トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.8

“地下”を攻める! 新たな挑戦

狭い狭いと言われ続けた日本の国土にあって、利用しつくされていないのが地下空間だ。外部から完全に隔離できるという、地球上のほかの空間にはない特長を持つ。これまでは、道路や鉄道など交通網の敷設や、豪雨時に水をためる防災施設などとして使われてきたが、活用法はこれにはとどまらない。香港では地下都市の建設も進んでいるが、日本でも工場などで排出されるCO2の封じ込めや、地下工場の建設など様々なアイデアが実用段階に入っている。いっそうの利用に向けた課題を探る。

Angle B

前編

“水の都 TOKYO”が未来を運ぶ

公開日:2019/7/16

大林組テクノ事業創成本部 

PPP事業部長

葛西 秀樹

日本の都市圏は、経済成長に伴って、次々とビルが建てられ、いつの間にか開発余地が限られる空間になってしまった。特に東京や大阪などの大都市では、地価が高騰し大きな構造物を作るために、まとまった土地を得ようとすると、数多くの地権者の了解が必要で、時間的にも資金的にもコストが膨大だ。一方、深さ40メートル以上の「大深度」と呼ばれる地下空間は、まだ開発余地が大きい。2001年に特別措置法が制定され、開発ルールが定められた。法整備による開発機運の高まりを受け、東京都心部の大胆な地下空間の活用について大林組テクノ事業創成本部のPPP事業部部長、葛西秀樹さんに話を聞いた。

都心の地下空間に水路を作る構想を提案されました。

 簡単に着想の経緯について説明します。2020年の東京五輪を契機に、それ以降の新しい東京の可能性について考えてみようと思いました。東京はかつて、江戸時代に整備された舟運による物流が盛んな街でした。しかし、1964年の東京五輪の前後からモータリゼーション(自動車の大衆化)が本格化し、新幹線等の鉄道網も整備されることで、基軸となるテクノロジーが入れ替わり、東京の都市構造が大きく変貌しました。都市部における舟運は次第に衰退し、高速道路や鉄道が運河や川を覆うように整備されたことにより、「東洋のベネチア」とも呼ばれた東京の美しい水辺の景観も消失してしまいました。では、次の東京五輪の後、東京をどのようにしたらよいか考えてみようということになりました。そこで「水都復活」というテーマで、新たなテクノロジーをもとに、東京の姿を考察したのが、「スマート・ウォーター・シティ東京」という構想です。

ウォーターズ・リングの内観イメージ

大林組提供

川の水の流れを地下に潜らせてしまうということでしょうか。

 まず、東京の中心部に、地下に2本の環状トンネルを通します。そこに川の水を一部引き込み、二重のドーナツ形の「ウォーターズ・リング」という地下水路を構築します。深さは地下約50メートル、全長14キロ、内径が14.5メートルぐらいを想定しています。これで最大460万立方㍍の水をためられるようになります。貯水量は23区の住民用に6.5日分の非常用水を確保でき、「防災」に大きく貢献します。台風や「ゲリラ豪雨」といわれる大雨の降水量を人工知能(AI)で予測し、事前に「ウォーターズ・リング」の水を減らし、地上であふれる雨水を流し込みます。また、干ばつで水不足になりそうな場合は、ため込んだ水を地上に供給できます。

東京の中心部をつなぐウォーターズ・リング

大林組提供

既に洪水に備えた巨大地下空間「首都圏外郭放水路」もあります。

 「首都圏外郭放水路」は水害対策の面で有効な地下の構造物ですが、今回はさらにその機能面を発展させ、多目的なインフラシステムとして再考してみたいと思いました。首都圏外郭放水路は、雨水をためるという一つの機能に重点が置かれています。首都圏全体でみれば、規模的には「点」です。施設は埼玉県にあり、たまった水は江戸川に流すという仕組みですが、防災効果が期待できる場所は限定されます。「スマート・ウォーター・シティ東京」では、地下水路の水をAIでコントロールして、防災機能を発揮するほか、都市の様々な問題の解決につなげようという構想です。

他の都市問題も解決できますか。

 例えば、地下水路の水を、トイレの雑用水や植栽への散水にも利用できるでしょうし、夏場のヒートアイランド現象の緩和にも役立てることができるかもしれません。都市全体で雨水を融通し合う、「スマート・ウォーター・ネットワーク」を構築します。皇居のお濠に流れ込む水量を増やし、水の循環を作れば、お濠の水の浄化にも役立てることができそうです。地下水路は、平時には眠らせておくことなく、舟運の水路として活用できるでしょう。自動運転機能のある水陸両用車や船舶を使うことで、信号や歩行者のいない交通路としての利用が期待されます。天候要因に左右されることもなく、交通渋滞も発生しません。都市全体の水をコントロールし、消えてしまった「水都」の魅力をよみがえらせたい、という考えです。

大きな構想ですね。

 「水都復活」の構想はまだまだ広がります。運河や川の浄化が進んでいけば、そこを都民が憩う観光名所や、舟運を活かした震災時の活動拠点にしたいと思います。「川は近づいたら危ない場所」ではなく、きちんと制御すれば、親水エリアとして活用出来るのだと思います。さらに川の水が注ぎ出す東京湾岸には、沖合に国際航路級の大型クルーズ客船6隻が着船できるリゾート型の海上ターミナルを作りたいと思っています。現在、羽田空港による高さ制限や、橋の高さなどから、大型クルーズ船が東京湾岸に接岸しにくいため、新たな海の玄関の整備を目指した提案です。海上ターミナルからシャトル船に乗り換え、空港や都心まで水路で直接アクセスできるようになるかもしれません。また、湾岸を地下トンネルで結べば、都内へ自動車で移動できるようにすることも可能です。

構想とはいえ、多大な投資を必要としませんか。

 その通りです。しかし、地下空間を首都圏で抱えている数々の問題を一気に解決するために有効活用すると考えれば、検討に値すると思います。ここ数年、ゲリラ豪雨が都心で頻発しており、万が一、現在の処理能力を超える多量の雨が都市全体を襲った場合を想定すれば、この構想は決して非現実的ではないと思います。また、水質の改善や水辺空間の復活は、これまで失われた魅力の回復であり、近年にわかに需要が高まっている観光振興にも貢献します。地下空間の有効活用がもたらす経済効果は大きく、将来の都市構想を考える上での選択肢に値するものだと考えます。以前、この構想を発表したところ、国内外で開発事業を展開する外資企業から「ぜひ投資させてほしい」「いつできるのか」という質問攻めにあったことがあります。単なる構想なのですが、意外とこのような街への期待は高いのではないでしょうか。
※後編は7月19日(金)に公開予定です。

かさい・ひでき 1966年 東京都生まれ。1989年 大林組入社。再開発複合施設、オフィスビル、商業施設、映画撮影所、都市公園等の意匠設計を担当する。2013年からPFI・PPP事業に従事。広報誌「季刊大林」にて古代アレクサンドリア図書館の想定復元、「FUWWAT2050」建設構想、「スマート・ウォーター・シティ東京」建設構想、「COMPACT AGRICULTURE」構想に携わる。環境芸術大賞、名古屋市都市景観賞、愛知まちなみ建築賞、北米照明学会国際照明デザイン賞、グッドデザイン賞などを受賞。
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