トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.12

進む、港湾革命。日本躍進の切り札となるか

AI、IoT、自働化技術を組み合わせた世界最高水準の生産性と良好な労働環境を有する世界初となる「AIターミナル」の実現に向けた取り組みを進めるなど、日本の港湾は世界の最先端を目指している。また、今後も更なる需要が見込まれる物流の分野においても、国際的な競争が激化しており、港湾が大きく変わりつつある。島国ニッポンにおいて、「港湾革命」が国際競争力強化のための切り札となるのか、今後の展望を探る。

Angle B

前編

「強い港」作りで世界と勝負を

公開日:2019/11/19

MSC

日本代表

甲斐 督英

前回登場の松本隆氏は、「港には人が集まり、新たな情報が得られる場所である」との思いを述べていたが、港湾は人の交わりのみならず、人の生活に必要な荷物の受け渡しの場所でもある。港湾に海外から荷物を運び込むのは、海運会社だ。海には世界の国々を結ぶコンテナ航路があるが、特に経済発展を続けるアジア地域は、海上の荷動きが拡大している。コンテナ船による海運業界で世界2位の規模を持ち、スイスに本社を置くMSC(Mediterranean Shipping Company S.A.)社の日本事業トップを務める甲斐督英氏に、日本の港湾の競争力や、港湾の課題について話を聞いた。

まず、MSCについてご紹介いただけますか。

 日本と欧州を結ぶコンテナ船の航路において、最大級の貨物量のシェアを持つ海運会社です。グループ会社の中には日本に寄港するクルーズ船の会社もあり、名前を聞いたことがある人がいるかもしれません。日本市場に進出してからこの20年間は、ジュネーブ本社の後押しのもと、日本での事業を拡大してきています。欧州や北米とをつなぐいわゆる東西航路では強みをもつ会社ですが、アジア地域内での事業は、これから本腰を入れるところです。アジア地域内航路は伸びしろの大きい地域なので、積極展開していく方針です。
 欧州の船会社の一員として働いていますが、私個人としては一人の日本人ですし、MSCジャパンの社員も日本人です。グローバルに事業を展開する会社ですが、社員一人一人が、世界と渡り合うときに、良い日本人として、ビジネスフィールドでの日本代表としての誇りをもって仕事をしてほしいと考えています。
 仕事をするに当たっては、目の前にある小さな仕事を一つ一つ丁寧に仕上げる「凡事徹底」の社風を定着させたいと思っています。

日本の港湾を考えるとき、どんな視点が必要だと思いますか。

 私たちが日本人として港湾や海運を取り巻く事業環境を考える時に、まず「私たちは先人の作った土台の上で働いている」ということを自覚することが大事だと思います。日本が経済的にも豊かで私たちが幸せなのは、前の世代が作ってくれた土台を享受しているということです。今日の活気ある日本は「先人の貯金」があるからこそであり、それを今の私たちが享受できると思っています。そして今、私たちが次の世代に何を残していくのか、を考える番になっていると思います。
 私は1999年にこの会社に入りました。中国市場が急拡大を始めた時期と重なり、コンテナの海運業界では、日本市場の位置づけが低下し、中国市場をより重視する傾向が強まった時期です。それまでは、海運業界でアジア市場を考える時は、日本が中心でした。航路編成も日本市場を先に考えて作っていました。ところが、このころから海運業界は中国市場を優先するようになったと思います。
 一方、MSCは1997年にアジア市場に進出し、はじめから中国市場を第一に考える姿勢でしたが、中国市場で足場を築いた後に日本市場により注目した船会社です。ここでお伝えしたいのは、過去20年間、歴史ある競合他社は視点が日本から中国へ向かいましたが、MSCは中国から日本へ向かったということです。MSCは日本人の考え方を理解し、それに合ったサービスの提供を心がけています。それを表す良い例が、今年新たに進水する大型コンテナ船「MSC KANOKO」(1万4000TEU=長さ20フィートのコンテナ1万4000個分の積載能力)で、エムエスシージャパンの社員の娘の名前を採用したことだと思います。船名を日本法人の社員の名前から取ったのはこれで3隻目です。

