トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.46

命を守る第一歩!すぐにでも自分でできる地震への備えとは?

世界有数の地震多発国・日本。マグニチュード6.0以上の地震の約20%は日本周辺で発生しており、ここ30年の間だけでも「阪神・淡路大震災」「東日本大震災」などの大きな地震が起こっています。その上、マグニチュード7~9と予測される「首都直下地震」「南海トラフ地震」の今後30年以内の発生確率はいずれも70%以上。1923年9月1日に起きた「関東大震災」から100年目となる今年、来るべき大震災から命を守るために、今私たちができること、すべきことは何かを、専門家や被災経験者の方のインタビューを通して考えます。

Angle B

前編

アイデアは150年以上前に誕生!緊急地震速報実用化の道のり

公開日:2023/9/26

気象庁地震火山部地震火山技術・調査課

課長

束田 進也

テレビのテロップや携帯電話などで地震の揺れがくることを事前に知らせてくれる緊急地震速報。地震大国の日本では「緊急地震速報で揺れがくることを知った」という経験のある人も多いのではないでしょうか。南海トラフなどの巨大地震の発生が懸念される昨今では、その重要性がますます高まってきています。前編では緊急地震速報の開発に携わられた気象庁地震火山技術・調査課長の束田進也さんに、緊急地震速報誕生の経緯やそのメカニズムについて、お話を伺いました。

改めて、「緊急地震速報」がどのようなものか、教えてください。

 地震の発生直後に震源近くで観測された地震波のデータから、各地での強い揺れの到達時刻や震度、長周期地震動階級(※)を予測し、可能な限り素早く知らせるものです。2007年10月から一般に向けての情報提供が始まり、テレビやラジオ、携帯電話などで流されるようになりました。
 「もっと昔から、テレビのテロップで地震情報って流れていなかったっけ?」と思った方もいらっしゃるかもしれませんが、それは「先ほどの地震による揺れは震度いくつ」という事後の報告です。震度が地震直後にテレビのテロップで流れるようになったのは30年近く前からです。そもそも震度計が開発されたのが1990年頃で、それより前は気象台の職員が体感で震度を決めていたんですよ。1996年頃に完全に震度計での計測に切り替わり、地震の発生から2分弱でテレビで震度を流すようになりました。一方、私が「事後ではなく事前に知らせる」という緊急地震速報の技術開発に取り組み始めたのは2000年からです。
 ※気象庁「長周期地震動について」
https://www.data.jma.go.jp/eqev/data/choshuki/index.html

「前もって揺れの到達を知らせる」仕組みが実現したのは、ごく最近なのですね。

 アイデア自体は、実はかなり昔からありました。文献に残されているもので一番古いのは1868年のものです。当時のサンフランシスコの夕刊に「地震の強い揺れを観測した際、それを電信(有線通信)によって伝え、シティホールの鐘を鳴らすことで強い揺れの到来をあらかじめ知らせる」というアイデアが紹介されています。
 日本では1880年の横浜地震をきっかけに、明治政府に雇われていたジョン・ミルンというイギリス人が日本地震学会を創設しました。これは世界で最初の地震学会なのですが、ミルンは創設時の挨拶で「地震の強い揺れを観測したことを電信で東京に伝え、大砲を鳴らしてこれから揺れることをあらかじめ知らせる」というアイデアを、人類を不測の災厄から救う地震学の夢として語っています。その後も「これから地震によって揺れることをあらかじめ知らせる」というアイデアは、出たり消えたりを繰り返していました。

それが2000年代に実現したのは、どのような要因があったのですか。

 1970年代から1990年代にかけて、コンピュータの小型化や通信の高速化、そしてこれらのコストダウンが急激に進みました。それにより、地震計によって観測されたデータの伝送、震源や地震の規模を表すマグニチュード(以下、マグニチュード)の決定処理の自動化に関する研究開発が競って進められたのです。
 1990年代になると緊急地震速報の先駆けとなる、「ユレダス(UrEDAS)」と呼ばれる早期地震検知警報システムが公益財団法人鉄道総合技術研究所(以下、鉄道総研)により、鉄道分野で実用化されました。これは、地震が起こった時に新幹線を素早く減速できるように開発されたものです。また、メキシコでは首都メキシコシティを対象とした、SAS(Seismic Alert System)と呼ばれるメキシコ版緊急地震速報システムが実用化されました。
 一方、気象庁では1994年に全国のすべての地震計が通信回線で結ばれました。その直後の1995年に阪神・淡路大震災が起こったことで、国立研究開発法人防災科学技術研究所(以下、防災科研)が高感度地震観測網などを整備、全国規模のリアルタイム地震観測網ができました。
 このように日本の地震観測の高度化が進められたのが、1994~1995年頃のことでした。それまでは地震の波形をリアルタイムで解析することも難しかったのですが、以降は一気に緊急地震速報の研究開発が進んでいきました。

緊急地震速報は、令和5年8月1日現在、全国約690箇所の気象庁の地震計・震度計に加え、防災科研の地震観測網(全国約1,000箇所)を利用している。
出典:気象庁「 緊急地震速報のしくみ

