トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.7

どうする? 通勤ラッシュ

都市圏の「痛勤」ラッシュは、ビジネスパーソンたちを悩ませ続けてきた。充実した鉄道網、複雑なダイヤのもと効率的に運用されている都市鉄道だが、通勤時間帯の混み具合は依然として大きな社会問題であり続けている。人口減少が見込まれる中、輸送力増強に向けた大幅投資も簡単ではない。最近は、訪日客の増加や、「働き方改革」による通勤時間帯の多様化などの変化もみられる。また東京の一極集中はさらに進んでおり、解決の道筋は見えてこない。鉄道側の対応に加え、個人の生活スタイルの見直し、都心部での住宅立地など、各方面の幅広い取り組みが求められそうだ。「ラッシュ」の今を識者に聞く。

Angle B

後編

「サービス業」への意識改革を

公開日:2019/6/21

交通評論家

佐藤 信之

 鉄道会社の混雑緩和のための努力も進む。代表的な対策は、線路の増設だ。小田急電鉄は、混雑を緩和するために、小田原線・東北沢―世田谷代田間の複々線工事を2018年3月に完成させて、複々線区間が代々木上原―登戸間に延びた。計画から約50年、着工から約30年かけた大工事だった。これにより、最も混雑が激しい区間で、混雑率は192%から151%まで低下するなど効果があった。通勤定期客は1.4%増加した。今後、このような対策が進むのだろうか。

小田急の複々線化工事は成功例ととらえてよいのでしょうか。

 小田急電鉄は複々線化のために用地を買収したり、トンネルや高架橋の建設で、巨額な投資をしてきました。一定の増収効果があったと思いますが、工事費用などの回収はまだ残っています。小田急は「日本一暮らしやすい沿線」を掲げて、混雑緩和などに取り組んでいます。通勤客にとっては通勤の苦痛が軽減されてとても良いことです。しかし、鉄道会社にとっては、投資をまかなうだけの運賃収入の大幅増が見込めない場合、混雑緩和のための大規模な投資には、取り組みづらいのが現状です。これから人口が減り、さらに人口が都心部に移っていく中で、大規模な投資を運賃収入だけで回収することは、更に難しくなっていくでしょう。

【首都圏における混雑率の推移】

昭和60年と比較すると、混雑のひどい路線は軒並み緩和しているように見える。

鉄道会社は財源難なのでしょうか。

 鉄道の場合、国鉄の時代から整備費は基本的に運賃収入が支えてきました。小田急の複々線化の事例はありますが、日本ではなかなか複々線化は進んでいないのが現状です。なぜなら巨額な費用の財源が、運賃収入のみでは足りなかったからです。昭和50年代以降、地下鉄は補助金で建設費の7割をカバーできるようになっていきました。しかし大半の鉄道会社は、基本的には運賃収入で建設費をカバーし、経営してきました。満員電車に通勤客を詰め込んで得た収入を前提に、経営が成り立つというのが実情なのです。今後、人口減の流れの中で、ラッシュは緩和に向かうかもしれません。通勤客にはメリットかもしれませんが、運賃収入も減ってしまう中で、鉄道網の維持や新しい投資などの財源を鉄道会社はどうするのか、新しい問題に直面せざるをえません。
 鉄道会社は、ラッシュ時のために車両と乗務員を集中的に投入しています。しかしそれでも充分でありません。輸送力が増やせなければ、乗客数を減らすのも一策です。ピーク時の乗客を前後の時間帯に移すことができれば、ラッシュ時の混雑は緩和できます。これが「時差通勤」です。現在の線路でまかなえるので鉄道会社にとってリーズナブルであり、混雑が緩和されることで乗客にとってもメリットがあります。

客が増えない時代に設備投資は難しいでしょうか。

 通勤客の定期券による運賃収入の減少が見込まれる中、旅行を楽しむ訪日客を、新たな収益源にしたいという鉄道会社もあるでしょう。しかし、通勤客にとっては、通勤時間帯に大きな荷物をもった旅行者が増えるのは迷惑でしょう。車両の大半はスーツケースを置けるようには設計されてはいません。成田空港と都心を結ぶ京成電鉄などは、スーツケースを置けるスペースのある車両を開発するなどの努力をしています。羽田空港につながる京浜急行も、品川駅で通勤者と旅行者が交錯していることもあり、駅の改築に取り組もうとしていますが、利用ニーズの相違による矛盾や対立はある程度避けられないでしょう。
 今後運賃収入を軸に時代のニーズに対応していくのは難しいでしょうね。運賃の値上げは簡単にはいきません。JRでは山手線内などで特別に運賃を割安にしています。かつて、池袋とか、新宿や渋谷で、私鉄から山手線に乗り継ぐと私鉄と国鉄の運賃が併算されましたので、運賃が割高になる通勤・通学する乗客に配慮したのです。大阪でも環状線は割安になっています。また、今日でも鉄道の重要性は変わりません。公共交通機関としての役割を担っているため、運賃を上げるようなことは簡単ではないと言えます。私はやはり、ある程度は引き続き税金で鉄道事業を支えていく必要があるのではないかと思っています。

鉄道の利便性向上という点はいかがでしょうか。

日本の鉄道では、詰め込んで安全に運ぶという考え方に重点が置かれてきたように思います。そこに客の立場に立った発想は乏しかったと言えるでしょう。交通機関同士の競争によって、鉄道会社に「マーケティング」という発想が出てきたのは最近20年間ぐらいです。割引プランとか、座席などで快適性を提供して客を増やすという発想が出始めました。それまでは、きめ細かなサービスをしようという考えを持つ部門がない会社組織だったのです。それが変わり始めているのが現在ということでしょうね。(了)

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