トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.20

みんなで守ろう!「命の水」

地球は水の惑星と言われているが、この地球上の水は海水などの塩水がほとんどを占めており、淡水は約2.5%しかない。そのうえ、その大半が南極や北極地域にある氷山や地下水で固定されており、人が容易に利用できる河川や湖沼などの淡水の量は地球上に存在する水量のわずか0.008%程度にすぎない。
この限りある水の確保が、今、危機に瀕している。近年の地球温暖化による気候変動の影響により、世界各地で渇水や洪水などの自然災害が頻発し、水の安定的な供給が見込めないからだ。
人が生きていく上で欠かせない「水」を将来にわたって守り続けていくために今、どのような取り組みが行われ、また、何が求められているのだろうか。

Angle B

前編

「天然水の森」で清らかな地下水を涵養

公開日:2020/8/18

サントリーホールディングス株式会社

山田 健

日本の豊かな水資源を育むのが国土の3分の2を占める森林だ。雨水が樹木の根を張る土壌に浸透し、清らかでミネラルを含む地下水に生まれ変わる。おいしいミネラルウオーターはもちろん、お茶やお酒造りに森林の存在が不可欠になる。「水と生きる」を企業理念に掲げるサントリーホールディングス株式会社は地下水の持続可能性を守るため、森林再生プロジェクト「天然水の森」を展開している。企画したサステナビリティ推進部の山田健チーフスペシャリストに話を聞いた。

ご経歴と「天然水の森」プロジェクトを立ち上げたきっかけを教えて下さい。

 物書きを志しコピーライターとしてサントリーへ入社しましたが、当時の先輩社員から「二足以下の草鞋(わらじ)は履くな」と教えられた通り、広告を制作しながら、さまざまな仕事を経験したことが今の仕事に役立っています。例えば、ワインの広告を担当しつつ、世界のワインカタログの編集長として醸造元を訪ねて年間2000種以上のテイスティングノートを書きましたが、その際に農業の基盤が土壌にあると気付いたことが、天然水の森の活動に生かされています。また、ウイスキーの広告を担当したとき、貯蔵用の樽(たる)材になるホワイトークの森を取材したこともいまの活動につながっていると思います。
 お酒に関わる仕事以外にもサントリー音楽財団(現・サントリー芸術財団)で、クラシックや現代音楽を紹介する雑誌の編集長を務め、企画から取材依頼、執筆者やカメラマンの編成など全て一人でこなしたこともありました。この経験は森ごとに研究者を置き、協働する天然水の森のチーム編成にとても役立ちました。
 入社以来、ウイスキーやワインなどの宣伝や製品企画に携わってきましたが、2000年ごろから天然水やお茶、ビールが事業の主流になってきたことを受けて勉強し始めたら、サントリーが地下水に驚くほど依存している会社だとわかったことが「天然水の森」企画の原点です。

もう少し具体的に教えて下さい。

 多くの飲料会社は原料や製品の運搬を考慮して物流に都合の良い場所に工場を建てていますが、サントリーは良質な地下水が豊富にある場所を立地条件としています。川などの水源から取水する場合は、水量の季節変動や衛生面のリスクがつきまといますが、深層にある地下水は水質・水量ともに安定しています。こうした地下水が、ミネラルウオーターや、ビール、ウイスキーなどの味を決定すると言っても過言ではありません。
 それまでもサントリーでは、安全面には細心の注意を払って厳しい品質のチェックを行い、取水制限などにも取り組んできました。しかし、どこで降った雨がどういうルートをたどり、どのくらいの歳月をかけて工場の地下にたどり着いているのかを知らなくては永続的に資源を確保することはできません。
 そこですべての工場の水源涵養(かんよう)エリアで、くみ上げている地下水以上の量を”森”で涵養しようと考えたのが「天然水の森」プロジェクトです。サントリーは1973年から開始した「愛鳥キャンペーン」など、従来から環境保護活動に取り組んできましたが、それらはいわば“ボランティア活動”でした。これに対して、「天然水の森」は会社の生命線である「地下水の持続可能性」を守る「基幹事業」と位置づけています。数値目標や品質目標を設定しているのは、そのためです。

【「天然水の森 奥多摩」で植生調査をする山田氏=東京都檜原村】

※サントリーホールディングス株式会社提供

どんな活動から始めましたか?

