トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.32

可能性の宝庫!深海大国ニッポン

四方を海に囲まれた日本。日本の海(領海と排他的経済水域)の広さは世界で6番目で、そのほとんどが深海です。食卓を彩る海産物を生み出す生態系、産業の発展を支える原油などの資源にも深海が関わっています。普段私たちが見ることのない世界に何があるのか、その可能性を探ってみます。

Angle B

後編

「深海魚の聖地・戸田」を広めたい

公開日:2021/12/28

Sarah(深海魚直送便)

青山 沙織

深海魚で有名な静岡県沼津市の戸田地区の地域おこし協力隊員に転身し、イベント開催やグッズ製作で手腕を発揮していた青山さんも、コロナ禍にぶつかってしまいました。しかし、戸田漁港と深海魚を思う情熱からひらめいた「深海魚直送便」が、全国区のヒット商品に。新商品が軌道に乗るまでの苦労と深海魚ビジネスの可能性、そして地域おこし協力隊卒業後に青山さんが選んだ道を聞きました。

戸田の「深海魚直送便」が脚光を浴びた理由はどこにあったのでしょう。

 深海魚を獲れたての生のまま漁港から家庭へ直接発送する、プロジェクトそのものが斬新だったと思います。傷みが早い深海魚は冷凍するか地元家庭ですぐ調理されることが多く、漁師さんたちの発想にはなかったのでしょう。そして、情報発信を頑張ったことで、SNSで注目されて拡散でき、新聞やテレビのニュース番組などマスメディアでも取り上げてもらえたのは大きかったです。深海魚漁にも興味を持ってもらいたくて、私自身がトロール漁の漁船に乗せてもらって撮った動画もアップしました。夜明け前の3時4時の出港から漁の様子まで、リアルにレポートしました。こうした動画や受けた取材が別の取材や露出を呼び、全国からの注文につながりました。
 ウチメシ需要、おうちごはんの充実などと言われ始めた時期で、珍しいものを食べてみたいという人や魚好きな人、支援の気持ちを持ってくれた人が最初のお客様になってくださったと思います。旅館や飲食店さんからの注文もありましたし、調理学校から教材にするという注文も入りました。かつて沼津市に住んでいて懐かしさから購入したという人もいました。
 同時に、深海魚ファンや深海魚をもっと知りたいという人はたくさんいるんだという手応えを感じました。「初めて見る魚で子どもと図鑑を見ながら調理しました」というメッセージや、小さい子が魚を捌いている写真を送ってくれた人もいてうれしかったですね。深海魚はこんなに魅力的なのにまだまだ認知度が低い、もっともっと全国に戸田の深海魚を知ってもらう余地はあると実感しました。

それにしても準備期間が少なかったようですが舞台裏はどうだったのでしょうか。 

 思いついてすぐ始めたこと、戸田漁港から直接魚を家庭に発送するのは初の試みだったことから、実はスタート直後から問題は噴出しました。まず殺到した問い合わせは、「なんていう魚かわからない!」。ごもっともです。すぐに写真入りのリストを作成して添付しました。「発泡スチロールに直に入っているなんて」という声も聞き、箱に薄紙を敷くなどして見た目の改善を図りました。「届いたけれど傷んでいるのでは」という連絡もありました。水分の多い深海魚は傷みが早いのですが、たとえば地元の人はすぐに食べるか冷凍するホンエビ(ヒゲナガエビ)は、必ずしもまだ傷んでなくても頭が黒くなってしまいます。生ものなので「大丈夫」の線引きは簡単ではないと痛感しました。
 また、注文してすぐ届くわけではない、と認識してもらうのも大変でした。トロール漁に出られるのは月の半分、週におよそ3回程度で、それも悪天候の日は断念しますから発送できない週さえあるのです。たくさんの注文を受付順に送るので、5月半ばの漁期前に順番が来なければ漁再開後の9月発送になる人もいます。コンスタントに発送できる商品ではないので、注文から発送まで1ヶ月かかる場合もあるのです。当初は「注文したのに全然こない」といった問い合わせに追われました。
 発送したらメールはお送りします。いつ届くか、何が入っているかはお楽しみ、海から上がった丸のままで海藻なんかもついているかもしれない、内臓処理や鱗取りも台所で挑む、それらをひっくるめて「深海魚直送便」の魅力と思っていただけるとうれしいです。「ワクワクする時間&おいしい時間をありがとう」というお客様からのメッセージは原動力になります。

