トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.5

"データ大流通時代"、オープンデータは起爆剤となるか?

官公庁が保有する気象や地理空間データなどのビッグデータをオープン化する動きがある。こうした動きは、新たなビジネスの創出や人々のくらしの快適性や経済活動、社会活動を飛躍的に向上させる起爆剤となるか。自動運転、MaaS、建設分野のIT化、物流革命などへの活用等、オープンデータの促進が社会、経済、産業にもたらすインパクトやビジネスチャンスについて識者に聞く。

Angle A

前編

地図を進化させる登山者の足跡

公開日:2019/3/19

株式会社ヤマレコ

代表取締役

的場 一峰

国や公共機関の持つデータを民間に開放し、その利用によって新たなビジネスを生み出そうというオープンデータの動きが世界的に加速している。ここに大量データを解析するビッグデータ技術を組み合わせることで、より高度なサービスや製品を生み出すことも期待できる。そうした先駆的な取り組みの一つが、デジタル地図に登山を組み合わせたヤマレコ(長野県松本市)のサービスだ。創業社長である的場一峰氏に、新たなビジネス創出とオープンデータの利用方法を聞いた。

登山とオープンデータというのは意外な組み合わせのように思います。

 「私は民間企業でネットワークの研究をしていました。ルーターやファイヤーウォールとか、論文も書いていました。一方で大学時代にワンダーフォーゲル部に入り、そこから本格的に登山に取り組みました。3,000メートル級の一般的な登山をやっていたので、まあ中級ぐらいでしょうか。会社員になっても土日は休めるので、金曜日に山の用具を持って出社して、ちょっと早めに退社して山に行くとか、そんなことを続けていました」
 「大学を出てからも山の仲間が欲しいので、地元の山岳会に入りました。若い人が中心で、会員は60~70人ぐらい。そこで年に何度か発行する会報の係になったんです。技術的に上位の人は講師をやったりするんですが、会報なら楽そうだなと(笑)」

紙の会報ですよね?

 「はい。会員から登山の感想と写真を集めて、ワープロソフトで編集して印刷していました。それも面倒だなあ、自動的に会報作れるシステムが作れないかなあと仲間と話をして、趣味でプログラムを組んでいたので、実際にやってみたわけです。インターネット経由で感想や写真を載せていって、あとはきれいに整形して印刷するだけというシステムを作りました。それが2003年ぐらいです」

今だったらブログなど手軽なサービスがありますけど、その当時にネット上で写真を共有するのは珍しかったのでは?

 「まだSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が立ち上がったかどうかという頃です。ネット上で望むようなサービスは提供されていないので、自宅のパソコンを24時間稼働させて、山岳会の会員みんなが使えるようにしました。ホームサーバですね。最初は情報が少なかったのですが、定着してくると数百も情報が集まる。冊子にはできないのでCD-ROMに焼いて配布しました。会員がアクセスして日付を指定すると、登山の感想と写真がダウンロードできるようなウェブ上での利用も可能でした」
 「ある程度、使ってもらえるようになって、こうした情報は山の中でとても価値があることを再認識しました。例えば今、山の上の方で雪がどれくらい積もっているか。雪が少なくて一度、溶けて固まるとアイスバーンになって滑落の危険があります。逆に雪があって、少し前に人が歩いてラッセルしてくれていると、その後をトレースすると歩きやすい。じゃあ今なら行けるぞ、となる。あるいは春から夏にかけて、高山植物が咲き始める。その見所の情報とか。そういうものを山岳会の中だけで共有しているのは、もったいないなあと思っていました」

【自前プログラムからビジネスへ】

オレンジ色で表示されているのが「GPSの軌跡」。登山道がよく分かる(ヤマレコ提供)

少人数だと得られる情報も偏ります。

 「人気の山っていうのがありまして、関東の山岳会ですから、八ヶ岳なんかは毎週のように誰かが行っている。そこら辺の情報は得やすいです。そうでないところは、せっかく記録を残していてもあまり役に立たない。あと他の山岳会の会報も回ってきて、どの山で、どんな岩場があって、何が危険かといった情報は参考になるし、読み物としては楽しい。けどリアルタイム性はないわけです」
 「最初はうちの会報も『あいつはあそこに行った』なんてことを見て楽しむ位の感じでした。けれど情報が集まると、別の役割が出てくる。もしこれを日本中の人が使うようになったら、全然違う世界が見えるんじゃないかな。そんなことを漠然と考えました。誰が使うか分からないけれど、一般向けにやってみようと始めたのが『ヤマレコ』です。山岳会の仲間に断って、システムをそのまま移行しました。最初は本当に写真と感想を書くだけからスタートしました。2005年のことです」

最初はビジネスではなかった?

 「私の小遣いでやってました。会費もなし。ただの趣味です。会社の昼休みにプログラムを組んだり、自宅のサーバーを増強したり。子供がケーブルを引っこ抜いてサービスが止まったこともあります。SNSを明確に意識していたわけではないですが、皆さんが集まってくるものにしたいなと思っていました。ただなかなか人が集まらなくて最初の5年間ぐらいは2,000人まで行くかどうか。少しずつ口コミで増えていきました」
 「一部有料のサービスをはじめたのは、写真がきっかけでした。皆さん山には素敵な一眼レフカメラを持って行って、たくさん写真を撮影する。それを全部『ヤマレコ』に掲載したい。そうなったら自宅サーバーでは容量が全然、足りないんです。仕方ないので一定以上に写真を掲載したい人は有料会員になるようお願いしました。ビジネスとして起業しようと考えたのはさらに後で、2013年です。その頃にはウェブサイトの広告収入と有料会員の会費で、生活費くらいは稼げるようになっていました。だから経済的なリスクがあまりない状態で起業できました。サーバーもやっと家の外に出せました(笑)」

急成長したきっかけがありましたか。

 「特にないというのが実感です。ただ思い当たるのは、登山という趣味は高齢の方が中心なんです。だから2003、04年ごろは、サービスを使ってもらいたい人はパソコンが使えなかった。それから10年ぐらいたって、パソコンを仕事で使っていた団塊世代が社会人を引退して山登りの機会が増えた。それで『ヤマレコ』が使われるようになったかなと思います。40歳後半から60歳ぐらいが会員のボリュームゾーンなのですが、これは登山を趣味にしている年齢層の中では若干、若いですね」

なるほど、デジタルデータの利用環境が広がったわけですね。現在の会員向けのメーンコンテンツは何でしょう。

 「写真と、GPS(全地球測位システム)の軌跡です。昔からGPSはあったんですが、山登りに持っていく人は少なかった。ただGPSのログ(記録)が標準化され、専用機が安く入手できるようになって、それに私が興味を持ったんです。面白そうだなって」

まとば・かずみね 1977年千葉県生まれ。2001年富士通研究所でネットワーク技術の研究員として研究開発に携わる。2011年9月から1年間、米国 スタンフォード大学 Visiting Scholarとしてモバイル端末によるメッセージングサービスの基盤およびアプリケーションの研究開発に従事。2005年から登山に特化した全国規模のコミュニティインフラを目指したウェブサイト「ヤマレコ」を立ち上げる。2013年7月法人化し、株式会社ヤマレコ創業。代表取締役に就任(現任)。ヤマレコは2015年本社を東京都から長野県松本市へ移転した。
インタビュー一覧へ

このページの先頭へ