トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.44

足元に宝の山! 循環型社会を実現する下水道資源

下水道の主な役割といえば、汚水を処理場で浄化し、川や海に戻すことなどを思い浮かべる方が多いと思います。
しかし、近年はそれだけにとどまりません。栄養豊富な処理水、有機物を多く含む汚泥、発電利用が進むバイオガスなど、汚水の処理過程で発生するさまざまな資源やエネルギーが、循環型社会を実現する鍵として注目を集めているのです。
今回はその中でも「下水道資源の農業利用」にフォーカスし、下水道の持つ高いポテンシャルに迫ります。

Angle A

前編

江戸のトイレ事情から循環型社会を知る、前代未聞の青春時代劇

公開日:2023/4/24

映画『せかいのおきく』 脚本・監督

阪本 順治

2023 年 4 月 28 日(金) GW 全国公開の『せかいのおきく』は、日本映画に新たな一石を投じ続けてきた阪本順治監督の最新作です。世界から開国を迫られる幕末期を背景に、江戸の街で長屋住まいをする武士の娘おきく(黒木華)と、下肥しもごえ買い(※)を生業とする中次ちゅうじ(寛一郎)と矢亮やすけ(池松壮亮)が織りなす青春物語を、当時のリアルなトイレ事情=「循環型社会」を大胆に交えて描きます。
 ※人の排泄物を買い取り、農家に売る仕事。

なぜ、下肥買いの青年たちを主人公にしたのでしょうか。

 長年、一緒に映画を作ってきた美術監督で本作の企画・プロデューサーの原田満生が「YOIHI PROJECT」(※)を起ち上げました。これは、気鋭の日本映画製作チームと世界の自然科学研究者が連携し、いろんな時代の「良い日」に生きる人間の物語を「映画」で伝えていくプロジェクトです。3年前、原田が「SDGsや循環型経済をテーマに映画を作りたい」と企画書を持ってきました。グローバルで啓蒙的な話は私の手に負えないと思いましたが、資料に「西洋に先駆けて、日本の江戸時代にはすでに循環型経済が成立していた」とあったのが気になりました。江戸時代の食と糞尿のサイクルを核にした時代劇ならば興味があるし、撮ってみたいと思いました。そんな経緯から『せかいのおきく』が始動し、「YOIHI PROJECT」第一弾の作品となりました。
 そういう経緯なので、下肥買いの青年たちを主人公にするのは、ごく当然の成り行きでした。排泄物をあれだけスクリーンで見せたのは初めてかもしれません(笑)。でも、循環型経済だった江戸時代の食と糞尿のサイクルをやるのに、直接的描写をしないわけにはいかないじゃないですか。「汚い」と嫌悪する人もいるだろうけど、もう、そんなの「糞くらえっ!」です(笑)。どうせやるなら、大胆にやろうよと。まあ、少し描写の回数は多かったかもしれないですけど。これはある意味、昨今のなんとなく大人しい映画界に対する僕なりの挑戦でもあります。
 ※気候変動や地球環境の危機が叫ばれる中で、100年後の未来の子孫に映画を楽しむ「良き日」が訪れることを願ってクリエイターや俳優が集結、様々な時代や地域に生きる人間を物語として描くプロジェクト。『せかいのおきく』(2023年4月28日全国公開)はその劇場映画第1弾。

下肥買いの中次と矢亮は江戸で糞尿を買い、肥料として農村に届ける。

排泄物を活用した循環型社会が日本では近年まで身近なものでした。江戸の街も、当時、100万人都市でエコ社会であったと言われています。

 よく調べてみると、当時は化石燃料もなかったし、都市部では動物を食す機会が限られていた。食生活は基本的に農作物と魚で成り立っていたわけです。では、農作物を育てるための肥料はどうするかというと、馬糞とかも使っていたようですが、人の糞尿をもっぱら肥料にしていた。まあ、そうせざるを得ない時代だったんでしょう。
 何がすごいかというと、西洋では川に捨てたり、あるいはお金を払って引き取ってもらっていたりしていたのに、日本では金がもらえる、つまり、ビジネスとして成立していたということです。厠(便所)から糞尿を汲み取ってお金を支払い、それを農家に運んでお金をもらい、畑に撒いて、帰りに農作物を受け取って、それをまた売って、底辺の民が生計を立てていた。そんな食と糞尿の経済サイクルが出来上がっていたことにまず驚きましたね。
 あるものは全部使い切るエコな社会だから、長屋の住人に修繕屋さんとかも多いわけです。石橋蓮司さん演じる樽や桶の修繕屋(たが屋)とか、傘の修繕、下駄の修繕をする人もいる。何でも「捨てる」という発想ではなく、必ずそこにリサイクル、リユースを担う職人がいて、モノを再生させて大事に使っていた。それはたぶん資源もなく、貧しい人たちの知恵がそうさせたんだとも思うし、日本人らしく手先の器用な人が多かったということかもしれません。

