トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.3

自動運転時代、移動はどう定義されるのか?

これまでは、自家用車での移動、認可された事業者が拠点間を低コストで大量の旅客を運ぶ公共交通による移動は、区別されてきた。しかし、カーシェアが進み、レベル5の完全自動運転が当たり前になった時には、移動の概念は、どのように変わるのだろうか。運転手の技術に頼る必要がなくなり、二種免許はいらなくなるだろうか。個人が自動車を所有する時代から、スケールメリットを有する企業がプラットフォーマーとなり、モビリティサービスを提供する時代になるだろうか。

Angle C

前編

モビリティ社会 新しい価値観に挑む

公開日:2019/1/29

トヨタ自動車 コネクティッドカンパニー

Executive Vice President

山本 圭司

自動車は、人と機械の情報連結(マン・マシン・インタフェース)を追求することで走りやすさや快適性を高めてきた。自動運転という新たな技術の登場で何が変わるのか。トヨタ自動車は2018年、「『自動車をつくる会社』から、『モビリティカンパニー』にモデルチェンジする」と宣言。『つながるクルマ』をコンセプトに新たな挑戦を始めた。同社のコネクティッドカンパニー Executive Vice Presidentの山本圭司氏に、自動車メーカーが今の変化にどう立ち向かおうとしているのかを聞いた。

トヨタの情報通信というと、古い世代は携帯電話事業会社の「日本移動通信」(トヨタが主力株主で、現KDDIの前身のひとつ)を思い出します。

 「私は技術部出身で、まだショルダー型だった電話機を車に持ち込んで通話したいと真剣に思っていました。当時の経営トップは、車に通信機能が入ってくる兆しを感じて参入したんでしょうね。グループ会社のデンソーも、ジャイアント馬場を宣伝に起用したツーフィンガー(携帯電話端末)を商品化しました。今は車載通信機に変わっていて、これがクルマをつなげる心臓部になります。この技術が手の内にあるのは、トヨタグループがグローバルに展開していく中で一つのアドバンテージです。とはいっても、今のコネクティッド時代を予想するほどの先見の明があったわけではないですね」

自動車電話とか移動体通信という言葉も、当たり前すぎて聞かない時代になりました。ただ今の若者にとってスマートフォンは必需品でも、自動車には魅力を感じないと言われます。どう思いますか。

 「難しいですね。人にもよるでしょうが、社会人になってから車のローンではなくIT機器にお金を使う若者が増えたのは事実です。デジタルネイティブの世代は人とつながっていないと不安を感じます。だからSNSを食事中もチェックしていたい。ITプロダクトが日常生活の中で必要条件になっています」
 「ただ人々が生活の中で価値を見出すのは刺激です。そのひとつが移動で、これは本能だと思うんです。旅行が減っているわけではないですし、若い人は安い海外旅行でもへっちゃらです。ニーズはあるけれど、変わったのは移動そのものに対する認識です。若者の移動に対する認識をモビリティに反映しなければいけません。移動イコール車を買うのではなく、自由にどこにでも安価に行けるという価値観。それにジャスト・イン・タイムですね。若者の車離れではなく、こうした価値観が変わってきているという理解の方が正しいと思います」

【自動運転で新しい体験を】

「自動運転の車で新しい体験ができれば需要が生まれる。」

消費者がある程度の収入を得たら、良い車を買って、それがステータスになるという社会は変わるのでしょうか。

 「レクサスのような高級車だけが憧れではないかもしれません。スポーツカーかもしれないし、もっとセンセーショナルな体験をできる車が求められるかもしれません。トヨタがモータースポーツに取り組んでいるのは、若者にもっと車を認識してもらおうという掘り起こしの気持ちでもあります。『愛車』と呼ばれるように『愛』がつく工業製品が車です。それを提供するのがメーカーの役割です」

その中で、自動運転車はどう位置づけられますか。どのように開発して、何をターゲットに売っていくのでしょう。

 「使う人によって価値はいく通りにも変わるでしょう。高齢の方の『健康ドライバー寿命』を伸ばすには、現在の自動ブレーキや『ぶつからない車』の技術では不十分です。デジタルネイティブの世代だと、車の運転をしながらインターネットができることに価値を感じるかもしれません。ドライバーのいない『ロボットタクシー』なら、タクシー会社や公共交通の人件費を抑制して経営基盤を安定できるでしょう。ニーズはいろいろなところにあります」

ドライバーはどうなるでしょう。マイカーのニーズは変わりますか。

 「運転したいという意欲に駆られるかどうかが一番のポイントです。自分でハンドルを握って運転したくない人には自動運転だろうとそうでなかろうと、マイカーはいりません。誰かに無理矢理、手を引っ張られて行くのではなく、自分が行ってみたいという思いを駆り立てるような工業製品でないと車はダメかなと思います。自動運転というのは基本的に、疲れて眠いとか、インターネットをしたいとか、夜になって運転が怖いとか、ドライバーが望む時に自動運転モードにできるという位置づけだと思うんです」

ドライブに興味はないけれど、自動運転なら便利だから購入する。ハンドルのない車にニーズはないでしょうか。

 「そういう面もあると思います。自動運転の車で新しい体験ができれば需要が生まれる。その新しい体験が何かというアイデアは、まだ明確ではないんです。例えば車が知能をもって情報収集ができて、ドライバーと会話ができたり、自動でいろんなところに連れてってくれたりする観光案内みたいな体験を提供できれば新しい価値ですよね。自動運転ならではの、新しくて驚かせるような体験を考えていかないと」

やまもと・けいじ 1961年生まれ。1983年島根大学理学部卒。1987年トヨタ自動車入社。2007年同社第1電子技術部長、2008年トヨタIT開発センター代表取締役社長、2011年トヨタ自動車電子技術領域主査、2012年同社第1電子開発部部長、2016年同社常務理事・コネクティッドカンパニー統括、2017年常務役員・コネクティッドカンパニー Executive Vice President。
インタビュー一覧へ

このページの先頭へ