トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.7

どうする? 通勤ラッシュ

都市圏の「痛勤」ラッシュは、ビジネスパーソンたちを悩ませ続けてきた。充実した鉄道網、複雑なダイヤのもと効率的に運用されている都市鉄道だが、通勤時間帯の混み具合は依然として大きな社会問題であり続けている。人口減少が見込まれる中、輸送力増強に向けた大幅投資も簡単ではない。最近は、訪日客の増加や、「働き方改革」による通勤時間帯の多様化などの変化もみられる。また東京の一極集中はさらに進んでおり、解決の道筋は見えてこない。鉄道側の対応に加え、個人の生活スタイルの見直し、都心部での住宅立地など、各方面の幅広い取り組みが求められそうだ。「ラッシュ」の今を識者に聞く。

Angle C

前編

混雑緩和をはじめとして、サービス向上に期待

公開日:2019/6/28

国土交通省

官房長

藤井 直樹

日本の都市鉄道は、慢性的な通勤混雑という問題を抱え、その解決に向けた取り組みが続けられてきた。大都市圏に生きる多くの人にとって身近なこのテーマについて、鉄道サービスという観点からはどう見るべきか。改善は進んでいるのか。藤井直樹官房長から話を聞いた。

ご自身の通勤電車での混雑体験はいかがですか。

 そうですね。30年以上ほぼ同じ経路で電車通勤していますが、振り返ってみると、鉄道整備が進んだことによる変化を実感しています。体感的には、混雑は緩和してきていると思います。
 1970年代、もっとも混雑する時間帯1時間の混雑の程度を数字で示したいわゆる「混雑率」は、三大都市圏すべてにおいて200%に達しており、その改善に向けて、鉄道会社は輸送力を増強してきました。新線を整備したり、線路の複々線化を進めたり、ホームを延ばして一編成当たりの車両数を増やしたりするわけです。この結果、「混雑率」は改善してきています。2017年は東京圏で163%でした。名古屋圏では131%、大阪圏では125%となり、150%以下という目標を達成しています。 

三大都市圏の混雑率は改善に向かっている

国土交通省資料より

様々な取り組みが進められている中で、課題はほぼ解消しつつある?

 「混雑」の問題はこのように全体としては改善されつつありますが、東京圏ではなお11の路線においては混雑率が180%を超えており、更なる努力が必要です。ちなみに、180%というのは「新聞を折りたたまないと読めない程度の混雑」とされていますが、今は車内ではスマホを見ている方がほとんどで、若い方々にはイメージしにくいかもしれませんね。
 対策としては、鉄道インフラの増強を着実に進めることも必要ですが、その実現には一定の時間がかかります。そのため、時差通勤や、自宅等で仕事をするテレワークを推進し、交通需要自体をマネジメントしようとする「 TDM 」の動きが進んできています。 
 さらに言えば、混雑緩和をはじめとして、都市鉄道のサービスレベルを様々な観点からいかに向上させるかという点が、今日的な課題ではないかと思っています。例えば、「遅延しない」というのもサービス向上の一つです。普段なら何分で到着するのに、電車が遅れて余計に時間がかかった、といった経験をお持ちの方も多いと思います。国土交通省では、2017年から、東京圏の鉄道路線の遅延の現状と原因、改善対策の取り組み状況について、数値、グラフ等による「見える化」をはじめています。
 また、複数の鉄道会社の路線間の相互直通運転も、乗り換えをなくすという点で、サービス向上に大きく貢献しています。これは都市の中央部を走る地下鉄の規格がその他の鉄道と同じである東京圏において、特に発達しているサービスです。私が利用する西武池袋線は、東京メトロ有楽町線に加え、副都心線とも直通しており、自宅近くの駅から、平日には霞が関の職場まで、週末には渋谷や横浜まで、乗り換えなしで行くことができ、大変便利になりました。

その鉄道サービスですが、これまでの歩みを振り返るといかがですか。

 古い話ですが、私が入省した時には、電車の「冷房化率」という言葉がありました。今では想像がつかないかもしれませんが、扇風機しかない車両がまだ走っていたのです。特に地下鉄では、地上から地下に入ると冷房が止まっていました。トンネル内で冷房を続けると、排熱がこもってしまうためです。その代わりにトンネル空間を冷房し、車両が地下に入ると、乗客は窓を開けて車両の外から冷気を取り込んで涼むということが普通に行われていました。「トンネル冷房 窓を開けると涼しいよ!」なんていうポスターが貼ってありましたね。今ではトンネルの排熱技術も進み、このようなことはなくなりました。この例にみられるように、目標に向かって努力し、それをいつしか達成し、当たり前になるという形で、鉄道のサービス向上は進んできていると思います。
 今、そうした取り組みが進められているのが「バリアフリー」です。ハンディキャップのある方が日常生活を営む際に不可欠となる通学、通勤、旅行などの移動ニーズに確実に応えることができる鉄道を目指さなければならないという考えのもと、政府が数値目標を設定し、各鉄道事業者がバリアフリー化に取り組んでいます。整備される施設についても、工夫が見られます。エレベーターは、車椅子の方が箱の中で回転せずにすむ「貫通型」のものが増えています。点状ブロックについても、視覚障害者がホーム上でどちら側に線路があるのか識別できるよう、内方線付きのものが標準となりました。線路への転落防止の切り札として、「ホームドア」の設置も進んでいます。費用面での課題がありますが、公的な支援も活用しつつ、進めなければならないという認識が鉄道会社の間でも広がってきていると思います。
 最近の訪日外国人観光客の急増を受けた対策も進んでいます。2020年に4000万人という目標を掲げて、政府全体で外国人観光客の誘致に取り組んでいるところですが、リピーターの方が増えるにつれ、個人旅行が中心となり、鉄道の利用者も急増しています。駅の案内表示への外国語の併記やピクトグラム(絵文字)の活用、自動翻訳機能を備えたタブレットの導入、災害や事故の際の外国語案内の充実等の取り組みを、鉄道会社が順次進めつつあるところです。
※後編へ続きます。

ふじい・なおき 1961年岡山県生まれ。83年運輸省入省。国土交通省総合政策局国際観光推進課長、自動車交通局保障課長、内閣総理大臣補佐官付参事官、航空局首都圏空港課長、内閣官房参事官、総合政策局政策課長、大臣官房審議官(鉄道)、総合政策局公共交通政策部長、自動車局長、鉄道局長などを経て2018年7月より現職。ジョギングが好きで、週末は近所を走り、時折ハーフマラソン大会にも出場する。自宅ではクラシック、ジャズ、ロックを始め様々なジャンルの音楽を聞きながら歴史などの本を読むのが理想だが、「雑事に追われて、なかなか思いどおりにはいかない」という。執務室には、好きなレコードのジャケットが月替わりで数枚飾ってある。
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