トリ・アングル INTERVIEW
俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ
vol.43
心の、社会の「バリア」なんてぶち壊せ!
障害のある人もない人も、互いに支え合い、地域で生き生きと明るく豊かに暮らしていける社会を目指す「ノーマライゼーション」。例えば、車いす使用者用トイレやホームドア等の設備を整えることも、そのための方法のひとつです。しかし、ハード面でのバリアフリーは進んでも、人と人、いわばソフト面でのバリアフリーはどうでしょう。海外の共生社会を経験してきたパラリンピアン、障害者の立場から社会の在り方を考える研究者、いち早く障害者雇用に取り組んできた企業の方々に、日本のノーマライゼーションの実態や課題について話をうかがいました。
前編
障害者がいきいきと働く事業モデルを確立
公開日:2023/3/28
株式会社スワン
代表取締役社長
江浦 聖治
前編
障害のある人もない人も、共に働き、共に生きていく社会。ベーカリー事業を主軸とする株式会社スワンは、ヤマト運輸株式会社の元社長 小倉昌男氏が、ノーマライゼーション社会の実現に向けて創った会社です。その誕生の経緯と障害のある人の自立を目指す取り組みを、スワン社長の江浦さんにうかがいました。
※株式会社スワンでは「障がい者」の表記を使用していますが、本インタビューでは『Grasp』の表記(法律に合わせた表記)に合わせて「障害者」と表記しています。
スワンはどのような経緯で設立されたのですか。
始まりは、故・小倉昌男が障害者の自立と社会参加の支援を目的として、1993年にヤマト福祉財団を立ち上げたことです。その2年後に阪神淡路大震災が発生し、障害者が働く作業所も甚大な被害を受けたため、小倉は財団の理事長として被災状況を確かめに行き、初めて作業所に足を運び、彼らの給料が月に1万円にも満たないと知って衝撃を受けました。こんな給料では自立するにはほど遠い、少なくとも月給10万円以上は必要だと。しかし、作業所の仕事の多くは牛乳パックや廃油の回収といったリサイクルが中心で、10万円を払えるほどの収益は到底望めませんでした。そこで障害者が自立でき、なおかつ社会参加の実感が味わえる商売は何かと考えたのです。
ベーカリー事業を選ばれたのはどのような理由からですか。
その頃、「リトルマーメイド」の店舗などで知られるタカキベーカリーの高木誠一社長と出会い、冷凍生地によるパン作りを勧められたのがきっかけです。新しく商売をするには競合に引けをとらない特色が必要で、当時、焼きたてパンを出す店はまだ珍しかったことが魅力でした。パンなら毎日食べるうえ、焼きたてで美味しければ地域の人々に支持されます。この「地域に求められる」、お客さまに「美味しい」と喜ばれる、すなわち働きがいが持てることが一番のポイントでした。
もうひとつの理由は、パン作りにはたくさんの工程があることです。生地を焼いて天板から出し、シールを貼って、袋に詰め、トレーに載せて店頭に運ぶ。お総菜パンならカレーなどタネ作りの工程もあります。カフェにしてもオーダーをとる人、運ぶ人、皿を下げて洗う人など、業務を細かく分けて役割を分担できるので、障害のある人も「私はこれならできる」「僕はこれが得意」という作業がきっと見つかるはず。障害の特性によって業務を選択しやすいという点も魅力でした。
それで1998年、1号店の「スワンベーカリー銀座店」をオープンしました。
当初は作業所を経営する福祉関係者にベーカリーの事業提案を行ったのですが、経営者を集めたセミナーでいくら説明しても興味を持ってもらえませんでした。それならまず私たちが実践しようということになりました。
なぜ福祉関係者はベーカリー事業に興味を示さなかったのでしょうか。
作業所を経営される方は福祉の志は高いのですが、ビジネスに関しては専門外で、月給10万円以上の給料を払える事業が成立するなんて誰も信じてくれなかったのです。そもそも障害のある方を雇用してお金を稼ぐ、ということは無理だと思ったようです。当時はまだ社会全体にもそんな風潮が強かったので、私たちが障害者の方を働かせることに抵抗感があったようです。
しかし、25年経った現在では、直営店5店舗、FC加盟店20店舗の規模に発展されています。成功の理由は何だとお考えですか。
そんな抵抗がある一方で、障害者が働く新しい事業モデルとして評価、応援してくださる方々も大勢いらっしゃいました。特にスワンベーカリーの1号店がオープンしたときは、好意的に報じるマスコミが少なからずあり、店舗の存在が広く知られるきっかけになりました。事業モデルを確立したこと、たくさんの注目と応援をいただいたこと、この2点が成長の要因だと思います。