アジアや世界の視点で日本の港湾をみると、コンテナ貨物量で相対的に低迷が目立ちます。

 かつては複数の日本の港が取扱量で上位に食い込んでいましたが、今では、中国の各港や韓国の釜山に差をつけられています。このことを踏まえて日本の港湾を考えていかなければなりません。発展を続ける中国と日本の地理的な位置関係も考慮に入れなければならないでしょう。日本が東アジアのハブ港湾の第一人者としての地位を目指すのなら、中国に近い博多や北九州あたりが、地理的によいのかもしれません。ただ日本の主要港はあくまで東京・横浜の「京浜」や、神戸・大阪の「阪神」です。中国を核とした東アジア全体で見ると、京浜や阪神は釜山と比較して地理的条件という面で不利な位置にありますので、国際的なハブ港を目指すのは簡単ではありません。ですから、国内の貨物量を、特定の港に集中させる必要があると思います。

【コンテナ貨物取扱量上位10港。日本は低迷が目立つ】

国土交通省「世界の港湾別コンテナ取扱個数ランキング」より

韓国・釜山の台頭をどう考えますか。

 韓国では、コンテナ貨物量の大多数を釜山で扱っています。また積み替え需要の積極的な誘致で、中国と日本の地方港からの発着貨物の取り込みに成功しています。一方で、日本にはコンテナ港が50以上あって、その扱い量が各港に分散しています。言うまでもなく日本は海運大国ですが、貨物の扱い量が各港に分散しているため、一つ一つの港ごとの扱い量が大きくならないのです。世界で勝負できるコンテナ港を作るということであれば、地方の港での貨物を少数の港に集約し、集中投資した方が良いように思います。
 先に述べた中国からの発着貨物の積み替え需要を釜山港が取り込んだ背景には、中国での「カボタージュ」というルールがあります。これは日本にもある世界的には一般的なルールなのですが、「国内の港間の海運輸送は自国の船会社しか行えない」というものです。具体的には、中国のある港から別の港までの輸送は、中国の船会社のみが行えるため、大連港から上海港まで運んで、そこでアントワープに運ぶ船に積み替えるというサービスは中国の船会社しかできません。欧州や日本の船会社は、中国国内の港間でのサービスができないため、積み替えのサービスを行う場合は、中国国外で積み替えをしなければなりません。そこで便利な位置にあるのが釜山というわけです。

日本の港湾の現状について、どうお感じですか。

 やはり、日本のコンテナ港が各地に分散していることが、港のあり方に影響していると思います。地方に多くの港があること自体は、地域の発展を図る意味で、日本の経済高度成長期に力を発揮し、政策としても正しかったと思います。しかし、今や状況が変わってきました。世界の港湾との勝負が求められています。強い港が必要です。
 日本では、港湾への投資が各地に分散されているため、一つ一つの港の施設に、十分な投資ができていないと感じることがあります。例えば、コンテナ船は大型化が進んでいますが、大型コンテナ船が寄港できるような投資が必要です。日本も、京浜と阪神に重点を置いた整備計画を進めており、その方向性については賛成です。このまま進めていただければと思っています。国には中長期政策である「PORT2030」を着実に進め、時代に合った港湾づくりを進めていただきたいと思っています。
※後編は11月22日(金)に公開予定です。

かい・まさひで 1970年生まれ。熊本県出身。早稲田大学商学部卒。1999年エムエスシージャパン株式会社(当時)入社。2010年エムエスシージャパン株式会社(当時)代表取締役社長就任。現在は、MSC Mediterranean Shipping Company SA日本代表。社内で社員に呼びかける言葉は「凡事徹底」。このほか論語の「必也正名乎(必ずや名を正さんか)」という言葉が好きだという。趣味は、囲碁、麻雀、スポーツ全般。
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