 当時は地下水がどのようなメカニズムで育まれているのか、どのような森が地下水のためにいいのかが、学問の世界でもまだまだ未解明でした。そこで、森や水に関係する様々な分野の先生方にお願いして調査・研究に着手しました。事業である以上、整備方針に科学的な裏付けが不可欠だと思ったからです。次に、地下水の“見える化”に着手しました。コンピューターの中に工場の水源エリアの山をバーチャルに再現するモデルを作り、そのモデルに、現地で調査した地形や地質、土壌や植生、河川流量、地下水や湧き水の水質などの情報を組み込んでいき、可能な限り現実に近いモデルに進化させていきました。その結果、今では、かなり正確に、いつどこに降った雨が、どのような経路をたどり、どのくらいの歳月をかけて工場の地下に流れつくかが分かるようになりましたし、どのような整備が地下水に好影響を与えるかの予測もつき始めています。
 次に着目したのが土壌の重要性です。雨が表面流などによって失われず、地下に浸透するには良質な土壌が必要になります。しかし、たとえば間伐せずに放置されたヒノキ林などのように、細い木がびっしり並んで地面が真っ暗になっていると、地面に草一本生えることができず、雨が降ると、大切な土壌を流しながら地表を流れ去ってしまいます。
 ミネラルウオーター工場のある「サントリー天然水の森 奥大山」(鳥取県)のヒノキ林も当初はそうでした。しかし、間伐して日光が差し込むようにしてあげると、土に埋もれていた多数の種子が一斉に芽生えてきて、いまは、多様性のある豊かな混交林への道を歩み始めています。
 こうして生態系が回復してくると、落ち葉や植物の根、ミミズなどの土壌動物や微生物たちが協働して土を耕し、森に特有のふかふかな土壌が再生してきます。ふわっと柔らかい土壌には雨も浸み込みやすいし、微生物による水質浄化機能も高くなります。私たちは10年後、20年後を見据え、地下水の涵養に適した土壌が回復するよう森林を整備しているわけです。

進捗(しんちょく)状況を教えてください。

 手始めとして、2003年からサントリー九州熊本工場(熊本県)の水源を涵養する森林の保全活動を始め、整備の必要な森について国や自治体などと協定を結んできました。目標は、くみ上げている水以上の地下水を涵養できる面積にしようと決めたのですが、2008年に社内の水科学研究所が試算したところ、7000haという数字が出てきました。山手線の内側が約6000haなので、この数字の大きさには驚きました。
 その後、専門家や行政の協力を得て各地に天然水の森を広げ2014年に当初の目標値を達成したのですが、すぐに次の目標として2倍の涵養量となる1万2000haを課せられました。今年、天然水の森は全国15都府県21カ所計約1万2000haまで拡大し、数値上は目標を達成しましたが、実際に理想的な森の状態を回復するには、まだまだ時間がかかります。今後は目標を量から質に切り替えて、一層の整備を進めていきたいと思っています。
※後編は8月21日(金)に公開予定です。

やまだ・たけし 1955年7月26日生まれ。神奈川県出身。東大文学部卒業後、1978年にサントリー(現サントリーホールディングス)宣伝部に入社。ワイン、ウイスキー、音楽、環境などの広告コピーを制作し、2000年から「天然水の森」活動の企画を開始。現職では「天然水の森」における研究・整備活動を推進するほか、九州大学客員教授、公益財団法人山階鳥類研究所理事、日本ペンクラブ会員を務める。著書に「水を守りに、森へ」(筑摩選書)、「オオカミがいないとなぜウサギが滅びるのか」(集英社インターナショナル)など。
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