FC加盟店が増えたということは、作業所の経営者の方々の意識も変わられたのですね。
焼きたてパンの美味しさがお客さまの間で評判になり、人気が高まるにつれ、FC店に加盟したいという経営者の方々が現れるようになりました。
ただ、作業所の多くは店舗販売には向いていない立地条件のため、ワゴン販売などの外販が中心となっています。外販に関しては、官公庁や学校を中心に、販売場所の協力を得やすかったことも大きいと思います。なかでも、当時からCSR(※)の意識が高かった外資系の企業は、お昼にオフィスの一角を提供してくれるなど積極的に応援してくれました。
※Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任
「月給10万円以上」が貴社の目標のひとつだったと思いますが、こちらは達成できましたか。
直営店では設立時から目標とする月給10万円以上を支払っています。最低時給額は上がり続けているので、それに伴い上昇しています。
現在、スワンベーカリーでは障害のある方が何名程度働いているのでしょう。
直営店では36人、FC店を含めた全体では300人以上です。直営店に限ると知的障害の方がほとんどで、FC店を含めて全体では200名近くが知的障害、そのほかは精神障害の方です。
勤続年数はどれくらいになりますか。
直営店勤務の障害のある社員は全員、特別支援学校などからの新卒採用なので、初期に採用した14名はもう勤続20年以上になります。他の社員も10年以上が大半です。これまで4名が退職しましたが、家庭の事情などやむを得ない理由によるものでした。
皆さん、長く勤めていらっしゃるのですね。定着率が高い理由は何でしょう。
やはり、仕事が楽しいからに尽きると思います。お客さまに「ありがとう」と言ってもらえる、会話ができる、自分の「できること」が増える。障害のある方にとってはそれが一番楽しいことなのだと、近くで見て実感しています。
企業の受け入れ態勢も重要だと思います。貴社が特に意識されていることを教えてください。
採用条件は、「通勤ができる」「1人で着替えができる」「挨拶ができる」の3点です。それ以外は、何ができるかは問わず、実際に仕事をしながら見つけてもらっています。
作業のやり方は現場にいる健常の社員がOJT(※)で教えていますが、常に意識しているのは一人ひとりの長所を伸ばすような接し方をすることです。ちょっとしたことでも褒めて、自信を付けてもらう。できないことも当然ありますので、その辺りは皆でサポートしながら長所と組み合わせて育てていく感じです。
※On the Job Training:仕事の現場で実務に携わりながら業務に必要な知識・技術を習得させるもの
とても丁寧に人材育成されていることがわかります。
私たちが最も気を付けているのは、障害のある人の可能性を限定してしまうことです。「これしかできないだろう」と決めつけるのではなく、いろんなことにチャレンジし成長してもらうことが一番望ましいです。そうすることで、私たちも予想外の気付きが得られています。
たとえば、どのような「予想外の気付き」を経験されたのですか。
もっとも多いのは、いつの間にか彼らの「できること」が増えていることです。ベーカリーでは一人ひとりの担当業務が決まっていますが、時には担当外の作業を手伝ってもらう機会もあります。大抵は「箱詰め」や「シール貼り」といった1つの工程だけをお願いするのですが、忙しい時に片付けや洗い物も簡単な指示だけでお願いしたところ、充分対応してもらえることがわかりました。障害者、健常者の差なく、職場の仲間として「お互いに助け合う」という仕事の進め方ができるとわかったのは、私たちにとって大きな発見でした。
また、自分なりに仕事を楽しんでいる社員も多く、あるスタッフは私が文字を教えたところ、カフェのテーブルに「お仕事お疲れさまです」といったメッセージカードを置くようになりました。見つけたお客さまが返事を書いてくださることもあって、今ではお客さまとカードを通したコミュニケーションを楽しんでいます。入社した時から考えると、誰も予想できなかったほど成長しています。
スワンベーカリーでは、社員の皆さんを本当によく見ていらっしゃいますね。現場の社員一人ひとりを把握するために気をつけていることは何でしょうか。
障害のある方にとって相手から声をかけられ、話をするのは、私たちが思う以上に大切なことです。私は定期的に直営店を回り、彼らと話す機会を持つようにしています。「調子はどう?」から始まって、仕事から趣味まで話題がどんどん広がりますし、私自身も楽しくてたまりません。常に双方向のコミュニケーションを意識するというのが協働する上で大事であり、そうした環境が定着率の高さにつながると思います。
前編