トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.45

誰もが気軽に「おでかけ」できる。パーソナルモビリティがある未来

電動キックボード、電動アシスト自転車、電動車椅子など、近年、街中で見かける機会がグンと増えた「パーソナルモビリティ」。
若者の手軽な移動手段としてはもちろん、高齢者や身体の不自由な方、子育て世代の方の移動支援、過疎地における交通手段、さらには環境負荷の低減など、さまざまな社会課題を解決するアイテムとしても注目されています。
パーソナルモビリティとはそもそもどういうものなのか、今後どんな展開が期待されるのか。インタビューを通して未来のモビリティの在り方を探ります。

Angle A

後編

移動手段の変化により、街はビジネスはどう変わる?

公開日:2023/8/10

一般財団法人計量計画研究所理事・モビリティデザイナー

牧村 和彦

電動キックボードをはじめ、新しく登場するさまざまな近距離移動手段によって、都市は、地方は、そして人々のライフスタイルはどう変化するのでしょうか。後編ではパーソナルモビリティの普及が社会に与える影響とともに、日本におけるパーソナルモビリティの取り組みの先進例、MaaSとの連携事例、そしてパーソナルモビリティの将来展望について話を伺いました。

パーソナルモビリティの意義や普及に向けた課題などを伺ってきましたが、利用者に身近な魅力は何でしょうか。

 パーソナルモビリティにおける一番の革命は電動化です。とりわけ電動アシスト自転車は車両の性能も安全性もモデルチェンジするたびに格段に向上しています。自動車はモデルチェンジしてもそれほどドラスティックには変わりませんが、電動アシスト自転車は毎年のように劇的に進化するのが魅力です。自動車に比べて価格も手頃なので、世界中でいま、かなりのブームになっています。利用者のニーズを反映してどんどん変わるのがパーソナルモビリティの強みで、電動キックボードももう間もなく、さまざまなメーカーから個性に富んだ車両が販売されるでしょう。自分に合った車両、ビジネスやレジャーなどTPOに応じた車両など、いろいろと選べるのも楽しいですね。

利用者のライフスタイルも変わりますか。

 最初はまず観光スタイルからでしょう。最近、東京ミッドタウン八重洲に「まちモビ」という新しいモビリティ体験のサービスが始まりました。時速6㎞以下で走る「RODEM(ロデム)」という電動移動体と、人力車の2つを使って八重洲から日本橋をめぐるツアーを体験できます。考えてみれば、東京在住の私たちでも、八重洲から日本橋まで歩こうと思う人は滅多にいないでしょう。でも、実際は十分に歩ける距離で、そのうえ地上には素晴らしい景観や歴史的建造物が広がっています。車で移動すると一瞬で過ぎるので気付けませんが、歩行に近いスロースピードだとその魅力をゆっくりと堪能できます。こうした観光コンテンツを入口に改善・発展させて、多くの人が「地上の価値」に気付くことにより、まちの楽しみ方、ひいてはライフスタイルも変わってくると思います。

八重洲エリア~日本橋エリアをめぐる新しいモビリティ体験を提供する「まちモビ」(写真提供:東京ミッドタウンマネジメント株式会社)

「地上の価値」という言葉は新鮮です。

 ビジネスでいうと地上の価値を高めたい筆頭は不動産会社です。その点からいま、不動産会社は電動キックボードに非常に関心を持っています。例えば、駅から遠い物件は敬遠されがちですが、最初からポートも含めて備え付けると電動キックボードで楽に駅まで往復でき、物件の訴求力も高まります。物件人気が上がると賃料なども下げずに済みます。ただ、電動キックボードを保有する場合は、最寄り駅のそばに停めておく場所も必要になるため、電車やバスに持ち込める折りたたみ式が普及すると最強でしょうね。事業者間で協力して通学・通勤定期に駐輪代やシェア料金を組み入れた共同定期にするなど、コストを補助する施策も必要かもしれません。いずれにせよ、不動産価値が変わると人の流れが変わり、街並みも変化します。特に地上をスローな速度で移動する人が増えると、お洒落なお店ができたり街路樹がきれいに整備されたりと、沿道も変わってきます。海外だとパリ市がまさにそれを推進していて、2024年までに誰もが車なしでも15分で仕事、学校、買い物、公園といった、あらゆる街の機能にアクセスできる「15分都市」構想を掲げています。日本に落とし込むと、街中を人が集まる商店街にするような価値観です。

駐車場がオープンカフェやマイクロモビリティ用の駐車場に変わるパリ(写真提供:牧村和彦氏。運輸総合研究所「人と多様なモビリティが共生する安全で心ときめくまちづくり調査」より)