下水道普及率は年々増加し、令和3年度末時点の調査 では80.6%(下水道利用人口/総人口)となっています。下水道処理システムも飛躍的に進化していますが。

 私の子どもの頃は畑に肥溜めがありました。トイレはボットン便所(汲み取り式便所)でバキュームカーが回収に来る、それが日常風景でした。糞尿を活用した循環型農業は戦後しばらくまでは身近だった。それが今では水洗トイレが当たり前でお尻の洗浄はシャワー式です。もはや人々の暮らしの中で他人の糞尿はもう目にしなくて済むものになっています。こういう生活様式が生まれる時って、汚いもの、臭いものが避けられるんだったら、避けましょうって考えるところからだと思います。それは確かに便利だし、衛生的で健康的なのかもしれないけど、その延長上に、人と人の関係性において、何かいびつな考え方が生まれてしまう可能性もあると思うんですよ。うまく言えないですけど、汚いとか、臭いとか、貧しいとか、そういう差別とか格差も含めて、見た目で相手を下に見るとか、遠ざけることにつながる気がします。
 糞尿に関してだけでなくて、例えば、80年代中頃かな、いわゆる健康ブームがあって、スポーツジムがあちこちにできて、この食べ物は体にいいとかが話題に上り始めた。また、必要以上に消臭とか除菌に神経質になったり、そういう志向が、豊かさの裏返しにあって、人間を二分するような状況が生まれた。自分の体の中にあったものなのに排泄物を過剰に遠ざけるということは、無意識に自分とは異質の人を遠ざけることにつながってしまうような気もします。ちょっと飛躍し過ぎかもしれませんが。

江戸で買い集めた糞尿は、船で矢亮の地元である葛西へ運ばれる。

下水管は地下に埋設されていますから、下水や汚物が人々の目から隠れていることは今や当たり前となっていますが、潔癖過ぎる現代にあって、あえて糞尿を堂々と描いた意図は何ですか。

 言い方を変えれば、汚物が主役っていうことです。忌み嫌われるもの、遠ざけられるものを映画の真ん中にもってこようと。そういうことから、この作品づくりは始まっています。それに伴って必然的に当時の最下層の人間たちを登場させることになりました。多くの時代劇の中に、ちょっとだけ下肥買いが出てくる映画もあるんですが、あえてそれを担う人間を主人公にもってくることで、人間と自然の共生とか、そういうものを描くことができると思いました。

映画『せかいのおきく』2023年4月28日(金)GW全国公開 配給:東京テアトル/U-NEXT/リトルモア ©2023 FANTASIA
脚本・監督:阪本順治
出演:黒木華 寛一郎 池松壮亮 眞木蔵人 佐藤浩市 石橋蓮司
製作:近藤純代 企画・プロデューサー:原田満生
配給:東京テアトル/U-NEXT/リトルモア ©2023 FANTASIA
http://sekainookiku.jp/

さかもと・じゅんじ
1958年、大阪府出身。
大学在学中より石井聰亙(現:岳龍)監督の現場にスタッフとして参加。1989年、赤井英和主演『どついたるねん』で監督デビューし、ブルーリボン賞作品賞など数々の映画賞を受賞。2000年、藤山直美主演『顔』では日本アカデミー賞最優秀監督賞をはじめ、主要映画賞を総なめにした。
主な監督作品には『亡国のイージス』(2005)、『魂萌え!』(2007)、『座頭市 THE LAST 』(2010)、『大鹿村 騒動記』(2011)、『北のカナリアたち』(2012)、『人類資金』(2013)、『エルネスト』(2017)、『一度も撃ってません』(2020)、『冬薔薇(ふゆそうび)』(2022)などがある。
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