トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.34

持続可能な社会へ!建物の木造化がもたらすもの

近年、国産木材を建築物などに活用する動きが広がっています。大気中の二酸化炭素を取り込んだ樹木を木材として固定することで、大気中の二酸化炭素量の削減につながります。また、森林の有効活用は、山や森の機能を回復し、土砂災害防止や洪水の緩和などが期待できます。そして木材がもつあたたかさは、利用する私たちに癒やしや安らぎを与えます。住宅から公共建築物、中高層ビルまで、木造の魅力と可能性について考えます。

Angle C

前編

注目が集まる木造建築の高層化

公開日:2022/3/8

東京大学生産技術研究所

教授

腰原 幹雄

都市に暮らす人が普段目にする中高層の建物は、コンクリートや鉄で作られています。しかし、10年ほど前から、中高層ビルにも木材が使われ始めました。2010年の公共建物等木材利用促進法も端緒と言えますが、もっと以前から「木」に取り組んでいる木質構造の第一人者、腰原幹雄教授に都市に木造建物が広がる未来について聞きました。

腰原先生は建築分野における自然材料の活用を構造の視点から研究し、とくに木質構造の第一人者です。

 大学では、木質構造を中心に、土や石、竹などの自然材料の活用を構造の視点から研究しています。木質構造は近年注目が高まっていますが、自然材料ということで専門家があまりいない分野の駆け込み寺みたいな研究室です。最近は、組積造といって石やレンガを積み上げる建造物に関する仕事が増えています。
 木質構造についてお話ししましょう。世界最古の木造建築物と言われる法隆寺が象徴の一つであるように、日本人は、工学という学問の成立以前から木造建築を作っていました。自然材料は品質にバラつきが多いのですが、大工や職人の経験則で扱ってきた長い歴史があります。そのため、近代以降に入ってきた鉄骨や鉄筋コンクリートが「建築構法」や「建築構造」の学問で語られ始めた時、木造は簡単にはそこに入れませんでした。入りたかったんだけれども、構造工学に基づいて木造建築を作ろうとすると「昔からこうやっていたんだから」という指摘が入る。さらに、続々と専門家が育っていく鉄骨や鉄筋コンクリートの側からは、「自然材料は構造解析なんてできないよ」と言われてしまう。つまり、昔から作っていたことで学問として洗練される機会を失ってしまったんですね。
 現在は学問的に、「建築構法」という分野の「建築構造」の一部に「木質構造」が体系付けられていますが、近年その存在が脚光を浴びています。私は他の人がやっていないから面白くて研究していたので、ちょっと困惑しているところなんですが(笑)。もちろん、木材が工学の視点からも注目され、信頼され、自由に使える建築材料になってほしいし、建築の構造にもっと木が用いられる時代が訪れてほしいと思っています。これだけ技術が進化している時代ですから、木材だっていつまでも「燃えやすいからだめ」とか言われっぱなしではなく、耐火性も進化しています。伝統的な木造建築と新しい価値観の木造建築が融合した多層木造建築物が都市のあちこちに出現する景観、そんな未来を目指して研究しています。

「都市木造」はどういった位置付けになりますか。

 「都市木造」という言葉は、一般の方はまだあまり聞いたことがないかもしれません。実は私たちが作った言葉です。私が仲間と共に20年ほど前から中高層木造建築、耐火木造建築について研究・開発設計活動を続けている「team Timberize(ティンバライズ)」(2011年にNPO法人化)では、木をあえて新しい材料としてとらえ、伝統や慣習に縛られない新しい技術や木造デザインを社会に提案しています。
 2000年の建築基準法改正は、耐火基準の面で大きな変化がありました。木造の耐火建築物の対象が見直され、これまでより大きな木造建築物の建設が法的に可能になったのです。これを受け、ティンバライズ主催で2009年に『都市の木造建築展』を東大生産技術研究所の構内で開催しました。東京の表参道周辺にある鉄かコンクリートで作られた実在の高層のオフィスビルや商業施設、学校や集合住宅など7つの大規模建築物を木造建築プロジェクトとして計画し、ドローイングと模型(縮尺1/50)で展示したのです。「あの建物を木造にしたら」を縮小版で間近に見せ、これからの「都市の木造建築」をイメージしてもらう展覧会です。最新の耐火技術と構造解析による高層木造建築のプロトタイプや、「木」という素材の特徴を活かした建築を示しました。それをもっと一般の人にも認識してもらおうと、翌2010年5月、規模を大きくして表参道で開催した際、展覧会のタイトルを『ティンバライズ建築展 都市木造のフロンティア』としたのが「都市木造」という四字熟語の始まりです。
 都市部は土地が高いため、鉄骨、鉄筋コンクリートの多層建築が建てられてきました。一方、地方は土地が安いので、おおらかな木造平屋を建てることができます。でも、これからは「都市−鉄骨、鉄筋コンクリート」「地方−木造」だけでなく、斜めの掛け合わせの「都市木造」も不可能ではなくなります。木造においても、都市部では土地を有効活用するために床がたくさんある多層の建築物が効率的だと提起したい。都市に建ついろいろな木造建築を「都市木造」という言葉に託していきたいと考えています。

