トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.39

デジタルは日本の救世主足り得るか?

コロナ禍以降、日本でも急速に進み始めたデジタル化。今やキャッシュレスオンリーの店舗もあり、テレワークが基本の企業も続々と増えています。こうした流れを受け、国土づくりの指針となる新たな国土形成計画の検討を進めており、今年7月に公表した中間とりまとめでは、東京一極集中の是正や地方から全国へのボトムアップの成長に向け、「デジタルの徹底活用」を挙げています。とはいえ、具体的にどう活用すれば良いのか、悩んでいる人も少なくないはず。そこで、一足早くさまざまな課題にデジタルを用いて取り組んでいる方たちにお話をうかがいました。

Angle C

前編

“分ける”から“兼ねる”へ。デジタル化が変えるサービスの仕組み

公開日:2022/11/1

国土審議会計画部会委員 東京大学未来ビジョン研究センター客員教授

西山 圭太

地域の整備、交通、環境や景観など、国土に関わる幅広い分野の政策についての方針を定める際の指針となる「国土形成計画」。現在の国土形成計画は2015年に策定されたもので、2023年に予定されている新たな国土形成計画策定に向けて、2022年7月、「中間とりまとめ」が公表されました。当初と比べて特に強く訴求されたのが「デジタルの徹底活用」です。中間とりまとめの背景や日本のデジタル化の現状について、国土審議会計画部会のメンバーでもある西山圭太さんにお話を伺いました。

そもそも、「デジタル化」とはどういうことを言うのでしょうか。

 デジタル化とは、コンピュータで人間の課題を解くことです。物事を0と1で処理するコンピュータが理解できることと、人間が解いてほしい課題との間に昔はすごく距離がありました。その溝を埋めて距離を縮めたのが今の状態で、たとえば、知りたい情報も人に聞くよりネットで検索した方が早い。日常的なこの行為も「デジタル化」です。

2015年に策定された「国土形成計画」では、ここまで強くデジタル化について言及されていなかったと思います。何か変化があったのでしょうか。

 従来は、デジタルというとサイバー空間の話が中心でした。サイバー空間の外側は基本的に関係なく、自動車も工場も人が動かしているから「デジタルではない」と。しかし、物理的なモノもどんどんデジタルで制御されるようになり、たとえば、自動車は自動走行、工場はスマート工場が登場するようになりました。つまり、いろいろなモノがソフトウェアで動かされるようになってきたわけです。「サイバー・フィジカル融合(※)」と言われるもので、デジタル空間と物理空間の垣根がなくなっているのが、現在のデジタル化の特徴といえます。
 ※現実空間のデータをサイバー空間で再現し、データを収集・解析して現実空間にフィードバック。それによりサイバー技術とフィジカル技術との融合を図る。

※国土審議会第4回計画部会(2022年1月27日)資料2「西山委員資料」から
*上図にある「Reconfigurableになる」とは、ビジネスのかたちを柔軟に再構成できるようになることを言います。

新しい国土形成計画を考える際には、その変化を踏まえる必要があるということですか。

 昔の国土形成計画は、どちらかというと「重いもの」から先に規定され、「軽いもの」を上に乗せていく形になっていました。まず国土があって、その上に高速道路や新幹線といったハードなインフラを整備する。それを前提として工場を作り、オフィスを作り……といった具合です。
 ところが、サイバー・フィジカル融合の世界では、ソフトウェアによってハードウェアが決まります。自動走行であれば、ソフトウェアの制御が最初に決まり、それに合った自動車の物理的な設計が行われる。「軽いもの」が「重いもの」を規定するわけで、これまでとはベクトルが逆になります。

真逆の発想が求められるわけですね。

 もうひとつ重要なのは、データとデジタルを使うと、サービス自体の仕組みが変わるということです。デジタル化の本質は、今あるサービスをデジタルで代替することではなく、デジタル化によってサービス自体を変えていくところにあります。どう変わるかというと、サービスが「横割り」になります。というのも、デジタルは根本的に横割りで複数の課題を解決する技術だからです。パソコンを考えるとわかりやすいかもしれません。共通のハードウェア、OSなどがあって、その上で個別の課題に応えるアプリケーションがあります。

「デジタルを使うとサービスの仕組みが横割りになる」というのはどういうことですか。

 ラーメン屋で例えてみましょう。各々の店に独自の特製ラーメンしかない状態が縦割りに当たります。しかし、ラーメンを麵の種類、脂の加減、スープ、トッピングなどの要素に分解すると、それぞれが横割りのレイヤーになりますね。それらのパラメーターを設定すれば、容易にありとあらゆる組み合わせのラーメンを作れる新しいサービスができる。これがデジタル化の発想です。

業務を分解してレイヤー化することが効率化につながる、ということでしょうか。

 私が所属している株式会社経営共創基盤(IGPI)では、過疎化で経営が悪化している公共交通機関の再建のため、複数の交通事業者が参画する「株式会社みちのりホールディングス」を運営しています。そこでも業務をレイヤー化し、各社でレイヤーを共有することで課題解決を目指しています。その試みのひとつが、バスの運行への「ダイナミックルーティング」の導入です。簡単に言うと、乗客の都合に合わせて、オンデマンドでバスの走行ルートを決める仕組みです。
 従来の路線バスは走行ルートと時刻表があらかじめ決まっていましたが、ダイナミックルーティングでは乗客が専用アプリや会員用サイトから希望する乗車場所、降車場所、乗車希望時間などを登録します。予約状況に合わせてAIが最適なルートとスケジュールを組むため、効率的な配車、運行を実現できるわけです。

