トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.18

自転車で切り拓く、新たなライフスタイル

近年、全国各地でサイクルツーリズムやシェアサイクルなど自転車を活用した取り組みが活発だが、自転車には観光振興、環境に優しい都市空間の創出、交通渋滞の緩和、健康づくりなど、様々な面からの暮らし向上につながる可能性がある。民間はもとより国も2017年に自転車活用推進法を施行し、5月を自転車月間と定め、18年には自転車活用推進計画を策定するなど自転車の活用推進に積極的に取り組んでいる。自動車社会の見直し機運が高まる中で、自転車をどのように位置づけていくか、各地で議論が活発になっている。

Angle B

前編

「聖地20年」交流が育む地域の自信

公開日:2020/5/19

シクロツーリズムしまなみ

代表理事

山本 優子

自転車観光の強みの一つは、地域の魅力をじっくりと伝えやすい点にあると言われる。自動車や電車では一瞬で通り過ぎてしまう脇道や何げない風景でも、自転車ならペダルを休めて楽しむことができる。愛媛県今治市と広島県尾道市を自転車で巡る「しまなみ海道」は、こうした楽しみを満喫できる代表的なサイクリングルートだ。当地で地域の文化や交流を楽しむサイクリストを支援するNPO法人「シクロツーリズムしまなみ」の山本優子代表理事に話を聞いた。

シクロツーリズムしまなみ」について教えてください。

 2009年に法人化したNPOです。かつて「平成の大合併」と言われる自治体を統合する動きがありました。本州(尾道市)と四国(今治市)を結ぶ「しまなみ海道」の四国側は、今は今治市になっていますが、この「大合併」時に今治市に合併された地域でもあります。この新・今治市で「自転車を活用した観光」を軸に、新たに仲間入りする島しょ部の町とともに、町おこしをしたいという動機で活動を始めました。

今やサイクリストの聖地として「しまなみ海道」は人気です。

 しまなみ海道は1999年に開通しました。当初から、一部の自転車マニアには認知されていましたが、その数は少なく、レンタサイクルの貸出数も減少傾向となりました。「自転車で旅する」という行動様式は日本人にはなじみがなく、地元民にとって、サイクリングは「一部の特殊な人たち」の趣味だったんですね。迎える地元の人が、自転車旅行を楽しむ人を迎えるということを十分に理解できていなかったと思います。サイクリストの来訪が減少を続けていた2005年ごろ、国土交通省の「サイクルツアー推進事業」のモデル地区として、「しまなみ海道」が指定されたことが一つの契機となり、しまなみ海道の利用者は増加に転じていきました。昨年までの5年間では、海外のサイクリスト(レンタル利用者)も約7倍に増えています。国内では関西や四国、そして首都圏など各地から訪れています。場合によっては日帰りですが、海外利用者は最低でも2~3泊で日本を訪れていますので、経済効果は期待できると思います。

【しまなみ海道は瀬戸内海の島々が織りなす絶景を楽しめるサイクリングルートとして、世界中のサイクリストたちから注目を集めている】

「シクロツーリズム」の活動で大切にしていることは何ですか?

 私たちはサイクリストをお迎えするということだけでなく、「お迎えしたことで地域の人をどれだけ笑顔にできるか」ということを大切にしています。これが第一です。そこでまず、旅人を迎えるために様々なプログラムを作りました。旅人と地域をつなぐために、旅行業の資格も取得しましたし、地域の人たちとの交流ということで、食文化に触れてもらう仕組み作りを進めるなど、試行錯誤を繰り返しました。地元の農家の協力を得て、農産品を料理して試食してもらうなどの取り組みも、その一例です。

地元の人たちとサイクリストをつなぐためどのようなことをされたのでしょうか。

 2008年に、「一体どんなサービスをしたら、楽しんでもらえるか」を把握するためにマーケティング分析を行いました。その重要なポイントが「トラブル回避」でした。自転車での移動は、天候や体調の急変、パンクなどのトラブルへの対処が必要です。しかし、当時は島しょ部にパンクを修理できる自転車屋は1軒もありませんでした。地元民の通勤通学用に自転車メンテナンスをしてくれる業者はいましたが、観光目線のサービスではないために土日は閉まっているのが現状でした。そこで、行政と連携し、「しまなみサイクルオアシス」という軒先休憩所を設置する取り組みをはじめました。この休憩所は、①トイレの貸し出し、②飲料水の提供、③空気入れの貸し出し、④情報の提供、⑤ベンチの設置、の5つの機能を備えています。地元で「自転車のまちづくり」へのイメージを膨らませていく第1段階です。

自転車の「パーキングエリア」や「給油所」のようですね。自転車の「パーキングエリア」や「給油所」のようですね。

 当初、今治市側に20か所設置されました。担ってくれたのは、地元の農家や陶芸家、寺院など普通の島民たちでした。自宅のトイレを貸し出し、水を与え、旅人をもてなしてくれました。面白い「おっちゃん」や「おばちゃん」たちです。すると次第に不思議な現象が起こり始めました。サイクリストの間で「あそこに行けば、面白いおばちゃんに会える」と話題になり、「オアシス」が目的地化していったのです。そして毎年、同じ人が訪れるなど「リピーター化」も始まり交流が深まっていきました。地元の人にとっても、多くの人が訪れてくれることが、今までにない地域の自信につながっていく効果も出てきました。もともとは、少子高齢化で衰退している地域なのですが、そこに都会から人が訪れ「いい場所ですね」と言って、次々と訪れてくれるようになりました。最近ではサイクリストが移住してくる現象も現れています。「オアシス」は今や愛媛県下400か所以上に増え、広島県側にも広がっています。

しまなみ海道開通から20年が過ぎ、成果が見えてきましたね。

 最初の10年は地元でも「なんで自転車なの?」と聞かれ、説明するのに時間を費やしました。次の10年は「自転車」という言葉を出すだけで、周囲が協力してくれるようになりました。ヘルメットをかぶったままコンビニに入るのは、「変な人に見られるかなあ」と躊躇(ちゅうちょ)しましたが、今では、ヘルメットをかぶったままラーメンを食べている人も、違和感なく周囲に溶け込んでいます。次の10年はサイクリストを中心とした経済圏が形成されていけばいいなと思っています。
※後編は5月22日(金)に公開予定です。

やまもと・ゆうこ 1973年愛媛県生まれ、NPO法人シクロツーリズムしまなみ代表理事。まちづくり活動を通して、「しまなみ海道」架橋エリアの島しょ部の地域活性化に携わる。2005年から3年間かけて、大島・伯方島・大三島のサイクリングモデルコースをつくる。2009年NPO法人「シクロツーリズムしまなみ」を設立。自転車の休憩所「サイクルオアシス」の整備、既存施設のリノベーションによるゲストハウスのオープン等による交流人口の拡大を目指した活動を展開。近年は、自転車を活用した健康づくり、環境配慮型のまちづくり等にも取り組み、持続可能な地域振興の可能性を展望し、活動を続けている。
インタビュー一覧へ

このページの先頭へ