都市部はそのように変化するとして、地方はどうですか。

 過疎地では住民の移動距離が長い場合が多いので、近距離を移動する電動キックボードや電動アシスト自転車の普及は簡単にはいかないかもしれません。むしろ可能性があるのはカーゴバイクです。カーゴバイクとは普通の自転車では運べない大きな荷物や、子どもを乗せることができるように設計・開発された三輪の電動自転車で、これもパーソナルモビリティの1つです。電動キックボードの移動距離は平均して2㎞前後ですが、カーゴバイクは5~10㎞程度は十分活動圏域になりますので、移動距離の長い地方では最適です。条件により異なりますが、基本的に普通免許がなくても運転できるため、自動車の運転は心細くなったけれど、まだ運転自体は大丈夫という高齢の方にも活用しやすいと思います。

ラ・ロシェル(フランス)のマルシェで見かけたカーゴバイク(写真提供:牧村和彦氏、運輸総合研究所「人と多様なモビリティが共生する安全で心ときめくまちづくり調査」より)

子育て中の方の“ママチャリ”の代わりにもなりそうですね。

 そうですね、三輪タイプなら転倒する心配もなく安全です。ヨーロッパでは、カーゴバイクによる子どもの送迎はすでに日常的な光景になっています。また、カーゴバイクは軽トラックと同じくらいの荷物が載せられるタイプも登場しており、「エコな軽トラ」です。海外ではディーゼル車を排除し、まちなかの貨物運搬はカーゴバイクのみという街もあるほどです。そうすると、いま日本ではトラックドライバーの時間外労働時間の上限規制、いわゆる「物流の2024年問題」に向けて物流革命が起きている最中ですが、カーゴバイクは環境に優しいうえ、小回りが利いて誰でも簡単に運転できるため、当面、ドライバー不足の救世主になりうる可能性が十分にあります。

日本でもカーゴバイクの普及は進んでいるのですか。

 車両として最大積載量や車両寸法の制限など、法や環境面の整備がまだ十分ではないので、残念ながら世界市場の成長率には及びません。しかし多くのメリットや世界の動きを踏まえると、近い将来カーゴバイクが注目を浴びるのは間違いないでしょう。できるだけ早く、利用しやすい環境になってほしいですね。

パーソナルモビリティをツールとするMaaSの推進状況はいかがですか。

 福岡では「my route(マイルート)」という専用アプリをプラットフォームにして、マルチモバイル検索によって多様な移動手段が選択できるサービスを提供しています。自転車シェアリングサービスもカーシェアリングサービスもメニューにあり、なかでも「チャリチャリ」というシェアサイクルは導入から2年ほどの短期間で加入者が急増しています。ポートもそこかしこにあります。福岡はもともと平坦な土地で自転車が使いやすいこともあり、ビジネスパーソンが社用車の代わりに、また自転車を持たない学生が盛んに利用しています。
 とりわけこのサービスで画期的なのは、JRと私鉄がともに参加していることです。もともと「my route」は地場のバス会社と自動車会社が共同で始めたものですが、趣旨に賛同した鉄道会社も参画しました。一般に、競合する企業がこのように連携するのは珍しいことです。その背景は、やはり移動産業の経営者の方々が、一緒に「移動の価値」を作っていかなければ、これからの日本社会は閉塞する、そんな危機感を強く抱いていたからです。関西でも来たる2025年の万博開催を視野に協議会を立ち上げ、“関西MaaS”としてワンチームで仕組みづくりを検討しています。交通事業者はとかく同業にも、パーソナルモビリティの事業者にも競合意識を持ちがちですが、そこをうまく行政がつなげて協働できるようにすると、どの移動手段の利用者も増えてWin-Winの関係になります。世界中でそんな事例が起きていることから、行政には「つなげる役割」が求められています。

今のお話の中で「社会の閉塞」という点が気になりました。少し説明してもらえますか。

 例えば、若い人の巣ごもり傾向です。私も大学で学生と話していて驚いたのですが、最近の学生は週末に家にいる人が増えてきています。もちろん人によりますが、10代の半分は休日に外出しないという調査結果もあります。(全国都市交通特性調査
 外出すると精神的にも経済的にも消耗するから嫌という衝撃的な理由が1つ。また、SNSやオンラインゲームを通して家にいながら世界中の人と交流できる、食事もデリバリーできる、映画も配信で見放題なので、家にいるほうが幸福度が高いということでした。「そういう時代だ」とも言えますが、これは「見えない移動格差」です。車を持たない人だけでなく、若者の価値観の変化により、あるいは所得の格差により、あるいは子ども連れで移動する負担により、移動格差は現在、すごく広がっていると思います。そうするとリアルな社会は活性化しません。閉塞感というのはそういうことです。一方で誰も置き去りにしない、誰でも同じ社会参加のチャンスを与えられることにより、公正な社会を作ろうというのが世界の潮流です。言い換えれば、誰もが自分の力で移動できる社会。時間はかかるでしょうが、パーソナルモビリティが移動の格差解消を担い、救っていくのではないかと、私は真剣に期待しています。

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