緊急地震速報を実現するための環境が整ってきたのですね。

 2000年に緊急地震速報の開発を始めた際は、気象庁と鉄道総研とで研究を行いました。鉄道総研には先行開発していた「ユレダス(UrEDAS)」のノウハウがあったこと、気象庁は全国規模の観測網のデータを扱っていたことから共同で開発することになったのです。その後、これとは別に開発を進めていた防災科研との間の共同研究も始まります。
 これらの研究開発の結果、2006年8月に、設備等の制御や工事現場等の訓練された作業員の安全確保など、緊急地震速報を受け取っても事故や混乱のおそれがないと考えられる分野に対して先行提供を開始。1年後の2007年10月から一般への提供をスタートさせました。
 先行提供から一般提供までの間には、主に緊急地震速報についての周知を行いました。というのも、緊急地震速報を全く知らない状態で、いきなり「これから震度5弱の強い揺れが来ます」と知らされたら、パニックになるのではないかという心配があったからです。そのため、政府一体となった周知啓発活動を1年かけて行いました。

揺れの強さや到達時間は、どのように割り出しているのですか。

 まず、地震が発生すると、震源から揺れが波となって地面を伝わっていきます。これを地震波と呼びます。地震波にはP波(Primary Wave=最初の波)とS波(Secondary Wave=2番目の波)の2種類があり、P波のほうがS波より早く伝わる性質があります。一方、強い揺れによる被害をもたらすのは主に後から伝わってくるS波です。
 緊急地震速報では先に届くP波を解析し、その解析結果をもとに揺れの強さ、つまり震度やその到達時間を予測し、強い揺れが到達する前に知らせるというのが基本的な仕組みです。緊急地震速報を出すのが早ければ早いほど、揺れ到達までの猶予時間を稼ぐことができ、強い揺れに備えることができます。そのため、いかに早くP波を解析するかが重要になります。

■緊急地震速報のしくみ

出典:気象庁「緊急地震速報のしくみ

P波によって、揺れの強さや到達時間がわかるのですか。

 P波によって震源の位置がわかります。また、時々刻々と変化する地震波の振幅からマグニチュードがわかります。それらをもとに計算することで各地の揺れの強さや到達時間を時々刻々と予想しています。ただし、開発段階ではP波の解析において困難な点が2つありました。
 ひとつは、観測された揺れが本当に地震により生じているものかどうかを判断する難しさです。地面の揺れは、地震の他、例えば強風や工事の振動などでも発生します。これらはノイズとなり、揺れが地震によって発生したものかどうかの特定が困難になります。地震による揺れを間違いなくとらえないと、震源の位置に誤差が生じたり、誤報、つまり地震が発生していないのに緊急地震速報を発表してしまったりします。
 それから、もうひとつの難しい点は、「マグニチュードを求めるには、ある程度の時間が必要になる」ということです。地震は断層、つまり岩と岩がある面を境に、ある程度の時間をかけてずれ動く現象です。断層のずれは一瞬では終わりません。断層のずれる面積が広ければ広いほど時間がかかり、マグニチュードは大きくなっていきます。断層がずれ始めてからずれ終わるまでのずれの量がマグニチュードを決めるため、計算するにはある程度の時間がかかるのです。
 例えば、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)のマグニチュードは9.0ですが、あの断層は180秒かけてずれています。断層がずれ終わるのを最後まで待って緊急地震速報を出すと、すでに強い揺れに襲われてしまっている状態になります。

速報性と精度との間でのジレンマがあったのですね。

 緊急地震速報の開発において私たちのチームが担当したのは、まさにこの地震波発生直後のわずかな時間で地震の性質を明らかにするための研究でした。先ほど、観測された揺れを最初の段階で「間違いなく地震のP波である」と判断するのは難しいと言いました。しかし、日頃から波形を眺めていると、「これは地震によるもので、震源から〇〇くらいの距離で観測された波形(P波)である」ということが経験的にわかるようになってきます。私たちはその経験的な判断プロセスについて独自のアルゴリズムを落とし込むことに成功し、P波の冒頭数秒の形状から震源までのおおよその距離を求められるようになりました。

マグニチュードの判断についてはどのように対応したのですか。

 私たちが行ったのは、最初に震源を求めるというやり方です。従来の研究では震源を求めるより先にマグニチュードを求めていました。先に地震の大きさを決めてから震源を求めようとしていたのです。そうではなく、私たちはまずは震源を最初に求めることとしました。
 というのも、先ほどいったようにマグニチュードは地震発生直後のわずかな時間では決まりません。ですから、まずは震源を求め、同時に時間経過によって大きくなっていくマグニチュードをモニタリングし、予想される揺れの強さがある一定の水準を超えた時点で警報を出す、というやり方にしたのです。

ある程度の揺れが生じると確定したら、警報を出すわけですね。

 ただし、これは早押しクイズみたいなところがあります。つまり、できるだけ正確に問題文を把握しようと思ってボタンを押さないでいると、タイムオーバーで揺れが到達してしまいます。だからといって、P波のデータが届いてすぐにボタンを押してしまうと、今度はお手つきの可能性も出てきてしまうわけです。
 そのあたりのバランスを取りつつ、「まだ誤差はあるし、すべての現象が明らかになる前だが、地震の揺れから身を守るために、少なくとも強い揺れがやってくる可能性が高くなり次第、発表する」という考え方を採っています。もちろん、誤差や誤報を少なくするため、解析精度の向上には継続して取り組んでいくことが重要です。

つかだ・しんや 気象庁地震火山部地震火山技術・調査課長。理学博士。専門は地震学。1995年気象庁入庁。地震津波監視システムや緊急地震速報の開発に携わる。公益財団法人鉄道総合技術研究所、東京大学地震研究所勤務、福岡管区気象台地震情報官、地震津波監視システム企画調整官、名古屋地方気象台長、地震津波監視課長などを経て、2022年より現職。
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