トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.5

"データ大流通時代"、オープンデータは起爆剤となるか?

官公庁が保有する気象や地理空間データなどのビッグデータをオープン化する動きがある。こうした動きは、新たなビジネスの創出や人々のくらしの快適性や経済活動、社会活動を飛躍的に向上させる起爆剤となるか。自動運転、MaaS、建設分野のIT化、物流革命などへの活用等、オープンデータの促進が社会、経済、産業にもたらすインパクトやビジネスチャンスについて識者に聞く。

Angle C

後編

オープンデータは新たな社会資本

公開日:2019/4/23

国土交通審議官

由木 文彦

『つべこべ言わずに出すべし』と話しオープンデータに前向きな由木文彦国土交通審議官も、一方ではオープン化に行政上の制約があることを認めている。しかし、いくつかの事例を聞くとそうした環境も徐々に変わりつつあるようだ。

国交省の関連では、ハザードマップの公開がかねてから問題でした。

 「2004年の新潟県中越地震などを受けて、盛り土の宅地が崩れる危険があるという情報をハザードマップに載せる事業をやりました。ところが、その情報をなかなかオープンにできない。危険が明らかになると地価が下がって、土地が売れなくなるからです」
 「それが今は、かなりオープンにできるように変わってきました。反対する人は今でもいると思います。しかし、災害リスクが認知されてくると、世の中は変わるんですね。一度ダメになったから、ずっとオープンにできないというわけではなく、試行錯誤を続けて答えを出していかないといけないと感じます」

行政の制約として、間違った情報は出せないし全国一律でないといけない。だからオープンデータに積極的になれない面はありませんか?

 「国の出したデータが間違っていたらどうするのか、あるいはデータを更新しないで古いまま流通してしまい、結果的に間違いに結びついてしまう。そういう問題は常にあります。統計データなどは時々刻々と変わるものもありますし、利用者から見てデータのアップデートが期待するほど早くないものもあるかもしれません。そこはデータの性格や利用目的に応じて対応を常に考えていくしかありません。外部の方からは行政のオープン化の意思がシュリンク(萎縮)したように感じられることもあるかもしれません」
 「あくまで個人的意見ですが、役所としても『こういう理由でデータを出せない』と考えるのではなくて、『叱られたら直せばいいからまずはデータを出そう』という姿勢で臨んだ方がデータ利用社会に適した感じがします。とりあえず出して、必要があれば後から修正することを社会に認めてもらえるようにならないでしょうか」

【オープン化の期待に応える】

「ビッグデータ社会が『いいな』と思うのは、複雑な世界を複雑なままで見ることができること」

地図情報などは、民間にもデータが豊富にあります。公的なデータはすべて出した上で、民間が補完すれば、低コストで迅速なサービスが出来るのではないでしょうか。

 「データの性格や利用目的によるので、一概には言えませんが、行政としては『可能なことはここまでです』ということ示した上でデータを出していくのが基本になると思います。そこに民間のデータが加わって、ある範囲でビジネスに利用できるというなら、どんどんやっていただけばいい。一方では、国の権力行為にかかわるデータもあります。国境線を画定するとか、公的な給付水準を決めるとか、そういうものです。それは何年かごとの公的な調査の結果をそのまま使うという以外にはないと思います」
 「これも個人の意見ですが、民間が日常的に使うデータについては、民間がデータを積み重ねていって補正できるようなプラットフォームを官の力で整備していくことが、これからの世の中では必要になっていくのではないでしょうか」

ウェブ上のウィキペディアのようなものが出来れば面白いですね。多くの人が参加すれば情報の精度向上が期待できます。

 「行政自らは今でも自身のデータを積極的に活用して政策を進めているんです。例えば道路であれば、ITS(高度道路交通システム)などの情報をもとに道路の渋滞予測を行うとか交差点の改良や高速道路の登坂車線を整備しています。今後は行政がすべての情報を集めてコントロールするのではなくて、他の有用な情報を含めて、全体をマネジメントし、取捨選択できるように変わっていく。それは多分、止められない流れです。そうなって国民の利益が増えるのなら、そうすべきです」
 「世の中は、本来複雑なものです。ビッグデータ社会が『いいな』と思うのは、複雑な世界を複雑なままで見ることができることです。人間はなにか出来事があると、原因があって結果があってという因果関係のモデルで説明しがちです。しかし世の中は、必ずしもそうじゃない形でなんとなく調和してできあがっていることがある。実際の人の行動の結果をありのままに見て、どうしようかと考えることが出来るようになります。道路設計を考える時、何度の勾配にしてR(曲線の半径)を何メートルにすると速度がこうなるはずだと計算するのが工学の世界。でも実際に人間が運転した車が走ったら、想定外の場所でブレーキを踏んでいることが分かったりします。それはとても意味があると思うんですね。少し観念的ですが」

国交省のデータのオープン化は進んでいるのでしょうか。

 「政府におけるオープンデータの推進状況について公表していますが、実は国交省は各省平均よりやや少ないんです。紙の書類はどっさりあって、道路や公共事業の図面は昔は全部紙でした。公共工事の施工管理のデータだって写真を撮ってアルバムに貼っていました。今までデジタルでないものをデジタル化するのは時間とコストがかかります。また、データを加工しないで生データだけを出すべきかどうか、悩ましい問題もあります」(了)
 「昨年(2018年)開かれた内閣官房の『オープンデータ官民ラウンドテーブル』で、役所のこんなデータが欲しいという希望を民間の方と議論しました。その時に国交省に寄せられた希望がすごく多かったんです。交通データなどは必ずしも役所ではなくて事業者が持っているケースも多いのですが、交通機関には公的な役割があるので希望が多かったのだと思います。ほかにも交通事故関係のデータとか、災害関連データや地質データなどの希望もありました。国土交通省としても『公共交通分野におけるオープンデータ推進に関する検討会』を立ち上げたり、『インフラ・データプラットフォームの構築』を始めるなど、官民あげてオープンデータの推進に向けた機運醸成を図っているところです」

 国土地理院の地図の登山道を登山者の『足跡』で補うヤマレコ社長の的場一峰氏。地図情報を利用して地域の人と街づくり進める東京大学特任講師の瀬戸寿一氏。いずれも公開されたデータを利用するだけでなく、独特の付加価値を加えていることに特徴がある。由木文彦国土交通審議官が指摘するように公的データのオープン化がさらに進めば、ビジネスのチャンスも広がるだろう。
 次回のテーマは「激甚化する自然災害にいかに向き合うか」。防災や避難のあり方を多面的に検討します。

(Grasp編集部)

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