トリ・アングル INTERVIEW
俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ
vol.50-2
「2024年問題」を契機に、より魅力ある業界へ -建設業編-
2019年4月から、会社の規模や業種により順次適用が進められてきた「働き方改革関連法」。時間外労働の上限規制に5年間の猶予期間が設けられていた業種でも2024年4月1日に適用開始となり、誰もが安心して働き続けられるワークライフバランスがとれた社会の実現に、また一歩近づいたといえます。しかし、その一方で新たな課題として浮上してきたのが、いわゆる「2024年問題」です。国民生活や経済活動を支える物流業界、建設業界が、将来にわたってその役割を果たしていけるよう、企業や私たち消費者にはどのような取組、変化が求められているのでしょうか。
後編
2024年問題を乗り越えた先で待つ「新4K」の実現
公開日:2024/8/13
社会保険労務士法人アスミル代表
特定社会保険労務士
櫻井 好美
後編
2024年4月から時間外労働に上限が設けられ、ついに「働き方改革」が本格始動となった建設業界。大きな変革の時を迎えたこの業界が目指すのは、「給与が良い」「休暇がとれる」「希望がもてる」の「新3K」に「かっこいい」を加えた「新4K」の実現です。そのために今、「ALL 建設業」で取り組むべきことは何か。社会保険労務士として、建設業界で奮闘する人々を間近に見てきた櫻井好美さんにお話をうかがいました。
建設業界の「2024年問題」について教えてください。
「働き方改革関連法」の中で、建設業界には5年間の猶予が与えられていた「時間外労働の上限規制」が2024年4月よりついにスタートしました。「工期ありき」で時間に対する意識が低かった建設業界ですが、時間外労働に上限が設けられたことで、元請け企業は、今まで土曜日も現場をあけていましたが、徐々に土曜日の現場を閉め、4週8閉所の動きが強まってきました。その結果、まず労働者は稼働時間が減り、日給月払いだった現場作業員の方は従来のように稼げなくなるという問題が顕在化してきました。「稼げなくなる」というのは、労働者にとって最も深刻な問題です。そのため、事業者は稼げなくなることによる労働者の離職を食い止めようと、月給制への移行などを検討することが必要になりました。あわせて、元請け企業とも単価の交渉をしていかないと、労働者に対しての充分な給与が支払えないという課題がでてきました。
また、残業手当の問題も浮き彫りになってきました。本来は、月給制であろうと日給制であろうと、法定労働時間を超えた時間外労働に対しては割増賃金(※)を支払わなくてはならないのですが、日給制の時には「残業」という概念自体が存在せず、残業時間のカウントすらしていないケースも珍しくありませんでした。時間外労働の管理が必須となった現在、「いきなり人件費が拡大した」と頭を抱えている事業者も少なくありません。
※従業員を深夜(原則として午後10時~午前5時)に労働させた場合には2割5分以上、法定休日に労働させた場合には3割5分以上の割増賃金を事業者は支払わなければならない。
稼働時間が減少したことで、これまで以上に作業の効率化が必要になってきますね。
そのためには、労働時間の適正な管理が欠かせません。職人気質の人はどうしても仕事を1人で抱え込みがちですが、技術者の方であれば業務内容と必要な時間の見える化、他人に任せられるところは任せる、効率化のためのITの導入、業務の標準化等の取組が必要です。
「2024年問題」は、突き詰めていくと、建設業界の「担い手確保」という課題に辿り着きます。建設業は他業種と比較をした時に、労働時間が長く、休日数も少ないという現実があります。「担い手確保」をするためには、まずは他業種並の労働環境を整えることが、大切なのです。
「2024年問題」を乗り越えられるように、すべての事業主に意識の変革を促していきたいところですが、残念ながら今後は「変われる事業主」と「変われない事業主」の二極化が進むかも知れません。実際、早くから「担い手確保」という課題に向き合ってきた事業主は、「どうしたら人材を採用できるのか」「どうしたら勤め続けてもらえるのか」を考え、月給制への移行や教育システムの整備などを完了させた上で2024年4月を迎えた方もいらっしゃいます。
「変わる」といえば、建設業界は従来の「きつい」「汚い」「危険」の「3K」から、「給与が良い」「休暇がとれる」「希望がもてる」の「新3K」に「かっこいい」を加えた「新4K」へと変わろうとしています。実現するためには、どのような取組や行動、意識の切り替えなどが必要だと思われますか。
「給与が良い」「休暇がとれる」「希望がもてる」を実現するためには、まずは労働条件を整えることが最低条件です。大切なのは、「あいまいさ」を払拭し、見える化していくことです。
