トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.44

足元に宝の山! 循環型社会を実現する下水道資源

下水道の主な役割といえば、汚水を処理場で浄化し、川や海に戻すことなどを思い浮かべる方が多いと思います。
しかし、近年はそれだけにとどまりません。栄養豊富な処理水、有機物を多く含む汚泥、発電利用が進むバイオガスなど、汚水の処理過程で発生するさまざまな資源やエネルギーが、循環型社会を実現する鍵として注目を集めているのです。
今回はその中でも「下水道資源の農業利用」にフォーカスし、下水道の持つ高いポテンシャルに迫ります。

Angle C

前編

自治体×農家で下水汚泥肥料のイメージをアップ

公開日:2023/5/9

北海道岩見沢市

農業基盤整備課長

斎藤 貴視

汚水や雨水を浄化し、川や海に戻す役割を担う下水道。実は、その処理の過程で熱や水、下水汚泥(※)といった有効活用できる資源を生み出しています。中でも下水汚泥には窒素、リン酸などの栄養が含まれ、肥料として豊かな土壌の形成に有効です。その下水汚泥の農業利用を積極的に進めてきた自治体のひとつが北海道の岩見沢市。前編では、下水汚泥肥料普及の過程や現在の利用状況について、岩見沢市農業基盤整備課長の斎藤貴視さんにお話をうかがいました。
 ※下水内の汚れなどを養分にして繁殖した微生物の固まりを、処理工程で下水中から取り除き、発酵させて脱水・乾燥させたもの。

岩見沢市が下水汚泥の農業利用に取り組まれた経緯について教えてください。

 現在、下水汚泥から肥料を作っている南光園処理場は1973年に市内に設立されました。当時から「下水道の汚泥は栄養があるので何かに利活用したい」という考えはあったらしく、「田んぼの真ん中に作ったのだから農業で使うのが自然だろう」という流れだったようです。1975年頃から試験を始めたという記録が残っており、1978年より下水汚泥肥料が使用されるようになりました。当時は下水道の普及率が低くて下水汚泥の発生量も少なかったので、少数の農家で使っていました。

南光園処理場

少数とはいえ、そんなに早くから肥料として使われていたことに驚きました。

 下水道ができる前は、し尿は肥溜めを通じて農業利用されていましたから、肥料として優れているだろうということは経験的にわかっていました。1985年に「下水脱水汚泥緑地有効利用協議会」という農家の方たちの研究会が立ち上がり、石灰を足したり、粒状にしようとしたりと、改良を試みていきました。

下水汚泥は産業廃棄物ですよね。農業利用するには資格などが必要なのではないですか。

 通常は産業廃棄物処理業には許可が必要ですが、1994年4月から、確実に再生利用する事業者であれば、各都道府県知事が指定することで、許可が無くても再生利用が可能になりました(※)。そこで、「再生利用事業者」となる団体が必要ということで、「下水脱水汚泥緑地有効利用協議会」から「岩見沢地区汚泥利用組合」を作りました。この組合員の方たちが主体となって、下水汚泥を肥料として再生利用するようになりました。
 ※再生利用されることが確実である産業廃棄物のみの処理を業として行う者を都道府県知事(保健所設置市にあっては、市長)が指定し、産業廃棄物処理業の許可を不要とするもの。

岩見沢地区汚泥利用組合についてもう少し詳しく教えてください。

 岩見沢地区汚泥利用組合は事務局が市役所の下水道課なので、岩見沢市役所と一体的なものといえます。下水道課が「再生利用業」の申請を一括して行うため、利用者は個別での申請が不要となり利用促進にも繋がっています。下水汚泥肥料を入手できる農家は、組合員だけです。岩見沢市農家戸数約880戸のうち1割強が加入しているという状況です。

岩見沢市は、2010年には下水汚泥を乾燥した乾燥汚泥(※)も、条件や規格をクリアして、肥料として使用できるようになりました。下水汚泥肥料は順調に普及していったのでしょうか。

 ところが、そうそうスムーズにはいかなくて。人口が増え、下水道が整備されてくると、今度は大量の下水汚泥が出るようになりました。少数の農家だけでは使いきれず、私が着任した2010年頃には、下水汚泥肥料が余るようになっていました。
 ※下水汚泥を乾燥したもの。重量を1/5程度に減少できるため、産業廃棄物の削減にもつながる。