Timberize Tokyo Exhibition「都市の木造建築展」(2009年)の様子

提供:team Timberize

木材はコンクリートなどの他の建築材と比べてどのような特徴がありますか。

 従来言われてきたのは、木材は自重比強度が高い材料だということです。軽いので自分を支える能力としては合理的で、たとえば同じ地震の力を受けても、重たい鉄骨造や鉄筋コンクリート造よりも軽い木造の方が小さい抵抗力で済みます。ただ、最近鉄やコンクリートの強度が増してきて、自重比強度は木材の大きな特長とは言いづらくなってしまいました。
 私が思う一番の特徴は、木材とは自分たちで作れる材料だということです。木は、山に植えたら日光と水が育ててくれるわけです。鉄を作るといったら、鉄鉱石を集めてきて、溶かして、押し出して、形にするんですから大掛かりですよ。もちろん、厳密には木だって手間がかかるのですが、地下資源のない日本にとって、自分たちで頑張れば作れる「地上資源」という意味は大きい。国内で簡単に手に入って有効活用できる資源、もっと言えば生産量なども自分たちでコントロールでき、伐り出したものをさらに人力で伐ったり貼ったりできる、つまり環境負荷が少なく、加工や組み立てが楽しい、自由度の高い材料です。これが木材の大きな魅力だと思います。

「おおらかでやさしい雰囲気をつくれるのも、木材ならではです」

「都市木造」を含む中高層木造建築は、日本の木造建築の歴史の中ではどのように歩んできたのでしょうか。

 皆さんは、昔の大きな木造建築というと東大寺などを思い浮かべるでしょう。しかし、あれは平屋建てです。五重塔も空間が五層あるわけではなく一番下の層にあるだけ。そもそも、昔は多層にまでして床を作る必要はなかった。床がたくさんある中高層建築物は、都市に密集して人が住むようになって建ち始めたわけです。だから、実は中高層木造の歴史的建造物はほとんどなくて、お城ぐらい。お城はたくさん人が入れるように多層の床を必要とした建築物です。ただ、さすがにあれは生活スタイルの観点で語れないですね。
 1400年以上もある日本の木造建築の歴史は、近代以降に2つの流れになったと言えます。一つは、釘も金物も一切使わない宮大工の技に象徴されるような、現代にまで残る大きな木造建築を作ってきた伝統的な流れ。もう一つは、近代に始まった、木造も鉄やコンクリートと横並びの建築を目指そうという流れです。文明開化によって新しい産業が起こると、家屋より大きい工場が生まれ、倉庫も生まれました。新しい用途の建物が大規模になっていく中、ヨーロッパでは鉄骨造やレンガ造にするところを、日本には木の文化があるんだから木でも作ろうとしたのです。木の骨組みにレンガで壁を積み上げて造った、木骨レンガ造の富岡製糸場などがその例です。
 しかし、1919年、木造の大きい建物は火災になると危ないので都市に作ってはいけないという市街地建築物法ができました。都市の木造建築にはここでブレーキがかかり、高い建物は鉄骨や鉄筋コンクリートで作られていきました。ずっと時代が下って1987年の建築基準法改正で木造3階建てが建てられるようになるとともに、体育館やドームの屋根に木材が使われるようになりますが主に地方の事例です。ちなみに屋根だけ木でも法規上は木造とは言いません。
 転換点は2000年の法改正です。鉄筋コンクリート造と同等の防火性能を有する建物であれば、都市部でも3階建てを超える多層の木造建築が建設可能になりました。のみならず、木材は循環型資源で、木材に関連する産業は資源循環型社会に貢献するといった「環境の時代」が謳われ始め、住宅以外の木造建築が推進される流れさえ起きました。しかし、技術がまだ追いつかず、1999年に国の総合技術開発プロジェクト「木質複合建築構造技術の開発」がスタートしましたが、すぐにあちこちで建てられるという動きにはなりませんでした。
 それでも、私が手がけた「金沢エムビル」(2005年)は、1階は鉄筋コンクリート造で2階〜5階は木造という建物で、総プロの成果です。その後、2010年頃から組織設計事務所などが取り組み始め、ここ数年ディベロッパーや大手ゼネコンの参入が目立ちます。つまり、ようやく20年ほどの歴史なのです。
※後編は3月11日(金)公開予定です。

こしはら・みきお 1968年千葉県生まれ。東京大学生産技術研究所教授 東京大学工学部建築学科卒業、東京大学大学院博士課程修了、博士(工学)。構造設計集団<SDG>、東京大学大学院助手、生産技術研究所准教授を経て現職。NPO法人「team Timberize」前理事長。木質構造を中心に、土や石、竹などの自然材料の活用を構造の視点から研究。
インタビュー一覧へ

このページの先頭へ