トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.48

気象データを制すものがビジネスを制す!?

「気温25度以上になるとビールやアイスクリームが売れる」「鍋が食べたくなるのは気温18度以下」。そんな話を聞いたことはありませんか。普段の生活でも、天気予報をチェックして服装を考えたり、傘などの持ち物を決めたりと、私たちの行動は思っている以上に天気や気温などに影響され、気象データに頼っている部分があります。2021年には、こうした気象データを分析し、ビジネスに活用するスキルを修得する「気象データアナリスト育成講座認定制度」がスタート。今回は、気象がどのように私たちの生活に関係し、気象データがどのようにビジネスに貢献できるのかを紹介したいと思います。

Angle C

後編

次代のビジネスパートナー、気象データアナリストとは?

公開日:2024/2/14

気象庁 情報利用推進課

気象ビジネス支援企画室長、課長補佐

竹内 綾子、 岡部 来

気象データの利活用推進においてボトルネックとなっているのが、気象とデータサイエンスの双方に精通した専門的人材の不足です。ビジネスに有効であることは理解していても、気象データの取り扱い方がわからないために活用できていない企業は多いといいます。そのような課題解決のため、気象庁では2021年に「気象データアナリスト育成講座」認定制度を開始しました。今後、気象データ利活用において中心的な役割を果たすであろう気象データアナリストとはどういった存在なのか、前編に引き続き、気象庁情報利用推進課の竹内綾子さん、岡部来さんにお話を聞きました。

気象データをビジネスで使おうという発想は、そもそもどこから出てきたのでしょう。

竹内:気象庁の業務は1952年に制定された気象業務法という法律などで規定されています。その業務の目的として「災害の予防」「交通の安全の確保」に加え、「産業の興隆」というキーワードが入っています。つまり、制定当初から気象データをビジネスに使ってもらおうというコンセプトはあったのです。
 近年になってデジタル技術が進展し、気象データ活用の可能性が大きく広がってきました。そうしたことを受けて2017年に気象ビジネス推進コンソーシアム(以下、WXBC)が設立され、気象データのより高度なビジネスへの活用が推し進められるようになってきたのです。

WXBCはどういった組織なのですか。

岡部:現在、日本は人口減少の局面にありますが、それを上回る生産性の向上を実現できれば、経済成長を続けていくことは可能だといえます。そこで、国土交通省は2016年に国土交通省生産性革命本部を設置し、生産性向上のための「生産性革命プロジェクト」を選定。その中の1つが「気象ビジネス市場の創出」でした。このプロジェクトを推進していく主体として、産学官連携で立ち上げられたのがWXBCです。気象庁はその事務局を担っています。

竹内:WXBCは、ビジネスにおける気象データの先進的な活用事例を、セミナーやフォーラム、パネルディスカッションなどを通じて多くの企業に広める活動をしています。気象データをビジネスに活用できる専門的人材の育成にも取り組んでおり、2021年の「気象データアナリスト育成講座」の制度スタートにあたっては、WXBCの協力もいただきました。

WXBCのYouTubeチャンネルでは気象データをビジネス活用するためのセミナーなどを掲載(https://www.youtube.com/channel/UCyYJhGTAcpLeRnWoQxFbovwl

「気象データアナリスト」とはどういうものでしょう。資格ではないのですか。

岡部:気象データとデータ分析、双方に精通し、気象データとビジネスデータを分析することで企業の事業創出、課題解決を提案できる人材のことです。資格ではなく、気象データアナリスト育成講座を修了した方が名乗れます。
 実は、2019年に気象庁が「産業界における気象データの利活用状況に関する調査」を実施したところ、「気象情報が事業活動に影響する」と答えた企業であっても、気象データの分析はできていないところが多かったんです。できない理由について訊ねると、約42%が「気象データを分析できる専門的人材がいない」と回答。この問題を解決するために、「気象データアナリスト育成講座」を認定する仕組みが生まれました。2021年に最初の気象データアナリスト育成講座がスタートし、これまで(2023年10月現在)に40名が気象データアナリストとなりました。現在は、2企業・1大学が開講する合計6つの講座で60名ほどが受講中です。

気象データアナリストにはどんな役割を期待されているのですか。

岡部:たとえば、過去の販売実績データと気象データから需要予測を行って発注数を最適化したり、店舗の混雑状況を予想して割引サービスなどで販売促進を図ったり。事業活動において気象データを活用する際に、中心的な役割を果たしていくことになります。そのため、気象、統計処理やプログラミングといったデータサイエンスのほか、ビジネスについての知識も必要になります。

竹内:気象データは他のデータと少々異なり、まずデータの種類が多いです。さらに「観測や予測といった概念がある」「予測誤差(予測と実況の差)があるため確定的に扱えない」といった特徴があり、実際に気象データを扱っている方々からは「気象データを適切に扱うには専門的に学ぶ必要がある」と指摘されてきました。気象データアナリスト育成講座は、そういった学びを提供する場ともいえます。