以前、ある建設会社さんの社内バーベキュー大会にお招きいただいたことがあります。その日は土曜日だったのですが、会場に到着するやいなや、若手社員の方々から「今日は会社のイベントですが、休日出勤になりますか?」「現場への移動時間は、どんな場合でも労働時間に当たらないんでしょうか?」と質問攻めにあい、私はお肉を食べるどころではありませんでした。彼らは会社も仕事も好きだけれど、労働条件の「あいまいさ」に不安を覚えていたんですね。従業員が安心して働ける「新3K」な環境を実現するには、労働条件の見える化は、何を置いても達成すべき大命題です。
「かっこいい」を実現するには、建設業が「ものづくり」に携われる魅力のある仕事であることを訴求していくことが必要だと思います。さらに、各社の「売り」を見つけ、積極的に発信していくことが大切でしょう。建設業は工期のある仕事で、自社だけでは解決できないこともありますが、各社で取り組むことと、業界全体で取り組むことを切り分けて考えていく必要があります。
「新4K」に向けた取組の事例について教えてください。
労働条件に関しては、すでに取り組んでいる会社はたくさんあります。従業員の思いに寄り添い、業界や自社が抱える課題にきちんと向き合っている会社の中には、単に休日休暇や労働時間の見える化を実現するだけにとどまらず、教育体制を見直したり、動画などを活用した独自の研修プログラムを構築したりと、さまざまな改革に取り組んでいるところもあります。独自性の高い試みの中では、自社で育英会を設立し、万一従業員が亡くなられた時には遺族に利用してもらえるようにと、奨学金制度を整えた会社が印象に残っています。奨学金を受けたお子さまの中には、今ではその会社で働いている方もいらっしゃいます。
また、「かっこいい」を訴求することで、採用活動に成功している事例もあります。例えば、社内にICT推進室を設けてドローンやAIなどをいち早く導入。そういった先進的な試みを積極的に社外に発信している会社には、就職希望者も集まりやすいようです。
そもそも建設業は、私たちの生活の基盤となるインフラを支えてくれる重要な仕事です。
今年は1月1日に能登地方で地震が起き、現地では現在も応急仮設住宅の建設が行われています。私の事業所は以前から工務店協会のお手伝いをしているため、そのご縁で、この応急仮設住宅の建設に携わっている方々の労災や給与計算業務を手掛けることになり、私自身も2月に現地を訪問しました。金沢から輪島までレンタカーで走ったところ、応急仮設住宅はもちろん、崩れた道路が補修されていたり、緊急車両が通るための新たな道路が作られていたり。ニュース映像だけではわからない、すばらしい光景がそこかしこに広がっていました。建設業や土木業に携わる方々は、まさに地域の守り手として、私たちを支えてくださっているのだなと、大きな感銘を受けました。
これから先も業界を盛り上げていくために、もっと多くの若い方に、建設業という業界に興味を持ってほしいです。そのために、ぜひ盛り上げてほしいのが、「建設キャリアアップシステム(CCUS)」です。「建設キャリアアップシステム」とは、技能者が、技能・経験に応じて適切に処遇される建設業を目指して、技能者の資格や現場での就業履歴等を登録・蓄積し、能力評価につなげる仕組みです。現在、建設業界が普及を進めていますが、まだ十分に活用がされていません。「建設キャリアアップシステム」をきちんと活用し、建設業で働く人たち(技能者)に対して適正な教育を施し、確かなスキルを有する技能者には適正な賃金を支払うことが、未来を担う若年層の入職につながっていくのではないかと期待しています。
最後に、「2024年問題」を乗り越えるために建設業界の方にメッセージをお願いします。
建設業界には、業界全体で取り組まなければ解決できない問題が山積みです。「時間外労働の上限規制」が適用となった今こそ、それぞれの立場からスピード感をもって動いてほしいと考えています。
下請け企業の方々には、「下請けだから」ではなく、経営者としての目線や発想を大切にしていただきたいです。経営者として物事に向き合うことで、元請けに対しても法定福利費と適正な単価交渉ができるようになったりするのではないでしょうか。また、従業員の教育にもしっかり取り組んでほしいと思います。
元請け企業の方々には、自社のことだけではなく、下請け企業までも含めた組織改革や体制づくりなどを考えていっていただきたいですね。いくら仕事があっても、現場での技能労働者の方がいなければ、建物はできません。元請け企業には、現場で働いている人達にも関心を持っていただきたいです。さらに、業界団体の方々には、技能労働者に対して適正な教育と賃金単価の検討をしてほしいです。省庁の方々には、発注者を含めた業界全体の重層下請構造にメスを入れていただくこと、決定したことを現場での実行に落としこむ仕組みづくりに力を入れていただけたらと思っています。
私たち社会保険労務士は第三者ではありますが、労務管理のプロとして、建設業に関わる方をできる限りのサポートをしていきたいと考えています。「ALL 建設業」で業界を変えていく。そんな気概を持ち、建設業界の方々とともに未来を切り拓いていきたいですね。
後編