南光園処理場の汚泥脱水機と脱水ケーキ

新たに「下水汚泥肥料を使いたい」という農家は増えなかったのですか。

 南光園処理場の敷地を埋め尽くさんばかりの在庫を引き取ってもらおうと、まだ下水汚泥肥料を使っていない農家をまわったのですが、「下水」というネガティブなイメージを懸念されている方が多かったです。「肥料として良いのはわかるが、消費者や集荷先機関が嫌がるのではないか」と。
 また、引き取ってもらえないもうひとつの理由として、「使いたいけど、使えない」ということもありました。脱水ケーキは粘度が高いため、散布するには専用の機械が必要なのですが、この機械が高価なのです。農家の皆さんも、化学肥料を撒く機械は持っていましたが、脱水ケーキを撒く機械は持っていない。借りるにしても高くついてしまう状況でした。

良い肥料であっても、実際に使ってもらうにはいろいろなハードルがあったわけですね。

 そこで、まずは下水汚泥肥料の効果を農家の方々に体感してもらおうと、南光園処理場の敷地を使って玉ねぎや人参、じゃがいもを作り、農家に配って歩きました。食べた農家からは好評価をいただき、「肥料を引き取っても良い」と言っていただいたりもしました。

散布できる機械が無いという問題はどうやってクリアしたのですか。

 岩見沢地区汚泥利用組合の組合長(当時)である峯淳一さん(後半のインタビューにてお話をお聞きします)が脱水ケーキを散布する機械を購入し、ご自分が使うついでに他の農地にも撒くことを提案してくださいました。そこで、岩見沢市からの委託業務として経費を一部市が負担することにし、希望農家に無料で散布をすることになりました。
 市の無料散布を周知するために、機械を持っている地元の建設業者に協力してもらってデモンストレーション的に撒くこともありましたよ。それにより、「市が無料で撒いてくれるのだったら、うちもやってみようか」と、関心を持つ農家が出てきました。
 その後、峯さんの活動が地元の新聞で取り上げられ、「下水汚泥肥料で良い作物ができる」「市が無料で散布」「市民にもサンプル配布」というような報道がされました。この報道のインパクトが大きくて、直後から農家や一般市民の方から「下水汚泥肥料を分けてほしい」という問い合わせが来るようになりました。これが2013年のことで、明らかに潮目が変わりましたね。

堆肥を粉砕し、農地に均一的に散布する車。マニュアスプレッダー。脱水ケーキの散布でも活躍している。

岩見沢市と岩見沢地区汚泥利用組合が協力して課題を解決してこられたのですね。現在は、下水汚泥肥料はすべて農地に還元されているとか。

 現在、市内には下水処理場が5つありますが、そのうち4箇所の汚泥は南光園処理場に集約し、脱水ケーキにしてすべて農地に還元しています。残りの1箇所は産業廃棄物として市外の肥料業者に引き取ってもらっていますが、それも間もなく南光園処理場に集約する予定です。そうなると、市内で発生した下水汚泥は、肥料として100%市内の農地に還元されることになります。

下水汚泥肥料の農家への提供量はどのくらいになるのでしょう。

 脱水ケーキの出荷が年間約2000tで、脱水ケーキを乾燥させた乾燥肥料が年間約300t、合わせて2300tですね。これらを無料で農家に提供し、撒くところまで市が手伝っています。すべて撒くと300haの農地をカバーできる計算なのですが、組合員の農地をすべて合わせると3000haになるので、現在、下水汚泥肥料は余るどころか不足している状況です。2300tに対して毎年倍以上のオーダーが入っており、提供まで時間をいただいています。余っていた頃からするとありがたい反面、思うように提供できず、農家の方々には申し訳ないです。

農家の方のニーズに応えるための方法は、何かあるのでしょうか。

 今後、十分な量を確保するには他の地域との連携も必要だと思います。岩見沢市で作った作物の多くは東京のような大都市で消費されるわけですから、大都市の下水道資源をこちらに戻してもらえたらと考えています。東京では下水汚泥は焼却処理された後、埋立て処分にされることもあるそうで、私たちから見ると非常にもったいない。大都市の下水肥料を地方に送ってもらえれば、それを肥料に作物を育て、出来た作物を大都市に送って消費してもらうという循環が生まれます。大都市の下水道資源を地方へ戻す仕組みを全国規模で展開してもらえるとありがたいです。

さいとう・たかみ 岩見沢市農業基盤整備課長。1995年に岩見沢市に入庁し、下水道の建設や維持管理などに従事。2010年からは下水汚泥の農業利用を推進。2016年に農政部へ異動し、その後、農業基盤整備課長に着任。これまでの経験を活かしながら、さらなる下水汚泥の農業利用促進に取り組んでいる。下水道資源の活用に関する記事・論文など多数。
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