講座の内容について教えてください。

竹内:「気象」「データサイエンス」「ビジネス」の3つの分野で構成されます。「気象」では気象の基礎知識、気象データの特徴や扱い方について学びます。「データサイエンス」では、統計学や機械学習の手法に関する基礎知識を理解していただき、自らプログラミング言語でコードを書き、分析結果の評価まで行えることを目指します。「ビジネス」では課題の見つけ方をカリキュラムを通じて身につけていきます。
 このような内容を網羅している講座を、気象庁で「気象データアナリスト育成講座」として認定しています。
 まったくの初心者向けのコースもあれば、ある程度の知識がある方向けのコースもあり、半年から1年で修了できるようになっています。どのコースでも、最終的に気象データを使って生産性向上やリスク回避のための施策立案ができるようになるところまでサポートしています。

■気象データアナリスト育成講座の主な内容

どんな方が受講しているのでしょうか。

竹内:気象情報会社をはじめ、保険、製造業、鉄道、物流関連の企業にお勤めの方など、気象がビジネスに影響するような業界の方たちがいることを把握しています。受講の動機としては、「自社の生産性向上のため」「顧客へのコンサルティングに活かしたい」「転職に有利になりそうだから」といったことが挙げられています。
 修了者へのヒアリングをしていると、例えば、カリキュラムの内容について「データサイエンスの知識はあったので、それ以外の分野のみ受講できるとよかった」といったお話をうかがうこともあります。そうした意見を反映させて、認定講座の内容をより良いものにしていきたいですね。受講者の声を聞き、改善できるところは改善していく。そういったことを地道に継続していきたいと思います。

修了された方たちは気象データアナリストとしての知識をどのように活かしているのでしょうか。

竹内:講座自体が始まったばかりでまだ実態が充分に把握できていませんが、気象情報会社にお勤めの気象予報士の方は、売上アップや経費削減など、顧客の課題解決に最適な気象データを提案する際に講座で学んだことが役立っているとのことでした。また、コンサルティング会社に勤務されている方は、顧客のTCFD(※)への対応支援や気候変動に伴う自然災害のリスクを定量評価する際に、気象データアナリストとしての知識を活用しているそうです。
 ※金融システムの安定化を図る国際的組織「金融安定理事会(FSB)」が、G20の要請により2015年に設置した「Task Force on Climate-related Financial Disclosures(気候関連財務情報開示タスクフォース)」の略。企業が気候関連リスクに関する情報を投資家に開示する際の基準を設けている。

今後、気象データアナリストが増えていけば、気象データの利活用も進んでいきそうです。

岡部:そのためには、気象データアナリスト自体の存在を知っていただくことが第一です。まずは気象データアナリスト育成講座の周知のための広報活動に力を入れていく計画です。同時に修了者へのヒアリングも増やし、気象データアナリストの活躍事例として紹介していければと考えています。
 もう一方で、民間の講座実施事業者や大学に対し、気象データアナリスト育成講座の開設も働きかけていきます。現在は民間事業者2社と岐阜大学で講座を開設していますが、そういった場を全国に広げていき、さまざまな場面で気象データが活用される社会を実現していきたいと思います。

 農業の収穫量や漁業の漁獲高はもちろん、小売業や製造業の売れ筋商品、電車や飛行機のスケジュールなど、実にさまざまな事業活動が気象によって左右されます。近年は気象関連ビジネスへ異業種から参入する企業も増えているそうで、その注目度は年々アップ。そこで今回は、気象データとビジネスの関係や気象関連の仕事について、4名の方にお話をうかがいました。
 タレント、俳優として活躍中の武藤十夢さんは、気象予報士やファイナンシャル・プランナーの資格を取得されています。「金融や経済の知識も思った以上に気象との親和性が高くて面白い」というお話は、複数の資格を持つ武藤さんならではだと思います。気象データを活用した店舗運営ツールの開発などで多くの賞に輝いていらっしゃるのが、株式会社EBILAB代表取締役の小田島春樹さんです。気象データをどのように活用し、どのような成果を上げたのか、その具体的なお話に気象関連ビジネスの将来性の高さを感じました。気象データをビジネスに活用できる人材を育成するため、2021年に登場したのが「気象データアナリスト育成講座」です。気象庁情報利用推進課気象ビジネス支援企画室室長の竹内綾子さん、課長補佐の岡部来さんからはこの講座の内容についてもご説明いただきました。修了生の意見、要望などを取り入れながらさらにアップデートされていくそうで、今後も注目していきたいです。
 次号のテーマは、北海道の産業振興施策について国が策定する「第9期北海道総合開発計画」。耳慣れない人も多いと思いますが、実は北海道だけでなく、日本の経済発展や課題解決にも重要な役割を果たしているこの計画について、わかりすくご紹介します。
(Grasp編集部)

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