トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.32

可能性の宝庫!深海大国ニッポン

四方を海に囲まれた日本。日本の海(領海と排他的経済水域)の広さは世界で6番目で、そのほとんどが深海です。食卓を彩る海産物を生み出す生態系、産業の発展を支える原油などの資源にも深海が関わっています。普段私たちが見ることのない世界に何があるのか、その可能性を探ってみます。

Angle B

前編

深海魚に導かれ、地方の漁港へ

公開日:2021/12/24

Sarah(深海魚直送便)

青山 沙織

「深海魚」のキーワードに引き付けられ、地域おこし協力隊*員として兵庫県から静岡県沼津市の戸田漁港に赴いた青山沙織さん。漁業の知識や経験はゼロだったものの、だからこそ「町の人には見えていなかった価値」にスポットライトを当てる商品を開発し、コロナ禍に苦しむ漁港を活気づけました。全国から注文が殺到した『戸田漁港直送!深海魚直送便』誕生までを聞きました。

青山さんが沼津市戸田地区の地域おこし協力隊員になったきっかけは?

 兵庫県尼崎市の出身で、重工業メーカーの神戸市にある事業部に勤務していました。でも、自分で発信して実行する仕事をしてみたいという気持ちが大きくなり、30代半ばで転職を考えました。以前テレビ番組で知った地域おこし協力隊を思い出して検索してみると、「深海魚を使った町おこし」というフレーズが目に飛び込んできました。その瞬間、「私にはこれしかない」と感じて沼津市戸田地区の協力隊員に応募しました。任期は2018年4月から2021年3月までの3年間でした。
 なぜ「深海魚」に反応したかというと、私は小さい頃からUFOやお化けなど、目には見えない神秘的なものが好きだったからです。深海魚も、いるのは知っていてもなかなか泳いでいるのを見る機会はありませんよね。私はもともと、ダイオウイカの剥製を見に行きたいと思うタイプだったのです。それに、アクセサリーをハンドメイドするのが趣味だったので、ユニークな深海魚グッズを提案したり製作したりという企画もいいかもしれないと考えました。

*編集部注
地域おこし協力隊……都市地域から過疎地域等の条件不利地域に移住して、地域ブランドや地場産品の開発・販売・PR等の地域おこし支援や、農林水産業への従事、住民支援などの「地域協力活動」を行いながら、その地域への定住・定着を図る取組。隊員は各自治体の委嘱を受け、任期は概ね1年以上、3年未満。(総務省サイトより)

沼津市戸田地区はどのようなところですか。

 静岡県の駿河湾は、最深部が水深2,500mという日本一深い湾です。その東地域の沼津市もさまざまな形態の水産業が盛んです。沼津市の最南部で伊豆半島の西側にあたる戸田地区は、人口3,000人に満たない小さな集落ですが、静岡県が持てる深海底びき網漁船10隻のうち8隻を持つ、大中型まき網漁業や深海底びき網漁業で有名な漁港です。古くから深海魚漁は戸田のアイデンティティ。世界最大のカニと言われるタカアシガニが水揚げされる、深海魚の聖地と言われています。
 私はここに来るまで海と言えば尼崎の工業地帯だったので、駿河湾越しに見える富士山や四季を感じる山の色やにぎやかな鳥の声に、暮らし始めた頃は毎日感動していました。海と山と空のコントラストがすてきで、一番好きなのは透き通る戸田の海です。漁村の風習やお祭りが残っていて住む人も皆さん素朴であたたかく、私の活動を見守ってくださいます。深海魚に親近感があったとは言え、漁業や魚の知識もなかった私が、勉強しなければというプレッシャーを感じずに知りたい意欲のまま進んでこられたのは、都会にはないのんびりした空気が流れている土地だからかもしれません。
 魚やエビ、カニなどの呼び名にはその地方独特の方言があり、同じ名前で呼ばれる魚介類でも土地によって種類が違うことがあります。着任当時は、ヒゲナガエビを「本エビ」など戸田での魚の呼び名を覚えるのに苦労しました。

