トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.36

未来を守る、未来をつくる、メンテナンス

老朽化が進む社会インフラを限られたリソースで少しでも多く、長く維持していくため、重要性が増している「メンテナンス」。それは、現状維持のための「守り」だけではなく、安全・安心な未来を手にするための「攻め」の手段でもあります。体のメンテナンスが心の健やかさにつながるように、インフラメンテナンスの進歩の先には何があるのでしょう。先進事例を交えて考えます。

Angle B

前編

見えないところで生活を支える下水道

公開日:2022/7/19

株式会社建設技術研究所

鈴木 英之

世界的に見ると下水道の起源は、インダス文明にまで遡るといわれています。上水道とともに文化のバロメーターであり、健康で文化的な現代社会の生活を支える重要なインフラでもある下水道でも、道路や橋と同様にメンテナンスの課題を抱えています。株式会社建設技術研究所の鈴木英之次長に、下水道が抱える課題とそれを解決するための新技術の開発についてお話をうかがいました。

建設技術研究所は日本初の建設コンサルタント企業とのことですが、どのような業務を行っているのでしょうか。

 なかなか一般の方には知られていない業界ですが、実は、道路や河川、上下水道などのインフラすべてに関与していて、それらのインフラをどのように建設していくかという企画段階から関わっています。
 たとえば道路の場合だと、ルート案を選定して、このルートだと移動時間がどのくらい短縮されるなどのシミュレーションを行って、自治体などに提案していきます。ルートが決まると、実際に工事を行うゼネコンなどが参加してきます。工事中も施工管理などで当社が関わっています。
 道路も河川も、上下水道も同じですが、建設して終わりという訳ではありません。完成した後に、どのように管理していくか、メンテナンスをどうしていくかなどにも、当社は関わっています。
 建設の仕事は地図に載る仕事といわれますが、建設コンサルタント業務は地図に載るためにはどうすればよいかというところから始めます。ゼロからイチを生み出すために、さまざまな検討を行い、提案をして、何もないところに、インフラを作っていく仕事です。ただ、下水道は地面の下にあるので、子供に自分の携わっている仕事を見せるのは難しいですね。

下水道分野では具体的にどのようなことをされているのでしょうか?

 たとえば下水処理場を建設する場合だと、どこに建設するのか、どのようなルートで処理場まで下水を集めてくるのかという、下水道網のルート策定などの計画から参画します。
 工事を行う際には、工事監理の業務も行います。自治体の職員が行う場合もあるのですが、その場合でも工事報告書の確認をお手伝いして、計画通りに工事が行われているなどの監理業務を行っています。
 また現在、さまざまなインフラの老朽化が問題になっていますが、下水道でもどの処理場から補修していくかなどを含めて、どのようにマネジメントしていくかをトータルで自治体にご提案しています。

下水道の老朽化対策には、どのような難しさがあるのでしょうか?

 上水道も同様なのですが、橋梁などのインフラと異なり地下にあるために“見えない”ことが大きな課題です。現状が分からないので、どのようにメンテナンスを進めていけばいいのか、補修計画を立案すること自体が非常に困難です。
 課題はもう一つあって、過疎化などの人口減少も下水道のメンテナンスを制限する要因になっています。下水道の運営は、利用者の使用料で賄っていますが、人口が減っていくと使用料収入も減っていきます。少ない原資の中で、どの施設を優先的に補修していくのが効率的か、サービスの品質を下げずにできるか、そういったことを自治体に提案するのも私たちの仕事です。

下水道の老朽化にともなう新たな課題があると聞いています。

 下水道には大別して2つの種類があります。古くから下水道が整備されている大都市などでは、雨水と汚水を同じ1本の管路に流す「合流式」が採用されています。この方式は雨水と汚水を別々の管路に流す「分流式」よりも建設コストが割安とされています。しかし、合流式では大雨が降ると雨水とともに未処理水が川に放流されることが指摘されていました。その後、公害に対する社会的な関心が高まり、昭和40年代後半ごろからは、新設する下水道には基本的に分流式が採用されるようになっています。
 管路の経年劣化に対しては、合流式でも分流式でも以前から対策が行われてきましたが、平成10年くらいから問題になってきたのが、分流式での「雨天時浸入水」です。
 管路の経年劣化によって、雨水がどこからか汚水用管路に浸入してくると、雨天時には晴天時の2倍、3倍の汚水を処理する必要がでてきます。本来、処理する必要のない雨水を処理するコストが発生します。人口減少により、使用料収入が減少していく中、コスト増は大きな問題です。
 もう一つ問題があって、汚水用管路は雨水が流れ込むことを想定していないので、管径が小さく設計されています。そのため、大量の雨水が流れ込むことで、下流側では汚水が逆流する恐れも生じます。
 現在、国土交通省でも「雨天時浸入水対策ガイドライン」をとりまとめるなどして、雨天時浸入水に対する早期の対策を推進しています。

では、具体的には、どのような対応をしているのでしょうか?

 上水道と同様に、老朽化した下水道も管路を新しいものに交換する更新作業が行われています。
 異なるのは、上水道では蛇口をひねれば水が出てくるように圧力がかけられていますが、下水道は自然に水が流れるような形で設置されていて、管路の中には水のない空間があるという点です。
 そこで下水道の補修工事では、埋まっている既設の管路の中に、樹脂製の管路(更生管)を新たに入れるというリニューアル工法(管更生)も行われています。既設管よりも管径は少し小さくなりますが、コンクリートの既設管よりも、樹脂製の更生管の方が水の抵抗が少ないため、流せる水量はほとんど変化しません。
 ここで問題になるのが、雨水の浸入地点の特定です。下水道は網の目のように地下に張り巡らされています。雨水の浸入点を探すためには、まず、エリアを決めて流量計を設置します。雨天時に流量が増加するエリアを見定めて、徐々に浸入の可能性があるエリアを絞り込んでいきます。そして、最終的にはテレビカメラを管路に入れて、虱潰しに雨水の浸入箇所を特定していきます。
 そうして特定された管路には更新や更生の対策を施すのですが、特定するまでには長い時間とコストがかかります。特定に必要な流量計は高価なので、一度に探索できるエリアも限られています。
 下水道の老朽化は進み、雨天時浸入水の被害は増加している。その一方で、メンテナンスに充てることができる費用は少なくなっていく。そこで求められていたのが、雨天時浸入水の浸入箇所を特定するための新しい技術でした。

すずき・ひでゆき 1976年生まれ、茨城県出身。北海道大学大学院修了後、上下水道の専業コンサルタントに入社し、合流改善計画・雨天時浸入水対策・浸水対策等の下水道計画にかかる業務を実施。その後、2008年に株式会社建設技術研究所に入社し、2017年より上下水道部にて主に下水道計画の案件や研究開発に従事している。
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