時代の変化にチャンスを見い出す すべてのビジネスパーソンへ

Grasp

トリ・アングルINTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.6激甚化する自然災害にいかに向き合うか。

公開日:2019/5/21

B

[ 後編 ]

災害の実像をとらえて行動を

静岡大学防災総合センター教授牛山 素行

自然災害は必ずしも増えていないとしても、防災の必要性は変わらない。防災の効果を上げるヒントを静岡大学防災総合センター教授・副センター長の牛山素行氏に聞いた。

一般に防災知識をもってもらうには、どうしたらいいですか。

 「僕はよくある防災マニュアルとかパンフレットには色々と問題があると思っています。だって防災って、簡単に伝えられるものではないから。たとえば備蓄に関しても『最低限』なんてありません。住んでる場所とか家の構造、その人の暮らし方によって千差万別なんです。パンフレットに書いてあることは、それを無理に一般化した断片的な情報です。確かにウソではありません。でもすべての人にとって必要な情報とは限らないわけです。いろいろな情報は参考にしつつ、自分にとってなくなったら困ることは何なのか、という観点で具体的に考えていくことが重要だと思います」
 「防災の備えで、すぐ連想することは備蓄や避難訓練でしょう。自治体や地域社会は、それで対策をしたことになるかもしれない。しかし避難袋を作って避難訓練をしても、地震で家が潰れてしまえば役に立たない。たとえば、地震の揺れによる被害から命を守るために何よりも重要なことは耐震化でしょう。阪神淡路大震災で亡くなった人の9割は建物倒壊でした。ほとんどが即死に近い。どんなにご近所の共助があっても即死の人は助けられないのです。地震災害で『命を守る』事が何よりも重要だというのであれば、まず必要なことは共助だとか訓練ではなくて、耐震化や、新しい建物に住み替えるという対策でしょう。これは共助が不要だと言ってるのではありません。共助が重要になる場面も当然あるわけです。共助さえしっかりしておけば安心だ、というような単純な考え方は適切ではない、ということです」
 「災害に備えて『ここまでやっておけば安心』というものは、ないんです。専門家ですから、聞かれれば何か答えたい。しかし誠実であるなら、誰にもおすすめできる対策はないと言わなければいけない。個々人が自分で考える。そこに尽きると思います」

素人が考えるためのヒントが欲しいです。

 「ひとつだけ、多くの人が共通してやっておくべきことは、自分の住む地域が、災害に対してどんな特性があるかを知ることです。土砂災害の危険がありそうか、河川のはん濫はどうか。それを知って、どう備えるかは人それぞれです」
 「極論のようですが、災害特性を知った上で備えない、というのも一つの考え方だと思います。災害に備えよ、といわれても、知れば知るほど絶対の安全なんてないことがわかりますし、防災のためによいことであっても、日常生活に対しては不便だというようなこともざらにあります。本当にキリがない。僕自身はそんなに一生懸命備えてはいないです。その代わり、少なくとも風水害についてはあまり心配しなくてもいいような地域に住むようにしています。これもひとつの対策でしょう」
 「ただ『この場所で、こんなことが起こるとは知りませんでした』という人を減らす努力は必要です。今は情報が入手しやすくなっていて、代表的なものにハザードマップがあります。ハザードマップが一般に受け入れられるようになったのは2000年有珠山噴火頃以降だといわれます。それ以前は、迷惑だから公表するなという声も強かった。その土地の危険性を一般の人が知ることが難しかった時代でした。しかし、今は昔だったら使うことができなかったようなツールを我々は手にしているのです」

あまり利用されていないように思います。

 「情報というのは、発信さえすれば効果を発揮するものではないのです。そこが堤防やダムなどのハード対策と違います。情報を人々が認識し、内容を理解し、それを使って行動を起こして初めて効果が出る。ソフト面の対策って簡単そうに見えますけど、実は面倒なんです。相対的におカネがかからない半面、ソフト対策は受益者(住民)に多くの努力を強います」

防災に正解はない

国土交通省ハザードマップポータルサイト

情報の正確さはどうでしょう。

 「ハザードマップは、土砂災害についてはよく示されています。土砂災害の犠牲者の9割は、危険箇所の範囲内で亡くなっています。それに対して洪水は難しい。浸水想定区域は大河川を中心として指定されます。中小河川については、その作業がまだ進んでいないようです。だから地形的には洪水が起きる危険性があるのにハザードマップには色が塗られてないことがあります。浸水想定区域で亡くなった人の比率は、時期にも寄りますが3、4割にとどまります。しかも犠牲者が出るのは中小河川が多いのが現状ですね。また、ハザードマップは、何らかの前提条件のもとに計算、解析した結果の一つに過ぎないことも注意が必要です。前提条件が少し変われば、結果も大きく変わることは珍しくありません。あまりハザードマップを厳格・詳細に読み込むような使い方は適切ではありません。『正確なハザードマップ』というものは現実にはあり得ないでしょうし、だからといって『このハザードマップは間違っている』というものでもありません。ハザードマップは、参考とする有力な情報の一つとして活用していくものでしょう」

実際の風水害では外の様子を見に行き、亡くなる方もいます。

 「私は『能動的犠牲者』と呼んでいます。その場所が危険であることは百も承知で近づいて犠牲になった人だと考えています。例えば家の周りで土のうを積んでいて流されてしまった人。危ないと思うから土のうを積んでいるわけで、自分は大丈夫だと間違った判断をしてしまったんです。こうした能動的犠牲者は全体の3割くらいいます。決して少なくない。危険な状況だと知った上でリスクをとる行動に出る人の被害は、最後まで減らせないと思います」
 「厳しいようですが、雨風が激しい時に屋外に出ることの危険を理解していない。家の中にいて逃げずに被害にあうケースが多いのは土砂崩れなどの土砂災害が中心です。洪水、風、波の災害は、風雨が激しいときには安全なところでじっとしている方が効果的です。個々の場面でどうしたらよいかの判断は難しいですが、どちらの被害が出やすい場所かをハザードマップで知っておくことがまず重要でしょう」

先生は『避難が最善ではない』とも話されていますね。

 「そのようなことは言っていません。『避難とは避難場所に行くことだけではない」という話です。避難場所へ移動することも含め、何らかの安全確保のための行動をとることが避難の意味です。これは私の個人的な考えではなくて、国の避難勧告ガイドラインなどにも明記されていることです。たとえば、都市部のマンションの高層階に住む人が、避難場所へ移動する必要性は低いでしょう。ただし、個々の場所によって話は大きく変わりますので、根拠なく自分は大丈夫だと思い込まずに、ハザードマップなども参考にあらかじめよく理解しておく方がいいでしょう。避難は自治体が強制するものじゃないですし、常に自治体の呼びかけを待っていればよいということもありません。最後の判断は自分でしなければいけません。防災に『正解』はありません」

最近、台風の接近や大雪の予報で前夜に交通機関が停止を予告するようになりました。

 「ものすごく高く評価しています。日本は社会を止めることに抵抗がありすぎです。交通機関が予告すれば、企業も学校も休みやすいですよね。帰宅困難なんて、無理するから起きるんです。台風の予報もなかなか難しいですが、1日くらい前であれば、大体どのあたりに影響が出そうかという事は比較的分かるようになってきました。その意味では台風などは『最も備えやすい』災害とも言えるでしょう」(了)