トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.40

令和の橋は何をつなぐのか?

インフラとして非常に重要な役割を任う「橋」。その一方で、絵の題材、映画や小説の舞台、観光スポットなどとしても、昔から世界的に人気があります。それは姿の美しさだけでなく、「川や谷などの障害を越え、異なる場所と場所とをつなぐ」という橋本来の役割に、私たちがドラマを感じてしまうからなのかもしれません。人、文化、希望、未来……と、いつの時代もさまざまなものをつないできた橋。令和の今、改めてどんな役割を担うのか、近年課題となっている老朽化の問題も含めて、橋との関わりの深い方々にお話をうかがいました。

Angle C

前編

春吉橋架替事業から見える、橋梁インフラの現在

公開日:2022/12/12

九州共立大学 名誉教授

九州大学 名誉教授

牧角 龍憲(前編)
坂口 光一(後編)

2022年4月、福岡にある春吉橋が新しく架け替えられました。同事業は、国と県と市が一体となり2013年から計画を進めてきた一大プロジェクトです。橋梁の架け替えはどのように行われるのか、春吉橋架替事業の背景や橋梁インフラ維持の課題などについて「春吉橋を核とした空間利活用に関する技術研究会」の委員でもあった九州共立大学名誉教授の牧角龍憲さんにお話を伺いました。

私たちが普段何気なく利用している橋ですが、その維持管理はどのように行われているのでしょうか。

 橋梁や道路は交通の安全に関わっています。落橋事故が起これば甚大な被害を生じさせかねません。落橋までいかずとも、交通量の多いところでは5cmでも道路が沈むと事故が起こりやすくなります。生活の安全を保つためにも道路インフラの適切なメンテナンスが必要で、穴が開いたり、沈んだりといったことがないようにしなければいけません。そのため、各自治体などでは定期的に点検を行い、修繕を通じて橋梁の維持に努めています。

旧春吉橋の点検状況(近接目視)。

私たちが気付かないところで、こまめにメンテナンスをしていただいているのですね。

 ただし、点検の結果、修繕では間に合わない致命的な損傷が見つかることもあります。そのような場合は橋を解体撤去し、架け替えることになります。また、渋滞を解消するために橋を拡幅する、というような理由から架け替えを行うこともあります。
 架け替えとなると、工事中に代わりに使用する迂回路橋も造らなければならず、短くても計画から竣工まで5~6年かかる大事業となります。市民にも不便をかけるため、慎重にタイミングを見定める必要があります。

春吉橋架替事業も、計画がスタートしたのは9年前の2013年でした。

 春吉橋は、その時点ですでに架けられてから50年以上が経過していました。博多湾から1.5kmほどのところにあるため、満潮時には海水が遡ってきて塩害が進行、基礎の部分が木杭で地震に対する耐力にも不安がある状態でした。

春吉橋が架かる那珂川は、2009年の中国・九州北部豪雨で流域に浸水被害が発生しています。そうした水害への対策も今回されたのでしょうか。

 春吉橋架替事業では、治水能力の向上も課題のひとつでした。というのも、春吉橋が架かっているあたりは他よりも川幅が狭く、しかも、春吉橋の橋脚が5本もあることで水の流れるスペースがさらに狭くなっていました。そのため、流れが滞りやすく、満潮と大雨が重なると溢れてしまう状態でした。今回の架け替え工事では川幅の拡大も行っています。また、車線幅や歩道幅も狭かったため、幅員(橋の横幅)も広げています。

単に架け替えるだけでなく、さまざまな課題を解決するプロジェクトだったのですね。

 さらに、春吉橋の下には2020年度開業予定※の地下鉄を敷設する計画もありました。地下鉄の工事が始まってしまうと、地中深くに杭を埋める橋梁工事ができなくなってしまいます。そのため、「架け替えるならこのタイミングしかない」ということで2013年にプロジェクトが始動しました。春吉橋架替事業は老朽化や都市計画など、さまざまなタイミングがちょうどよく重なって実現した事業といえるでしょう。
 ※2023年3月開業に変更。

2022年4月10日(日)、迂回路橋(下)から新しい春吉橋(上)に交通切り替えを実施。

2022年4月に新しい春吉橋の利用が始まりました。以前の春吉橋と具体的にどのような点が変わったのですか。

 橋長については、従来の60.7mから65.2mになりました。あわせて、5本あった橋脚は1本になりました。これらによって川の流れがよくなり、治水能力が向上しています。耐震性能は現在の基準にアップデートされており、鉄筋やコンクリートには海水の影響を削減する加工も施されています。
 また、通常は橋の完成に併せて取り壊される迂回路橋を、完成後も残しました。広場として「賑わい空間の創出※」に役立てようと考えたからで、春吉橋架替事業の大きな特徴といえるでしょう。
 ※多目的広場等の整備を行うことにより、人が集まり、コミュニケーションが生まれるような快適空間を創出すること。「賑わい空間の創出」の取組については、後編にて紹介。