【戸田漁港から見える海と山と空】

※PIXTA

深海魚とはどんな魚ですか。戸田特産の深海魚を教えてください。

 駿河湾は、海岸から2kmほどの距離で水深500mの深さに達します。魚は種類ごとに生息する水深が違いますが、深海魚とは水深200m以上の深海と呼ばれる層に生息する魚介類のこと。私たちがふだん食べることの多いサバ、マグロなどは、もっと表層を泳ぐ魚たちです。
 戸田で獲れるものを「おいしい深海魚」としてご紹介すると、戸田のシンボルであるタカアシガニ、キスに似ているメギス(ニギス)、脂の乗ったトロボッチ(アオメエソ)、刺身や寿司の極上ネタになるゲホウ(トウジン)、旨味の濃い出汁が取れるゴソ(ハシキンメ)、高級魚のノドグロ(アカムツ)、カサゴの中でも高級品のユメカサゴ、イセエビと並ぶ味わいの手長エビ(アカザエビ)、上品でクセのないデン(オオメハタ)、近年人気上昇中のアブラゴソ(ヒウチダイ)、などなど。家庭の味だったメギスやトロボッチなどのすり身をはんぺんにして揚げた「へだトロはんぺん」は、今は戸田グルメの代表として観光客に人気です。

深海魚を使った地域おこしとは具体的にどんなことを行ったのでしょうか。

 地域おこし協力隊員は、基本的には町おこしにつながれば思いついたことを実行に移せます。日本でただ一人の深海魚担当となった私は、戸田の深海魚というコンテンツにこだわり抜いて企画を考えました。1年目の2018年は、「駿河湾の深海魚アートデザインコンテスト」の企画・主催や、「ヘダトロールmini水族館」を作りました。コンテストには深海魚愛にあふれた作品が集まり、道の駅や深海魚生物館などに展示して市民や観光客の皆さんにご覧いただきました。「深海魚まつり」のタイミングで行った表彰式では、最高賞としてタカアシガニペア食事券やお土産をプレゼントしたんですよ。
 ヘダトロールmini水族館とは、戸田漁港にある入場無料の深海魚の情報発信スポット「ヘダトロール」の中に水槽を設置して始めた、深海魚の飼育・展示です。最初の5種類は、ユメカサゴ、サギフエ、タカアシガニ、アカザエビ、ミノエビ。私もタカアシガニの赤ちゃんを初めて見たのがその時でしたが、とてもかわいかったです。飼育は継続中で、2021年10月20日現在では、ツボダイやサギフエ、エビスダイに会うことができます。
 2019年は、「第1回へだ深海魚フェスティバル」の企画・主催と深海魚グッズの企画・製作も開始しました。3月に道の駅くるら戸田で開催したフェスティバルは、深海魚大学、ミニ深海魚まつり、魚ってるフェスと銘打った深海魚グルメの販売、タカアシガニを触って持ってみる体験など、深海魚づくしの催しで盛り上がり、多数のメディアにも取り上げてもらえました。当初からあたためていた深海魚グッズの第1号は、深海魚がカラフルに描かれてインスタ映えする「ヘダトロール」の外壁のデザインを生かしたトートバッグ。フェスティバルの深海魚大学のノベルティにしたのを皮切りに販売を始めました。外注なんてしていません。私が手刷りシルクスクリーン印刷で製作しました。深海魚グッズの第2号は缶バッジを作りました。モノづくりは好きなので楽しいですね。
 コンテストやフェスティバルは実行委員会を立ち上げて私が実行委員長となり、観光協会や各施設と連携して開催します。準備段階からのSNS発信はもちろん、地元紙やテレビなどメディアの取材はバンバン受け、自分が広告塔になってアピールしてきました。2020年2月に開催した「第2回へだ深海魚フェスティバル」も多くのお客さんに来てもらえましたが、直後に新型コロナウイルスの感染が拡大し、昨年のイベントは実質的にそれが最後。2021年のフェスティバルも開催に向けて準備しましたが中止せざるを得ませんでした。