つまり、需要の無いルートは走らないし、需要があれば従来と違うルートでも走るわけですね。

 地域によっては路線バスと並行して病院の送迎バスやスクールバスまで走っていますが、人口が減少しているわけですから、どこも経営が苦しいです。それぞれが別個に運営していると、もともと少ない乗客をさらに分散させてしまい、非効率な経営になってしまいます。
 ダイナミックルーティングなら、その時の乗客のデマンドでルートが変わりますから、路線バス、スクールバス、病院の送迎バスと分けずに、全部兼ねれば良い。通学の多い時間帯は学校へのルートを走れば良いし、通院の多い時間帯は病院へのルートを走れば良いわけです。わざわざ3つのバス会社を作って、別々のバスを所有して走らせる意味はないということになります。

乗客としても、ダイナミックルーティングの方が便利そうです。

 これが進めば、今度は「荷物の配送や集荷も一緒にすれば良い」となる。オンデマンドでルートが変わるなら、荷物を受け取りにも来てもらえるので、いわゆる貨客混載もできるようになります。これが、サービスの仕組みが横割りになるということです。旅客輸送と貨物輸送という複数のサービスを「輸送」という横割りで兼ねていくわけです。
 路線バス、病院の送迎バス、スクールバス、あるいは乗客と貨物の輸送とを別々に「分けて」運営する従来の形が縦割りのサービスの在り方です。横割りにして、サービスを「兼ねる」形に変えるのが、デジタル化なのです。

すでに便利なツールがあるなら兼ねれば良い、わざわざ固有のツールは必要ないということですね。

 貨客混載で運ぶのであれば、バスとトラックを分けて作る意味もなくなってきます。乗客と貨物を分けて運ぶことが前提にあるからああいう作りになっているので、分けるのではなく兼ねるのであれば、また別のかたちの乗り物もあり得ます。乗り物が変われば、道路の造りも変わります。まさに、「軽いもの」が「重いもの」を規定していくわけです。

日本は諸外国に比べて「デジタル化が遅れている」と言われています。日本のデジタル化が進まない理由はどこにあるとお考えですか。

 デジタル化が進まないのは、縦割りの思考から脱却できないことだと考えています。知識の問題というよりは気づきの問題です。知識を増やしたからどうなるというものではなく、「今までとこれからの考え方は違う」ということを理解する必要がある。それさえ理解できれば知識を活かせるのですが、その気づきなしに知識だけが増えても使い方を間違えてしまうんですね。

なぜ、日本は縦割り思考から抜けられないのでしょうか。

 日本が縦割り思考に陥ってしまうのは、大企業も含めて流動性が低いことに起因していると思います。霞ヶ関が典型的ですが、「経済産業省に入ったら退官するまで経済産業省にいる」みたいな。そうなると、自分の組織のことは詳しくても、横のことはわからないから、どうしても縦割りで発想してしまう。しかも、昔はそれでうまくいっていたため、なかなか変われません。

しかし、横割りで考えなければデジタル化は進まないわけですよね。

 最初にも言いましたが、デジタル技術そのものが内在的に横割りなのです。現代では人工知能の開発が進んでいますが、人工知能というのは、すごくシンプルに言えば、人間の脳を模擬しようとしています。当たり前ですが、人間の脳は横割りです。「自分の脳は○○用にできている」ということはなく、何でも対応できるようになっている。だから、脳を模擬すれば必ず横割りになります。
 これまでは、基本的に物事を縦に分けてきました。業種という区分を見ても、「この企業は貨物、この企業は旅客」みたいに分かれているし、国も企業もすべてそんな風に“分ける”ことをやってきました。しかし、デジタル化が進めば進むほど、“分ける”ではなく、“兼ねる”になっていくと思います。特に日本の場合には、人口減少が理由に加わります。人口が減っている中で病院、交通、教育といった地域に必要な機能を維持するとなると、物も人も臨機応変に役割を兼ねることを志向する必要がある。逆に言えば、それがデジタルが人間に貢献できる大きなポイントではないかと思います。

国土形成計画(全国計画)中間とりまとめ(国土交通省HP)
https://www.mlit.go.jp/report/press/kokudoseisaku03_hh_000236.html

にしやま・けいた 1963年生まれ。株式会社経営共創基盤(IGPI)シニア・エグゼクティブ・フェロー、東京大学未来ビジョン研究センター客員教授、国土審議会計画部会委員。東京大学法学部卒業後、通商産業省入省。経済産業省大臣官房審議官(経済産業政策局担当)、東京電力ホールディングス取締役、経済産業省商務情報政策局長などを歴任し2020年7月に退官。オックスフォード大学哲学・政治学・経済学コース修了。著書に『DXの思考法 日本経済復活への最強戦略』がある。
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