春吉橋架替事業は国・県・市が協同して行ったとか。

 一般的には、どこか一つの機関が担当しますので、国・県・市が協同して行うのは非常に珍しいことです。なぜ、こうした形になったかというと、国にはインフラの老朽化対策という課題があり、県には治水の改善という課題があり、市には地下鉄工事の調整や賑わい創出という課題があり、それらの解決方法とタイミングが一致したからです。三者が協力したからこそ、これだけの架け替え工事が実現できたともいえます。

確かに、必要があるにもかかわらず、橋梁の修繕・架け替えはあまり進んでいないとも聞きます。その理由はどんなところにありますか。

 橋梁の管理体制がまだ十分に整っていないという点が挙げられます。全国には約66万橋※ありますが、すべての橋の状態を把握できているわけではありません。実は、22万橋はいつできたかもわからない状態です。
 ただし、ここ5年で台帳の整備が進められるようになってきました。台帳は橋の病歴や健康状態がわかるカルテのようなものなので、この整備が進めば修繕や架け替えもスムーズに行われていくと考えています。
 ※地方公共団体が管理している橋の数。

ほかにはどのような課題がありますか。

 春吉橋は国・県・市が一体となって事業を行いましたが、市町村だけが事業の主体になる場合、架け替え後の利活用まで踏まえた事業は予算的に厳しいです。昔は道路特定財源※が8兆円あったため、それにより多くの橋が架けられました。しかし、現在ではガソリン税も一般財源になり、道路だけには使えません。予算が少ない中で多数の橋梁を管理し、架け替えていくのは非常に難しいと思います。
 ※自動車の所有者が道路の建設費や維持費を負担する道路特定財源制度によるもので、財源はガソリン税や自動車重量税。2009年に廃止。

架替事業に携わる人材の不足も指摘されています。

 設計施工にあたる人材の不足もさることながら、市町村合併による役所のスリム化もあり、土木に携わる自治体の職員がいません。ただ、最近では各自治体の職員同士が連携する動きが出てきており、橋梁の維持管理に必要なナレッジが共有されるようになってきました。一つの自治体だけでは難しくとも、協力することで課題を解決する方法がこれから考えられていくのではないでしょうか。

橋をめぐって、市町村同士のネットワークが生まれてきているということですか。

 将来的には、自治体の壁を越えたかたちでのインフラの維持管理が行われるようになるのではないかと考えています。
 また、昨今は、プロの職人でなくともDIY感覚で簡単に修繕が行えるようにもなってきています。自治体職員が調査ついでに修繕する、といったことが可能になってきた。国としてはこうした自治体の取り組みをサポートするような制度設計が求められるようになるでしょう。

インフラの老朽化に対応するために、国や自治体は今後、どんな取り組みをするべきだと思われますか。

 「50年経っても丈夫な橋は何が違うのか」を分析すべきだと思います。橋にとって健康な状態とはどういう状態なのかを明確にするわけです。そこが十分に理解できていないと、維持管理に時間やお金を無駄に費やすことになりかねません。今一度、橋に必要な耐久性などの基準を検討し、持続可能な橋とはどのようなものかについて議論することが重要であると考えています。

限られたリソースで橋を維持管理していくには、基準の明確化が必要だと。

 老朽化ということが盛んにいわれていますが、大半の橋は意外と傷んでいないんですよ。「傷んでいるから修繕しないといけない、だからお金と人材が必要」とリソースを確保するのは重要ですが、あまりに「傷んでいる、傷んでいる」といって利用者に余計な不安を与えるのは良くないです。利用者に安全性の根拠を明確に伝え、安心してもらうことも大切だと思います。

(向かって左から)
まきずみ・たつのり 九州共立大学名誉教授。専門分野は鉄筋コンクリート構造、建設マネジメント。防災ドクターや土木プロジェクトの問題解決など、インフラに関わるさまざまな社会活動にも従事している。著書・訳書に『九州橋紀行』(西日本新聞社)、『土木用語大辞典』(技報堂出版㈱)、『斜張橋の設計と施工(翻訳)』(九州大学出版会)、『ブロック工法によるPC橋の設計と施工(翻訳)』(九州大学出版会)などがある。
さかぐち・こういち 九州大学名誉教授、一般社団法人イドビラキ代表理事。専門は感性価値に基づく産業政策。都市工学をベースとし、地域の総合計画や産業政策などに携わる。著書に『感性・こころ―自分らしい自分をつくるもうひとつの知をひらく』(亜紀書房)がある。代表理事を務めるイドビラキでは、「ひと・もの・まち玄気製作所」をコンセプトに、九州の焼酎を国内外に発信していく『SHO-CHUプロジェクト』などを展開している。
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