コロナ禍でイベントができず、漁獲活動は打撃を受け、地域おこし協力隊員としてもピンチを迎えた時、ひらめいたのが「深海魚直送便」だったのですね。

 私たちがトロール漁と呼び習わしている深海底びき網漁は、長いロープの先に袋状の網をつけ、文字通り深い海の底を引くようにして魚やカニ、エビを獲る漁法です。漁師さんたちはテナガエビやアカムツなど市場価値の高い魚を求めているので、同時に網にかかった多くの深海魚や食べられない魚が廃棄されてしまいます。私は以前から、捨てられてしまうもったいない魚たちを「深海魚福袋」とネーミングして売ってみてはと漁協に提案していました。けれど皆さんは「そんな猫も食わないような魚が売れるわけがない」という反応(笑)。
 でも、2020年の春、コロナ禍で魚が売れず買い物にも行きづらい苦境が重なった時、食べられる深海魚が自宅まで届くなら買ってくれる人はいるのではと直感しました。2012年にNHKが世界で初めてダイオウイカの撮影に成功したことは話題になりましたし、私が来る前から戸田で開かれている深海魚まつりの盛況ぶりを見ても、深海魚が好きな人、興味のある人、そして食べてみたいと思っている人はきっと全国にいるはずだと。漁の回数も減らさざるを得ない漁師さんたちの状況を少しでも好転させたくて、「お試しでとにかくやってみよう、私がやる!」と決意し、あらためて漁協を説得しました。そして、1箱5,000円で30箱の『戸田漁港直送!深海魚直送便』販売を告知したのです。沼津市からの広報・宣伝やSNSで発信したほか、プレスリリースを作成して、深海魚フェスティバルなどこれまでの活動を取材してくれたメディア関係者へ送り、記事化など取り上げてもらえるように働きかけました。
 最大のピーアールポイントは、早ければ市場に並ぶタイミングで家庭の食卓に並べられる、漁港直送のスピード感。戸田漁港に水揚げされる魚は、通常翌朝に沼津港で競りにかけられますが、今回の試みは戸田漁港に帰ってきたトロール漁船の魚をすぐに発砲スチロール箱に詰め、注文者の元へ宅配便で送ります。ほぼ発送の翌日には食べられるというわけです。
 面白がってもらいたいポイントは、箱によって入る魚が違うこと。どんな魚が来るかはお楽しみです。キアンコウ、メギス、ユメカサゴ……と家庭料理では聞き慣れない魚たちですが、頑張って捌いていただきたいです。新鮮なので、届いてすぐならお刺身で食べることもできます。もちろん焼いても揚げても煮てもおいしいです。漁師さんは困ったら煮付けと言うので、煮魚は安定のレシピでしょうか。

【漁船から揚がった魚を仕分け。出荷準備はスピードが命】

※ご本人提供

果たして戸田漁港初の「深海魚直送便」は予約が殺到したのですね。

 ありがたいことに予定数はすぐ完売となり、その後も予約や問い合わせは途切れませんでした。ただ、海洋資源を守るため、トロール漁は毎年夏場の5月中旬から9月初旬は禁漁期となり休みます。コロナ禍の事情もあって漁の回数が例年より減っていた上、アイデアを思いついたのが4月半ばという禁漁期目前だったため、2020年春の最初の取り組みでは、5回の発送で合計180箱の出荷でした。2回目のシーズンとなった2020年9月から2021年の5月までは800箱を達成しました。そして現在が3シーズン目ということになります。
※後編は12月28日(火)公開予定です。

あおやま・さおり 兵庫県尼崎市出身。メーカー勤務を経て2018年4月、総務省の地域おこし協力隊制度で静岡県沼津市戸田地区に「深海魚を使った町おこし」をする隊員として着任。3年間の任期中に深海魚の魅力を伝えるさまざまなイベントを企画・実施し、『戸田漁港直送!深海魚直送便』など全国に注目される多くの事例を成功させた。2021年3月の任期終了後は今後も深海魚の可能性に挑戦するため定住を選択。深海魚直送便の事業を継続しつつ、自宅を魚介販売や魚介加工製造の拠点とする営業許可を取得予定。
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