トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.13

未来都市が現実に? スマートシティ発進

AIやビッグデータ、次世代送電網(スマートグリッド)技術などを活用し、渋滞解消や省エネなどを目指す先進都市「スマートシティ」。日本では国家戦略特区などの枠組みで導入が進んでおり、今年8月には、約600の自治体や企業、中央省庁、研究機関が参加して先行事例を共有する官民連携協議会も設立された。スマートシティが現実のものとなることで、私たちのくらしはどう変わるのか。

Angle C

後編

「データを使いこなす力」が未来を開く

公開日:2019/12/27

東京大学大学院

新領域創成科学研究科 教授

出口 敦

日本の各地域や街は、高齢化や人口減少などの問題を抱えており、こうした問題に対応したまちづくりは待ったなしの状況だ。スマートシティが、こうした状況に答えを出していくためには、データの収集、利活用などに問題が残されている。地域の課題解決に、最新技術、データをうまく組み合わせることができれば、人に心地よい社会が実現しそうだ。

データ駆動型社会の課題は何でしょうか。

 スマートシティに必要なデータはそれぞれの分野の企業や自治体が持っていることが多く、そのデータをオープンデータ化して活用していく必要がありますが、越えなければならないハードルも非常に高く、個人情報保護などの問題には慎重な対応が必要です。個人の秘匿性や高度なセキュリティーを保ちつつ、どうやって個人の行動履歴データなどを活用できるかがポイントです。一つ一つの個人データについては、データ元である各個人の許可の問題もあります。
 有効な仕組みとして「情報銀行」という構想があります。例えば、私の健康データを情報銀行に預け、そこに私の健康データを1000円で利用したいという企業が現れます。私には判断ができないので、情報銀行に利用の可否を任せ、利用者が優良な企業であると情報銀行が判断すれば、利用を許可するというものです。日本でも情報銀行の仕組みが試行的にですが始まろうとしています。
 更には、データを対象地域ごとに切り出して管理し、活用する必要もでてきます。スマートシティでは、特定地域を対象にサービスを行うので、地域限定で様々なデータの管理を必要とします。そのため、地域を特定したデータの収集と管理、活用の仕組みが必要となります。この場合、行政でも企業でもない第三者機関が、データを管理することとなり、そのための仕組みや組織が求められます。

高齢社会にはどのように貢献するのでしょうか。

 地方や大都市圏郊外では高齢化率が40%を超える地域があり、高齢化は深刻です。一般に高齢化に比例して社会保障費など行政の負担は増える傾向にあります。そこで求められることは、高齢者の健康を維持・向上させて、元気な高齢者を増やしていくことです。病気にならないように予防策を講じるには、健康データの活用が有効です。50~60歳代のフレイル(虚弱)対象者を中心に、病気の履歴、食生活、睡眠時間などのデータを解析し、健康を維持するには何が必要かをアドバイスできます。そのためには個人データを食生活や睡眠時間などの生活習慣のデータなどとリンクさせることも必要です。
 一方、懸念されるのは、「デジタルデバイド」と呼ばれる問題です。これは、デジタル機器を使いこなせない人たちがこのような仕組みから取り残され、新たな弱者を生み出してしまうのではないかということです。その点は、議論が十分になされていないと思います。技術を導入することばかりが先行してしまっている現状があります。スマートシティは工学系の人が活躍する世界だと思われがちですが、それは古い考えであり、ぜひ、文科系の研究者にも議論に加わってもらい、知恵を出していただき、「Society5.0」のあるべき社会像を共に描いていければと思っています。

【柏の葉地区のジオラマ】

注目されそうなスマートシティのモデルはありますか。

 2025年の大阪万博とその後の都市開発で、スマートシティのモデルを創って頂きたいと思います。関西の経済界でもそのような考え方をお持ちで、都市OSの実務者検討ワーキンググループ(WG)の立ち上げの際にお声掛けいただきましたので、私も少し提案させていただきました。万博の会場となる夢洲(ゆめしま)の広さは390ヘクタールで、六甲アイランドなどに比べてやや小ぶりの人工島です。橋とトンネルにより大阪市街地と行き来するので、夢洲に出入りする人やモノを管理しやすいと思います。管理しやすいということは、スマートシティに適していると言えます。イベントへの来場者が一気に押し寄せると、交通渋滞が発生してしまうという問題もありますが、交通渋滞解消はデータ駆動型の力が発揮されるべき分野ですし、非住居系のスマートシティのモデルを示していただきたいと思います。
 大阪で期待したいのは、情報銀行やデータ流通の仕組みづくりです。商人の街、流通の街として有名な大阪が、モノの取引からデータの取引へと流通の対象を広げることでスマートシティの先進地になっていただきたいとも思います。更地から開発が進む夢洲は、新しい仕組みや技術を導入するには適した場所だと思いますし、ぜひデータ活用の仕組みづくりにも挑んでいただきたいと思います。

スマートシティの難しさは何でしょうか。

 データ駆動型社会は、データの読み方を間違えると社会を誤った方向に向かわせる可能性があるので、そこは注意を要します。また、市民にもデータを読み解く力や判断力が必要となります。いわゆる「情報リテラシー」ですね。例えば、ある地域で犯罪が急増したというデータが示されたら、その事態をどう考えるか見方が分かれます。犯罪が増えた地域に「警察官を増やそう」というデータとして捉えるのか。それとも「なぜ犯罪が増えたのか。まず犯罪が増えた要因をしっかり把握しよう」というデータとして考えるのか。持続性やコストなどを踏まえた最適な解決方法を目指すためにデータを活用する上で、大学も情報リテラシーの教育で貢献していく必要があるでしょう。

スマートシティは人に心地よい社会を実現できるのでしょうか。

 人は多様であり、一人一人何が心地よいと感じるか異なります。若い人の嗜好の多様化は言うまでもなく、職場で快適と感じる室温も個人差がありそれぞれ違います。スマートシティは環境負荷低減などの社会課題や地域課題の解決を進めながら、このような多様性にどこまで対応できるのかが課題と言えます。
 そこで、何に暮らしやすさ、心地よさの指標を求めるかということになりますが、私が注目するのは、「可処分時間」という指標です。端的に言うと、可処分時間を妨げる要因が少ない社会を目指すべきではないかということです。例えば、通勤通学時間を短くする仕組みや快適にする方策が必要です。満員電車で立ちっぱなしで片道1時間以上かけて通勤通学する人にとって、それは我慢の時間でしかありません。一方で、自動車通勤で渋滞に巻き込まれる人の車が自動運転であったらどうでしょうか。自動車に乗っている時間に好きな読書ができれば「可処分時間」として過ごすことができますね。スマートシティの実現は、時間の使い方を転換してくれる可能性があると思います。(了)

 建築家・隈研吾氏は、これまでのコンクリートの建物だけでなく、木材などの素材を取り込んだ建物も、スマートシティとは親和性があるとした持論を語った。アクセンチュア・イノベーションセンター福島の中村彰二朗氏は、東日本大震災後に福島県会津若松市に移住し、高齢化や人口減少などの問題を地元の行政や大学と協力しながら、ITによる解決を紹介した。東京大学の出口敦教授は、人の多様性への対応が問われている中、スマートシティの実現は一人一人の可処分時間の増大など、時間の使い方を転換してくれると締めくくった。
 次回のテーマは「新たな道路の活用法」です。道路の目的は、自動車交通を主としてきた考え方から、人の目線で使う場所としてとらえる考え方へと変わりつつあります。こうした新発想について考えます。(Grasp編集部)

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