕組みをできるだけ多く考えることも必要ではないでしょうか。

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