【深海魚の魅力を知っていただきたいという思いを込めて発送しています】

※ご本人提供

漁師さんたちの反応はどうでしたか。漁師さんのダメ出しから生まれた新商品もあるそうですね。

 漁師さんたちにも、売り上げを回復できてよかったと喜んでもらえました。食べられるからといってランクかまわず一緒くたにするより、高級魚だけをパッケージにしたほうがいいという意見もあったのですが、結果オーライでしたし何より無駄が少ないわけです。今では独自の戸田漁港直送セットを始めた漁師さんもいて、価値を認めてもらえた波及効果だったと思います。今一番の悩みは、船が夕方遅く帰港すると宅配便の最終の集荷に間に合わず、「深海魚直送便」には載せられなくなることです。即発送が価値であるため、早い時刻に帰ってきた漁獲物が優先的に商品となり、どうしても8隻に偏りが生じてしまうのです。
 漁師さんのダメ出しとは、当初箱の中に食べられない深海魚をおまけで希望者に入れたことが発端です。私が思い続けていることですが、ユニークな姿かたちの深海魚を実際に見てみたい人はいるはずだから、食べられなくても初めて見る面白い魚を入れれば深海魚に親しんでもらえると考えたんです。
 でも、注文のページにおまけの魚としてメンダコ、グソクムシなどと記したところ、お客様から「私はメンダコがほしい」「グソクムシをぜひ入れて」と指定され、それに応えようとするとみんなで箱詰め作業する際に「メンダコご所望の○○さんの箱はどれだっけ」と混乱をきたしてしまいました。漁師さんに、「そのサービスややこしいからやめて」と言われたわけです。スピード勝負ですから、面白いアイデアでも作業を煩雑にしてはいけないと学びました。
 ただ、やっぱり具体的にリクエストしてくる人がいるくらい、食べられなくても深海魚は人気なんです。それなら食べられない魚もB O Xにしようと思い立ち、2シーズン目の2020年9月からは調理には向かない魚たちを詰めた「ヘンテコ深海魚便」を始めました。漁師さんでさえ名前のわからない珍しい魚が入っていたりするのですが、これが9ヶ月で270箱も販売できました。購入者は、大学の先生、大学生、学校教材として、博物館、深海魚好きの子ども、ユーチューバーなど。観察、研究、標本などの需要です。まさに、私が「深海魚福袋」と言ったりしながら模索していた、活用されない未利用魚に価値を与える商品になりました。
 10cm程の規格外の小さなユメカサゴの価値が跳ね上がったエピソードもあります。ミシュラン1つ星の天ぷら料理店が気に入って定期購入の依頼に至り、これは5ヶ月で600匹を販売しました。漁師さんたちはこれまで、小さすぎて売り物にならないと考えていたと思います。

地域おこし協力隊の任期を終えた後、戸田に残る選択をされたそうですね。今後はどんな活動を展開していくのですか。

 「深海魚直送便」が軌道に乗ったことで、継続したいことや始めたいことのアイデアが生まれ、夢もふくらみました。2021年3月末の地域おこし協力隊卒業以後は、事業所兼作業場としていたところは使えなくなるため、思い切って漁港近くに空き家を購入しました。まずはそこを改修して魚介販売許可を取り、魚の箱詰めや発送作業などの作業場にします。
 夏場は禁漁で出漁時期も月の半分という空白の多い深海魚事業で売り上げを確保するためには、「深海魚直送便」だけに頼るわけにはいきません。今後取り組みたいプロジェクトの一つは、未利用魚を減らすための深海魚お惣菜計画です。遅くに帰ってきた船の魚や廃棄の運命にある魚たちにひと手間かけて、お惣菜にして販売するのです。
 SNSでもおすすめの食べ方を発信していますが、とにかく「調理方法がわからない」という声は多い。すぐ食べられるお惣菜にするのもいいし、下処理をしてレシピをつけた商品も検討しています。捌くのが難しいアンコウを切り身にして粉をつけ、揚げればいいだけの「アンコウの唐揚げセット」、絶対いけると思う「深海魚鍋セット」、旨味いっぱいの出汁が出るエビや切り身にオリーブオイルやサフランスープをつけた「深海魚パエリアセット」などなど。このプロジェクトのために、−60度の冷凍庫を導入する予定です。
 深海魚グッズ、中でも深海ザメの皮を革製品にするプロジェクトも、思い入れがあるので継続していきたいです。沼津の名物グルメ「鮫バーガー」の調理で不要となる深海ザメの皮を引き取り、なめして革小物に生まれ変わらせるという野望ですが、技術面でもコスト面でも四苦八苦しながら3年以上経ちました。私の故郷の兵庫県の皮革製造の会社に技術協力を仰ぎつつ、ルアーケースやコースター、最近は名刺入れも完成しましたがサンプル止まり。ビジネスにするにはまだハードルがありますが、コツコツ研究を進めていきたいと思っています。

青山さんの戸田と深海魚に対する愛情と情熱には圧倒されます。

 戸田だからこそ、深海魚の可能性はまだまだ広げられると感じています。深海魚は魅力的なのに価格が安い、認知度が低いというのが現状。希少な深海魚の価値をもっと上げていきたいし、日本一の深海魚の聖地・戸田に注目を集めたいです。同時に、深海魚は貴重な海洋資源であるという環境保護の視点も忘れてはいけないと考えています。
 そもそも資源を守るために漁の回数を制限し、夏場を禁漁にしているのですが、それでも「最近大きいのが獲れなくなった」「魚の種類が少なくなっている」と漁師さんたちは言います。深海魚の価値が高まり価格が上がれば、漁の期間や回数を資源保護につながるよう見直すこともできるのではないでしょうか。未利用魚の活用も、漁師さんたちの気づきにつながればいいなと思います。
 戸田漁港と深海魚にここまで関わり、今後も事業を展開していく以上、深海魚という資源の活用と保護を両立できるような活動で、地域の活性化に貢献していきたいです。私の新たな活動拠点も、ゆくゆくは観光客の方にも立ち寄ってもらえるような深海魚のテーマパークに発展させていくことを目指しています。

最後に、読者に向けたメッセージをお願いします。

 新しいことを始めたいと思っても、とくに会社勤めをしていると、なかなか踏ん切りはつかないものですよね。私も最初に地域おこし協力隊の紹介番組をテレビで見た時は、「もっと早く知っていればこんな仕事をしてみたかった」と自分にはもう手遅れと決めつけていました。でも、大手メーカーでの仕事に物足りなさを覚えつつ30代半ばになって、「新しい仕事に挑戦するのはラストチャンスかも」と思い立ちました。「もっと早く知っていれば」なんて自分への言い訳だと気づいたのです。いつがチャンスで何がチャンスか、決めるのは自分です。
 始めたいと思っていることがある人は、先延ばしにしないで始めてほしいと思います。私から伝えたいのは、頑張ったら頑張った分だけ結果はついてくるということ。日本一の深海魚の聖地・戸田の名前をもっと広めて、日本中の人に知ってもらえるように、私もまだまだ頑張ります。

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